第14話 誤算


 弓月ゆづきりつを正面から押し倒す形で床に転がった。力人りきと賢仁けんじも反射的にその場に屈みこむ。暫く誰もその場から動くことができなかった。


「いっ……」

「弓月?」


 小柄な律は弓月にすっぽりと覆われてしまっていたが弓月のうめき声を聞いて慌てて声を掛けた。


「……怪我をしてる!」


 屈みこんだ体勢のまま賢仁が呟いた。

 弓月から少量の血が出血しているのが見えた。先ほどの銃弾が弓月の右わき腹から背中をかすっていたらしい。教室の壁に穴があいていた。



「弓月!!大丈夫か?弓月?」



 律が慌てて立ち上がろうとするものだから賢仁が慌てて声を掛けた。



「落ち着け!今立ち上がるのは危険だ。低姿勢のままこの教室から離れるぞ。葉山力人、俺と一緒に怪我人を運んでもらってもいいか?」



 賢仁が力人に視線を合わせて言う。力人は一瞬呆けた表情をしていたが直ぐに頷いてみせた。



「お……。おぉ。分かった」

「それと鳴海律。俺らより小柄だからさっき撃ち落としたドローンの鍵を持ってきてほしい。あれで上の階へ逃げよう」


 賢仁は指示を出すと低姿勢のまま力人と共に律と弓月に近づいた。ザリザリとガラスの破片を踏む感覚がする。律も慎重に弓月の腕から離れると恨めしそうに賢仁を見た。


「どうしてアザの言うことなんて聞かなきゃならないんだ。今撃ってきた奴だってお前たちの仲間、異能者排除派だろ?赤黒い腕章してたんだから。僕たちをゲームと称して殺す計画だったんだな!最初から台本通りじゃないから可笑しいと思ってたんだよ!」

「……そんなことするわけないだろ」


 賢仁が困ったように答えた。やっと弓月の側に辿り着いたのに弓月には触れさせまいと律が低姿勢のまま塞がっていた。


「……律。言う通りにしよう」


 掠れた声で弓月が律の背中に言った。律が心配そうに弓月の背をさする。


「大丈夫なの?弓月!」

「私は大丈夫。それよりここから早く離れましょう。上に逃げるの」


 弓月は仰向けの姿勢のまま顔だけを上げ手にしていたおもちゃのライフル銃を小さく上げて見せた。その顔は少し青ざめてはいるものの意識ははっきりとしている。



「……。まだ完全にお前たちを信用した訳じゃないからな」



 律は弓月から離れるとドローンの残骸から乱暴に鍵を取り出し始めた。それをみていた賢仁は力人と協力して弓月を運び始めた。


「悪い。引きずるぞ」


 賢仁は弓月に声を掛けると弓月の右肩を静かに自分の左肩へ乗せる。力人もそれに習うように反対側の肩を自信の右肩に乗せた。そのまま低姿勢を維持し弓月の上半身だけを床から浮かせた。つま先だけ引きずる形になってしまうがこれが一番安全な運び方だった。ガラスの破片も散らばっているので容易に床に手をつくことができない。


 ゆっくりとした動きで教室をでて廊下に辿り着くと三人は大きな安堵のため息をついた。


 先に廊下に辿り着いていた律が弓月に駆け寄る手には南京錠の鍵が握られていた。



「ごめん……。僕をかばってこんな……」



 律が途切れ途切れに顔を俯かせながら言葉を紡ぐ。弓月は力人に支えられながら力なく笑った。



「大丈夫。大きな怪我じゃなさそうだし」

「血は止めといた方が良い。えっと……こんなものしかないけど」



 賢仁が慌ててジャージを脱ぐと弓月の脇腹と背中を覆うようにグルグル巻きにて左右の両袖をきつく縛った。賢仁は半袖姿になってしまう。


「……ありがとう」


 突然のことに弓月が目を瞬かせる。


「本当は綺麗な包帯がいいんだろうけどな。今は安全を確保しよう。武装集団が下にいるから上に逃げるぞ」



 賢仁達が階段に向かおうとした時だ。右耳のイヤフォンを外した律が顔色を変えて叫んだ。



「こっちに誰かが来る!!」


 その場にいた全員に緊張感が走る。背後から撮影用のドローンが黙ってそんな彼らを映していた。



*



「今の音……なあに?」



 風船の残骸から鍵を拾い上げた水姫みずきが首を傾げた。

 防災シャッターが降りていても同じ階だったので銃声とガラスが割れた音は耳に届いていた。


 窓の近くに立っていた李帆りほが怪訝そうな顔で窓を見下ろすと直ぐに口元を手で抑えた。


「どうかしたのー?」


 水姫が窓に近づいてこようとしたので李帆が突き飛ばした。反動で水姫がよろめいた。


「来るな!ギフト持ちが」

「ええ?突然何?」



 水姫が不機嫌そうに李帆を見た。李帆は水姫に向き合うと顔面は青白く体は震えていうにも関わらず眼光は鋭かった。


「……こんなことがバレたら……いや。でも大丈夫。私だって分かるはずない……」


 不審に思ったはじめが水姫の代わりに窓に近づこうとした時だった。ゴーグルに通知が入ってきた。



「すぐ3階に移動して」

「いきなりどうしたんだよ。律が通話なんて珍しいな」

「……今黒い服の集団に襲撃されたんだ。多分異能者排除派の人間。弓月が……撃たれた」

「え……?」


 はじめは自分の体温が急激に下がるのを感じた。


「早く3階に上がって!窓から離れ……」



 律の声がぶつりと切れた。強制的に通話が切られてしまったようだ。何か徒ならぬことが起きているのは確かだった。


「……どうしたの?はじめ君」


 様子が可笑しいはじめを心配そうに亜里砂が見つめる。


 亜里砂の声が聞こえてきたすぐ後に階段を駆け上がってきた春華しゅんかが教室の入り口に現れた。全力疾走してきたのにも関わらず息を上げていないところから春華が日頃走りこんでいることが伺える。

 その表情は先ほどのゲームを楽しむ姿から一転、真剣な表情を浮かべていた。


「みんな!3階行くよ」





*



 徐々に近づいてくる足音に賢仁達は緊張感を高めていた。

 賢仁は心臓音が自分の耳に入り込んでくるのを情けなく思った。自分は恐怖しているのだと改めて思い知らされる。


(怖がってる場合じゃないだろ?)



 遂に足音の主が姿を現した。



「うっわああああ!何?びっくりした!」


 甲高い声を上げて階段を駆け上がってきたのは龍馬だった。まさか階段で四人と鉢合わせるとは思わなかったのだろう。



「下駄箱付近が煩くてさ……。1階の教室から校庭を見たら何かやばい集団がいるじゃん!最初はこれ番組が企画したドッキリとかかなと思って見てたら銃撃ち出すし!!」



「龍馬!良かった。無事だったんだな……」


 賢仁が安堵のため息を吐いた。ここであの黒い集団に来られたら溜まらない。


「何だよ。驚かすな眼鏡」

「こら力人」


 力人が龍馬を睨みつけるが隣にいた弓月が力人を諫める。睨まれた龍馬は小さな悲鳴を上げると賢仁の側に駆け寄った。


「他の皆は……」

「早瀬さんには僕がすぐ連絡したから大丈夫。深海さんたちにも連絡しておいた」

「龍馬ありがとう」


 賢仁は再び胸を撫で下ろす。春華が一階にいたままでは危険だと思っていたので龍馬の知らせに心から安堵した。


「相手チームも連絡したからこれでとりあえずは大丈夫だろう。今はとにかく皆で上に向かおう」


 賢仁は龍馬達と共に3階へ続く階段を上り始めた。

 撮影用のドローンが空中に浮かんだまま彼らを見送る。



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