第18話  信頼と告白


 反対側の3階へ続く階段の途中に置かれたベニヤ板の扉裏に待機しているのは李帆りほ隼人はやとりつだった。扉は既に力人によって力尽くで固定していた留め金が外されていた。合図すれば反対側に押し出す事ができる。


 律が片耳のイヤフォンを外し男達がこのベニヤ板の餌食になるタイミングを伺っていた。


「敵は3名。……3、2、1今だ!」


 律が声を落としながら合図を出すと音を立てて扉が倒れた。軽い悲鳴が響き渡るがせいぜい驚かせる程度で大きなダメージにはならないだろう。


 2階まで落ちていった男達を待ち受けていたのはリカーブボウを手にした賢仁けんじだった。2階の教室の数メートル先、男達の側面をとらえるようにして姿勢を正して立っていた。チェストガードとアームガードを取り付け緊張した面持ちで息を殺して矢をつがえた。

左手の人差し指と中指の間に矢のノック部分を挟み、自分の顎にくっつくぐらいに矢を引いた。これで狙いを定めて左手を離せば矢を飛ばす事ができる。


 賢仁の後ろには水姫みずきが控えている。咄嗟に異能で対応できるよう、手には水の入ったペットボトルが握られている。


 律の前には一般人の隼人と李帆が控えているからすぐに銃撃を受ける可能性は低いが万が一にも備えて賢仁の矢がある。的を撃ち抜いてきたがまさか人を射抜く日が来るとは思いもよらなかった。


 賢仁の背を冷たい汗が流れる。競技用の矢とはいえ体の当たりどころによっては人を殺しかねない。自分の心に迷いがあり集中することのできない自分が嫌になった。


(ギフトを持つ永目弓月ながめゆづきだったらこんな状況でも拳銃だけを撃ち落とす事ができるんだろうな。)



 賢仁は自分の弱さに嫌気がさしていた。

 小さなアーチェリーの大会で優勝して全校集会で表彰された事がある。幼い頃から父の趣味に便乗して始めたが賢仁自身楽しくて高校生になった今でも続けていた。学校にアーチェリーの部活がないから外部のサークルでずっと続けている。


 しかし世界大会に出る永目弓月を見ると自分がどれだけちっぽけな存在であるか思い知らされた。弓月は射撃の大会だけでなく、弓道やアーチェリーの大会でも名を上げる有名人だ。アーチェリーを始めて1年も経たずして名を馳せている姿を見ると細々と小学生の時から続けている自分の実力が恥ずかしくなった。


 それでも頼に「才能があるからゲームに誘った」と言われた時ほど嬉しかったことはない。頼の世辞だったとしても異能者が存在する今、一般人の才能に目を向ける者は少ない。

 更に頼は「それに私たちの才能を使えば特別な力がなくても立ち向かえるよ。異能者だけじゃない。大人たちにだって……何だって」と言っていた。


(そうだ。俺たちだって立ち向かう力を持ってる!異能がなくたって評価されるような実力がなくたって!俺の持ち得る力でやるんだ……)


 賢仁は目をつぶって息を吐く。そして黒い男達の手元に狙いを集中させた。


 周りの音が遠くになり賢仁はまるで自分1人が世界に取り残されたような気持ちになった。2階で弓月が集中していだ時と同じひりひりとした感覚が自分の心臓に迫ってくるのを感じる。


 矢を持っていた手を離す。

 矢を放った後の賢仁のフォロースルーと呼ばれる矢を打ち終わった後の姿勢はとても美しかった。後ろに控えていた水姫が思わず「かっこい〜」と呟くほどだった。


 矢は迷う事なく黒い男の1人、銃を構える手に命中した。


「当たった!」


 男の1人が拳銃を落とすのが見えるとすぐに残りの2人が賢仁に拳銃を向けた。


 賢仁は再び矢をつがえ始めるが間に合いそうにない。


「……ひっ」


 水姫は拳銃を見て小さく悲鳴を上げながら反射的に動いていた。ペットボトルの水を撒くと素早く男達に向かって右手を払うような仕草をしてみせた。その動きに合わせるようにして水の粒が放たれた。

 今までに感じたことのない恐怖が自分の身に迫ってきたがために自然と体が反応したようだ。


 小石のような形状をした複数の水が肉眼で捉えることのない速さで飛んで行くと男達のヘルメットを破壊したり手や腕に当たった。

 男達がその場に蹲って混乱するぐらいの威力があった。何の脅威にもならなそうな水も強力な力を加えればウォーターカッターのように固い物体を凌ぐことができる。


 賢仁は呆然とその様子を見ていた。水姫のSNSを見てゲームの対抗策をみんなで考えてきたがこんな技を使っている動画はひとつもなかった。

 1番驚いていたのは水姫自身のようだった。


「……え?私こんなことできたっけ……?」


 その隙を逃すまいと隼人と李帆が男達の間合いを詰める。


「……くそっ!」


 まだ動くことのできる男が反撃しようと隼人に向かって拳を突き出してきた。隼人は慣れた手つきでその拳を左腕で流すと突き出された黒い男の腕を掴み、外側に軽く捻った。隼人は少しも力を入れていないように見えるのだが、男は大袈裟に痛がり倒れ込んでしまった。更に隼人が後ろから押さえつける。


「うぐっ」


 男の呻き声だけが聞こえてくる。

 その一連の動きはまるで刑事ドラマを見ているかのようだった。


 李帆も男の右手を取ると外側に捻りながら自身の右腕を男の上腕の関節部分に体重をかけた。男が隼人が制圧したように簡単に李帆の足元に転がる。

 さっきまで異能者を嫌悪していた李帆とは思えない凛とした姿に律は目を瞬かせた。


「お前ら一体何なの?警察官みたいだな……」


 律の呟きに隼人は男を締め上げながら答える。余裕の表情である。

 黒い男達は丸腰のまま校庭へ早々に撤退してしまった。


「父親と祖父が警察官だ……」

「へえーその見た目でねぇ。お前が捕まる方なんじゃないのか?」

「……かもな」


 階段の上から隼人と李帆を見下すようにしゃがんでいた律が皮肉を口にする。そんな皮肉を隼人は肩をすくめて交わしてしまう。つまらないと思った律は李帆の方に視線を移す。



「久しぶりにやったけど……なかなかキツイわね」


 李帆は両手をぶらぶらとさせてポニーテールを乱暴に後ろに払った。律と目が合うと先程の姿とは裏腹にいつもの高飛車で一言余計な李帆に戻っていた。


「私の命のために戦ってるんだから…。異能者のためとかじゃないからそこだけは頭に入れときなさい!」


「僕だってお前達のために戦ってるわけじゃない!僕らのために戦ってるんだ!」


 律も李帆に負けじと声を上げて応戦した。そんな2人を後から合流した賢仁と水姫が呆れたように見ていた。


「お前達まだそんなこと言ってるのか?深海が言ってただろ異能者だろうが何だろうが関係ない、協力することが大切だって」

「けんじん、あの子達ああ見えて仲良しなんじゃないかしら」


 水姫が賢仁に寄り掛かるようにして戯けて言った。賢仁は優しく水姫の肩を押して自分から遠ざけた。


「まあ似たもの同士だしな……。ってけんじんって何だ?!」

「あだ名だよー。今思いついたの」


 水姫は賢仁の反応を楽しむようにうししと笑った。


深海ふかみ……大丈夫なのかな?屋上で見張りって言っても佐藤と2人だけだろ?もし敵に狙われたら……」

「それねー。けんじんクマ子ちゃんのこと心配なの?」


 水姫がワクワクした様子で聞いてくるので賢仁は何事かと思いながら矢を矢筒に収めながら答える。


「……心配というか……。何か危なっかしいんだよな。いつも俺たちとは違うところを見てるのが気になって……」


 賢仁は教室でのらいの姿を思い出していた。

 頼は大抵授業中は眠っているが教師から指名されれば難なく問題を解いてみせた。クラスメイトからからかわれようとも動じない。なんなら相手に一泡吹かせるぐらいのことは言い返す。

 驚くほど鋭くて賢いと思ったら変なところは抜けていたり……。賢仁にとって頼は今までに会ったことのない人種だった。


 しかし頼には誰にも曲げられない強い信念を持っているようにも見えた。その信念が何なのかは分からないが……とにかく人を惹きつけ動かす。



「へえー。けんじんはクマ子ちゃんのこと気になってんだー」

「そういう意味じゃない!でも気になるのは事実だ」


 水姫が賢仁をからかうと賢仁は気恥ずかしくなってそっぽを向いた。


「アザちゃん達も同じなんだね。私もチームのみんな、幼馴染達が大事だよ。だから屋上に覗きに行ってみない?」

「えっ?」


 賢仁は水姫の誘いに一時停止した。



*


「どうして僕らは屋上に?」


 時は美術準備室に遡る。迫り来る異能者排除派の脅威に対して頼がテキパキと指示を出した際、はじめが問いかけた。


「敵が来ると思われるところに人を振り分けているだけだよ。屋上から敵の様子を見る必要がある。1人じゃ危ないから異能者である佐藤君にお願いしたいんだけど」


(何か裏があるな)



 はじめは何かを勘づいたものの、敢えて追求しなかった。もっともらしい理由に周囲は納得していたが戦力を分散させるのは明らかにおかしい。はじめ達も加わって排除派を止める方が絶対に有利だ。


「分かった」


 はじめは真剣な表情を作ってうなずいてみせた。

 そして今2人で屋上へ続く階段を上がっている。頼が先導し後ろからはじめが付いてくる。


深海頼ふかみらいさん。今までの台本は全部君が作ったものだろう?」


 その問いかけに頼の足が止まる。


「凄いよね。僕達の異能を研究し尽くして対抗策を練ってきたからびっくりしたよ。でも見事だった。面白かったよ」


「……それはどうも」


 頼は振り返るとはじめに軽く会釈をする。頼に爽やかな笑みを浮かべたままはじめは続けた。


「僕の推測に過ぎないんだけどさ異能者排除派を呼んだのも君なんじゃないのかな?」


 頼ははじめの方にゆっくりと視線を向けた。階段の上の段にいる頼が自然と階下にいるはじめを見下ろす形となった。その姿が最後に待ち受ける敵のように見えてはじめは笑いそうになる。


「君は異能者を憎んでる。理由は分からないけど多分家が貧しいからだろう?自分のスマートフォンも持ってない。これだけ賢いのに低レベルな高校にいる。保護区に住む僕らが憎いから台本を書き換えた上に異能者排除派を呼んだ。違う?」


 はじめの謎解きに頼は暫く黙り込むと一言呟いた。


「……半分正解、半分ハズレ」

「え?」


 はじめが首を傾げる。頼は慌てるどころかいつもと変わらない眠たそうな表情のままだった。痛いところを突いてやったと思ったのに予想外の反応にはじめは眉を顰めた。


「ああそれと。今の発言でギフト持ちが自分たちが優位に生きてるって自覚してるってことがわかった。意外と自惚れてるんだ。羨ましいね私と違って優雅に暮らせて」

「……ふざけんなよ」


 頼の淡々とした喋りにはじめが激怒した。

 政府の企画した一般人との交流会を滅茶苦茶にした上にはじめの揚げ足まで取る頼の何一つ悪びれていない様子に怒りが爆発した。


 左腕の上腕部に右手で触れると、力強く外側に引き離すような動作をする。

 はじめの腕から血液と共に何かが取り出された。


 頼は突然の行動に眠たそうにしていた目を大きく見開かせた。


「こんなものを付けられて何が優雅な暮らしだ?何が羨ましんだ?なあ何でお前らはお前らの勝手な思い込みで俺たちを憎むんだ?教えてくれよ!」



 はじめが手にしていたのはマイクロチップだった。はじめの体内にあったため赤黒い色に染まっている。

 はじめはいつの間にか一人称も"俺"へと変化し、口調も荒ぶっていた。これが本当の佐藤はじめの姿なのだろう。


「俺は気がついていた。小さい頃にコレを埋め込まれたのを。両親が隠していたマイクロチップの埋め込みを許可する文書を見つけたんだ!バレないように少しずつ自分の異能でマイクロチップを取り出そうと体の外に引き寄せてたんだ!」


 そこまで叫ぶようにしてはじめは喋り続けた。今まで堰き止めていた感情を全て頼にぶつけるかのように。


「俺達は管理されてる。人間扱いなんてされてないんだ!死んだら体は研究のために使われ、逃げれば家族の暮らしが無くなる。その家族も俺に期待なんてしちゃいない。俺の持つ異能だけに価値があると思ってる。



俺はこんなクソみたいな世界に生きてるんだ。


何が"ギフト持ち"だよ。こんなもの欲しいと思ったことはない!」


 そう言ってマイクロチップを階下に向かって投げ落とした。頼は落下していくマイクロチップを目で追いながら答えた。


「……私もこの世界はクソみたいだなって思ってる」


 一呼吸置いた後に頼が話を続けた。その様子ははじめとは対照的に落ち着いている。


「努力した人が報われない世界。


どんなに足掻いてもこの世界で生きていくことができるのは財力を持った一握りの人間だけ。増税に不況……私たちみたいな平凡な家族を救うものは何もなかった。


私も自分が本来行くことのできる学校に行くことはできなかった。大学も進学できるか分からない。本当はもっと色々学びたかったけど……。


私の家族はこんな世界でも努力で乗り切ってきた。姉は人一倍努力して桜咲高等学校の教員になった……。私達家族のために。

だけど異能者の暴走事件に姉は巻き込まれてしまった。その影響で母も自殺した」


 はじめは何の表情もなく話し続ける頼のことを不気味に思った。そして頼の話す内容に衝撃を受けていた。


「……まさかその復讐で……こんなことを?」



 はじめはゆっくり頼から距離を取った。


 10年前の異能者暴走事件の被害者がこのイベントに参加しているとは思いもよらなかった。頼が異能者排除派団体に所属しているのであれば排除派が乱入してきたのも納得がいく。

 頼の胸の内は異能者への憎悪で溢れているに違いない。イベントの台本を書き換えたのが頼だとしたら今後の展開はもっと危険になっていくだろうとはじめは考えた。


 異能者と異能者によって害を受けた者。


 2人きりになってはいけないもの同士が向かい合うこの状況にはじめは緊張感を高めた。


「何もかもを手にしている人が何も持たない私達家族の日常を奪ったんだ」


 はじめの背後からブーンと蜂の羽音のような音が聞こえてくる。

 龍馬りょうまが操縦するドローンだ。


 ドローンが運んできたのは拳銃だった。


 はじめは息を呑んで頼の手元に拳銃が渡るのを見た。頼は拳銃の感触を確かめるように銃身をあらゆる方面から観察した。



「こんな世界、なくなった方がいいと思わない?」



 頼は拳銃を片手にはじめを真っ直ぐに見つめた。クマがくっきりと残るその瞳には強い光が灯っていた。

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