第17話 共闘と成長
2階までは防火シャッターの影響で通れる道に制限があるため建物の東と西の端にある階段を利用して黒い服の集団は異能者の子供達を捕らえようと動き出していた。 今まで子供達が通ってきた道を追うように黒い影が辿っていく。
3階は防火シャッターを作動させていないので子供達が集まっているところを挟み撃ちにするように黒い集団は6名を3名ずつ2チームに分けて進行していた。その動きには隙がなく訓練された動きのように見えた。
両チームとも番組が作成した扉の前までやってきていた。
実況はなくただ動画が垂れ流されている状況なのだが視聴者数とコメント数は止まることを知らない。
ゲームのような状況に視聴者は盛り上がっていた。異能者排除派の腕章については演出だと思っている者もいれば危ない状況にあると考える者もいた。
そのまま異能者を撃ち抜け!/派手な演出だなー/生配信にまで人権問題を持ち込まないで貰えますか?/10年前の事件思い出すな/捕まったら税金泥棒排除笑
コメントも過激なものが増えていった。たった一言の悪意が集まるとたちまち誰にも手の負うことのできない獣となってひとりでに動き出す。
亀崎は自分が囚われの身であるのにも関わらずほくそ笑んでいた。
少し過激な方が視聴者受けはいい。事件っぽく見えるのであれば尚更いい。もはや配信の趣旨である「異能者との交流」など亀崎の頭の中にはない。どれだけSNS上で話題になるか、どれだけ数字を上げることができるか。それらが亀崎にとって重要なことだった。
「……こんな状況で笑うなんて。子供達が危険に晒されてるって言うのに!排除派が何をするか分からないんですよ!」
「大丈夫ですよ。知り合いがゲームを主導していってくれるみたいなので。
本当の目的は分かりませんが寧ろ安全は確保されていると思いますよ」
「何を言ってるんです?相手は武器を持ってるのに……」
「そんなこと言ったらギフト持ちの子達なんてずーっと生まれながらに"武器"を持ってるじゃないですか。天から授かった武器を」
「……」
伊吹は亀崎の何気ない一言に何も返すことができなかった。そしてなんとも形容し難い無力感に襲われた。
先程伊吹を殴った男、亀崎の知り合いだという男は消え去っていた。今は別の人物がノートパソコンの前を陣取っている。
*
3人の黒い集団のメンバーが半開きのハリボテの扉に手をかけようとした時だった。
「おりゃあっ!」
力人の掛け声が響き渡るとベニヤ板でできた扉が枠組みごと黒い集団目掛けて倒れかかってきた。軽い素材とはいえ倒れたベニヤ板は進路妨害するのに十分な役割を果たした。
反対側から力人が思いっきり扉に力を入れたのである。
「……っこのっ!」
ベニヤ板の下から逃れることのできた黒い集団の1人が拳銃を構えると息を呑んだ。
(まさか?!一般人を囮に?)
躊躇った黒い男の隙をついて背後から
弓月は
思ったより鈍い痛みに手から離れていく銃を驚いて眺めていた。
異能者が武器を持っているという報告は聞いていない。黒い男の手に当たったものは金属の塊だった。
「くそっ!」
黒い男が拳銃を拾い上げようとした時、破壊され、黒い男が踏み台にしているベニヤ板を再び動かすと男は拳銃と共に背後に投げ出された。
「行けるかも!!」
春華は男の手から拳銃が離れるのを確認するとバネのように飛び出した。瞬発力は今までの短距離走の大会と同じくらい発揮された。夢中で男の手から離れた拳銃を手に取る。
ベニヤ板から遅れて逃れた2人が反射的に
春華は背中を向けて階段を駆け上がる。その瞬間、春華は自らの命を異能者達に賭けたのだ。そして机を片手に持った力人がその信頼に応えた。
「危ねーぞ!」
春華の頭上を机が綺麗な放物線を描いて飛んで行く。
黒い男達は背中を向けた春華に狙いを付けていたがそのすぐ後に力人が投げつけた机が迫ってきたので引き金を引くことができなかった。
力人はボールでも投げるかのように片手で机を投げた。2人の男の間を狙うというコントロール性を見せた。
「……。片手で机を?ボールじゃないんだぞ?」
「……やっぱり化け物だな。異能者ってのは……」
黒い男達はひん曲がった机の残骸と大きくへこんだ壁を見て震え上がった。
「あぶなー。見よ!県大会優勝者の力!ありがとねー!力持ち君!!」
「ああ?誰が力持ち君だ!」
力人がキレ気味で自画自賛してはしゃぐ春華のお礼につっかかる。
「でもなんでだろうな?いつもよりめちゃくちゃ異能が使える気がする……。なんなら教卓も片手でいけそうだ……」
力人が自分の肩をぐるぐると回して見せた。力人の背後には無数の机と椅子が並べられいつでも下からやってくる敵に投げつけられるようになっていた。
「確かに私もいつもより狙いやすかったかも……。なんか目の調子がいいんだよね。亜里砂が作ってくれた銃弾も良かったよ!こんど新しいヘアピン買ってあげるね」
「えへへ…。そうかな?弓月の役に立てて良かった」
弓月の褒め言葉が嬉しくて亜里砂が照れ臭そうに笑う。亜里砂の前髪を留めていたヘアピンは無くなっていた。
「はいっ!弓月ちゃん。本物の鉄砲だよー」
「ありがとう」
弓月は春華が命懸けで奪い取った拳銃を手にする。拳銃を軽く観察するように手にすると慣れた手つきで構えた。
「深海さんが言ってた通り、アザである僕等が前に出ていれば相手は武器を使いにくいみたいだね……。まさか一緒に反撃に出るとは思ってなかったんだろうな」
龍馬が力人の前に再び戻りながら呟いた。その体は恐怖でまだ小刻みに震えている。
「……そうでもなさそう」
弓月のこの呟きと共に破裂音が2回廊下に鳴り響いた。
1発は黒い人物達が撃ったものでもう1発は弓月が撃ち放ったものだった。
弓月は遠目に拳銃の引き金が引かれるのに気が付くと反射的に反撃に出たのだ。
相手の引き金を引く瞬間など普通の人間には難しいはずだが弓月の目はそれを捉えていた。
黒い人物の1人が撃った銃弾が弓月達に当たることはなく、弓月の放った銃弾は黒い人物の持つ拳銃の銃口に命中した。亜里砂は両目をぎゅうっと閉じて拳銃の音を間近に耳で受けながら弓月の体を支え続けていた。
「……何だこれ?どうして銃弾が銃口に入って止まってるんだ?こんなのありえねぇだろ!」
「この!」
もう1名はまだ拳銃が使用できるが壊されると思うとすぐに引き金を引くことができなかった。異能者に対抗する手立ては拳銃しか持ち合わせていないようだ。
「これ以上私達に近づいたら次は貴方達自身にこの銃弾が当たることになるわよ!分かったら武器を此方に寄越しなさい!」
弓月がはっきりとした口調で黒い人物2名に言い放った。弓月の射撃の才能を見れば相手にならないことは一目瞭然である。銃口にピッタリと嵌るように銃弾を打ち込むことができるのだ。自分たちの急所を狙うことぐらい容易なはずだ。
黒い男達は観念したかのように両手を挙げると拳銃を地面に落とし、それらを春華が回収に走る。
「よーしっ!
春華が声を弾ませて拳銃を手にする。弓月が不思議そうに自分が撃った拳銃を眺めていたので春華が声を掛けた。
「どうかしたの?」
「……自分でも驚いたの。銃弾を撃った後何故か銃弾の軌道が見えた気がして…まるで……」
(まるで自分が操作して銃弾を動かしたみたい)
弓月は違和感を春華に伝えようとして止めてしまった。それはあり得ないことだからだ。弓月の異能は視覚であり人よりも遠く、細かい動きを見ることができる。
銃は一度引き金を引いてしまえばその動きは自然に任される。撃った人間が制御できるのは撃つ対象に狙いを定めることだけだ。撃った後の銃弾の軌道を制御することはできない。
「へえー!すごーい。能力がレベルアップしたんじゃない?私もさっきの走り県大会の走りを越えた気がしたもん」
春華が愉快そうに笑いながら答えた。その何気ない答えが弓月の疑問を解消したと同時に不安にもさせた。
「異能も成長するんだ……。なんだか怖いな」
「亜里砂ちゃんこの鉄砲いじったら龍馬君に渡しといて!」
弓月の言葉は春華の大きな声に掻き消された。一丁の銃を手渡された亜里砂はまじまじと銃を観察した。初めて目の当たりにする武器に戸惑っているようだ。
「……分かった。あの子……目にクマの付いた子だけど何に使うんだろうね。この銃」
「さあ?でも頼のことだからきっと何か考えがあるんだと思う。」
「こけし女……頭いいよな。あの女の言う通りに事が進んでる。」
力人が1人で感心するように呟いた。春華は頼の言葉を思い出していた。
『5名で2チームに分かれよう。相手はきっと3名ずつに分かれて挟み撃ちにしてくると思う。春華達は武器を奪うことに専念して欲しい。射撃が得意な永目弓月さんが拳銃を持てばすぐ制圧できるはず。
ああそれと、改造した銃を一丁、私に届けてくれないかな。私と佐藤はじめ君とでやることがあるから』
「うん。私の親友だからね」
春華は誇らしげに力人にグーサインを見せた。その様子を見てその場にいた誰もが小さな笑みをこぼした。とても笑える状況ではないのだが春華の明るさにチームは救われていた。
階段の下でボロボロになった黒い男3人は異能者の捕獲を諦めた。
異能者排除派であるのにも関わらず異能者を徹底的に痛めつける素振りが見えない。その一方で銃を発砲するという行動に矛盾が生じていた。どう見ても別の目的があるように思えた。
男の1人はその場を立ち去りながらヘルメットに内蔵されたイヤフォンマイクでとある人物に連絡をとる。
「……さんの言う通り異能者が命の危機に瀕すると異能も成長するようです」
*
「分かりました。計画通りにお願いします」
事務的な受け答えをすると一人の黒い男が昇降口から入ってすぐの中央階段に足を踏み入れた。その途中に神有高校の生徒が操作したと思われる防火シャッターが降ろされている。
男は屋上に向かっていた。
ヘルメットの正面に映し出された分布図を確認すると再び歩みを進めた。
計画が進んだら屋上に迎えに来て欲しいと少女が言っていたからだ。
"異能者とそうじゃない人達の未来を変える作戦を思いついたんだ。私の姉の葬いにもなると思う。"
そう言って少女は男が愛した女性と同じ笑みを浮かべていた。
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