第13話 銃口

 はじめは亜里砂ありさの星の形をしたヘアピンを指さした。


「これ借りてもいいかな?できれば切れ味よくしてもらえると嬉しい」

「え…?分かった」


 亜里砂は何がなんだか分からないままはじめの言った通りに星形をしたヘアピンに手を添える。はじめは何度か亜里砂の能力を目の当たりにしてきたが何度見ても不思議だった。固く変形を許さない金属が亜里砂の手にかかれば飴細工のように自在に形を変える。

 金属は亜里砂が頭の中で思い描いたイメージ通りに変化する。丸みを帯びていた星の形が鋭利な星へと変化した。


「……こんな感じでいいかな?」

「ありがとう」


 はじめはにこやかに笑うと鋭利な星形のヘアピンを手にする。右の手のひらの上で浮かせてみせる。

 それを見ていた李帆りほは顔を引き攣らせていた。異能を目の当たりにして驚いているようでもあったし、この世のものではない存在を受け入れられないでいるような表情でもあった。

 はじめはそんな李帆の表情に嫌悪感を抱きながらも天井の風船に視線を移した。


(少しでも操作を誤ると危ないから慎重にやろう)


 はじめは鋭利な星形の物体を勢いよく天井に貼り付けられた風船へ向けるとすぐに破裂音が聞こえてきた。一発目の破裂音を合図にはじめは星形の金属を回転させながら移動させる。次々と風船を破壊していき破裂音が連続して耳に入ってくる。


 亜里砂と水姫みずきは耳を塞ぎながら感嘆の声をあげた。

 はじめは段々と破裂音が心地良くなってきさえした。天井の風船の一つから鍵らしきものが落ちていくのが見えた後も風船を割り尽くした。


 床の風船まで割り終わると星形の金属は静かにはじめの手の中に収まった。


「はい。亜里砂」

「……ありがとう。まさか私の異能がこんなところで使えるとは思わなかったよ」

「亜里砂の異能は万能だからね」


 亜里砂は照れた様子ではじめの手から星形の金属を受け取るとまた手を添える。鋭利だった星形の金属はヘアピンに変化させると前髪に付け直した。


「いっちゃんが全部割るから残骸から鍵が探しにくいんだけどー」


 水姫が文句を言いながら風船の残骸が散らかる場所へ足を踏み入れた。


 李帆が鍵を探す水姫と亜里砂を見て呟いているのをはじめは聞き逃さながった。


「……化け物」



*


 弓月ゆづきはおもちゃのライフル銃を構え龍馬が操作するドローンを撃ち落とそうとしていた。

 息を殺して獲物が隙を見せるのを待つ。その姿は衝動を抑えられない肉食獣のようでもあり理性を持った狩人のようでもあった。


(駄目。あのドローンいいところで他のドローンの影に隠れる!イライラするなあ)


 弓月の世界は自分と目の前のドローン達しかいない。意識があるかのように動くドローンを目で追えているのに撃ち落とすことのできない自分に苛立っていた。


「あのドローンだけ操作されてるみたいだ……。しかもかなり上手い」

「めんどくせえなあ……。手でつかまえれば早いんじゃねえの?」


 りつ力人りきとがこそこそと話し合った。弓月のことを配慮しているらしい。


「そういえば相手チームにドローン部の奴いたよね?そいつが動かしてるんじゃないの?」

「確かに―。SNSのアイコンがドローンだったもんなー」


 2人はちらりと賢仁けんじを見た。賢仁は困ったような笑いを浮かべる。台本では自動操縦のドローンしか出てこないはずだったのでルールを破っている方からしたら2人の視線が痛かった。賢仁も異能者には負けないということを見せつけるために台本無視は承知していたが異能者たちを前にすると気まずさがある。


(頑張れ龍馬りょうま


 賢仁は心の中でエールを送った。


*


「全然無駄撃ちしてこない!早く弾切れにならないかなー」


 1階と2階の階段の間でぶつぶつと文句をいいながらドローンのコントローラーであるプロポを操作しているのは龍馬だった。


 ドローンを手動で操作させることは容易なことではない。しかも撃ち落とされないようにそれなりのスピードを保って八の字に動くことは困難を極めた。右スティックで前進しながら左スティックで機体の向きを変えなければならない。タイミングを少しでも誤れば失速して他のドローンにぶつかるか壁にぶつかってしまう。


(なかなか撃ち落とせないってことは僕の操縦スキルが多少はギフト持ちを翻弄することができてるってことだよな?)


 龍馬は操作しながら頭の中でそんなことを考えていた。


(プログラミングの授業でいい点数取ったって今はAIが勝手にするし、ドローンだって自動操縦が普通だ。ましてやギフト持ちなんかと比べられた日には……自分の人生終わってんなと思ってたけど。


案外そうでもないかもな。)


 龍馬は姿勢を正すとスマートフォンの画面に集中しようとした時、映像が揺れた。今までの教室の景色から打って変わり画面が真っ暗になる。


「うわあーっ!落とされたーっ!!」


龍馬がプロポを頭上に上げた瞬間、パンッという物騒な音が龍馬の耳に入ってきた。その音は徒競走の時に鳴らされるピストルみたいだなと思った。


*


「よし」


 龍馬が悲鳴を上げた頃、弓月は操縦されていたドローンを撃ち落とすことに成功していた。

 正しくは手前のドローンを撃ち、側にいた龍馬が操縦するドローンに当てた。2機のドローンは弓月の狙い通り絡み合って墜落した。


 その瞬間とほぼ同時にパンッという渇いた音が耳に入ってきた。


「今のって……銃声?」

「銃?ハリウッド映画でもないんだから銃声なんてするわけないだろ?」


 弓月の独り言に賢仁が笑い飛ばそうとするが弓月はにこりともしない。賢仁の呑気さに怒りを露にした。


「私は本物の銃を撃ったことがあるから分かるの!」

 弓月はおもちゃのライフル銃を手にしたまま教室の窓へ近寄った。力人と律、賢仁もつられて窓から校庭を見下ろす。


「……何だ……あれ」


 賢仁は思わず呟いた。

 目の前に広がっている光景はまるで映画のようだった。賢仁は目を擦ったが目の前の光景が変わることはなかった。


 スタッフを取り囲んでいるのは黒いヘルメットで全身黒い服に身を包んだ集団だった。腕には赤黒い腕章をはめている。そして手には銃らしきものを持っていた。スタッフ達が両手を上げているのが見えた。


「これも演出なんだろう?最初っから台本通りなんかじゃなかったんだから。アザの考えつきそうな事だよ」


 律が賢仁を睨み上げた。賢仁は小柄な律に気圧されて思わずたじろいだ。


「確かに今までの仕掛けは俺たちが工夫したものだ。だけどこれは違う。あの黒い服の集団なんて知らないし……」


 律と賢仁が言い合いをしていると目のいい弓月がいち早くこちらに銃口を向ける黒い服の男を見つけた。銃口がオレンジ色になっていないことから男の持つ銃が紛れもなく本物であることが分かった。


「律危ない!!」


 弓月が律に向かって走ると同時に鼓膜をを突き抜けるような甲高い音が響いた。

 ガラスの破片が日の光に反射しながら教室内に散乱する。その光景は恐ろしいはずなのに何故か目が離せないぐらいに幻想的だった。


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