第12話 2階の攻防
「異能そのものだけでなく工夫を凝らした対処、素晴らしいですね
その表情はとても生き生きとしていた。
伊吹が楽しんでいるように動画の視聴者の反応も上々だった。コメント数と視聴者数はうなぎ上りに上がっていき亀崎が見たこともないような数になった。
当初は
このままいけば出世も夢ではないし動画コンテンツを立ち上げて独立もできるかもしれない……テレビ番組の取材も来るだろうと亀崎の頭の中はこれから訪れるであろう華やかな未来でいっぱいになった。人の下に身を置く人生とおさらばできる日も近いかもしれない。
「そうですね。
口先では生徒達を応援してはいるが亀崎にそんな気持ちなど少しもなかった。亀崎はある人物からこの企画についての話を持ち込まれ自分の為に承諾したに過ぎなかった。
異能を持つ者と持たざる者の交流など微塵も考えていなかった。
(せいぜい俺の為に頑張ってくれガキ共)
そんな風に頭の中で考えほくそ笑んでいる時、昇降口の方で何やらスタッフが揉めているのが見えた。亀崎は大した問題ではないだろうと考え再びノートパソコンに視線を戻す。
*
「うわー大きい扉!」
番組のスタッフによって作成されたベニヤ板の扉を前にして
扉は鎖でぐるぐる巻きにされ南京錠で鍵がかけられていた。
「鍵を探さないと……」
2階では扉の鍵を探し出すことがミッションだった。はじめは思わず台本通りの台詞になりながら頭の中で考えていた。
(別にもう台本通りじゃないんだからこの扉を壊したっていいんだよな?)
大人げないことを考えてしまうが楽しそうな幼馴染たちの様子を見ていると簡単に終わらせてしまうのは申し訳なく思った。それにこのゲームを思いのほか楽しんでいる自分がいる。
(神有高校の生徒の中で誰か僕たちの能力を研究して対抗策を考えている奴がいるな……)
このゲームは仕掛けが6つあり桜咲高等学校の生徒を活かすようになっている。だから本来であれば炎の道では水姫が活躍するはずだった。それが全く活かせないような仕掛けに変更されているところからも誰かがはじめ達の異能を研究して対抗していると考えられる。
(誰が何のためにこんなことを?)
はじめは個人的な興味で誰が台本を書き直したのか暴くために素直にゲームの流れを守ることにした。
「2階の教室を見て回ろう」
「宝探しみたいで面白そうだねー」
水姫と亜里砂がはじめより前へ歩き出した。2階にも防火シャッターが降りているせいで弓月たちのチームを確認することはできなかった。
スライド式の扉が開け放たれた教室に足を踏み込むと腕組をした神有高校の女子生徒が立っていた。吊り上がったその目は友好的とはほど遠い冷たい色をしていた。
はじめはこの目の色の正体を知っている。
(異能者の嫌いな生徒ってこいつか)
一度だけ保護区の前に「異能者を社会から排除しろ」というヘイトスピーチを行う集団が現れたことがある。目の前の女子生徒はその集団と同じ目の色をしていた。たしか亀崎が添付した参加者のSNSアカウントでも異能者排除派としてコメントを上げていた。
そんな人物がどうしてこの企画に参加しているのか興味深かったが台本を無視していることから異能者との交流というよりは異能者を叩きにきたのだろうとはじめは考えた。
蔑むような憎悪に満ちた説明しようのない仄暗い目。何故人は同じ傾向がある者同士同じ目の色になるのだろうか。目の色だけでなく主張も、出で立ちも同じになっていくのだ。だから一目で異能者を嫌悪しているかどうか判断することができた。
自分と異なるものを認めないという目。そういう目をした人達はその異なるものが優遇されたり自分たちより優位にあると分かると嫌悪感を表に出した。
10年前に異能者が起こした事件の被害者もヘイトスピーチに加わっていることもあるが大半は関係のない一般人だった。他の者の憎しみに乗じて日頃の鬱憤を晴らす姿にはじめは悲しむというよりは呆れていた。
大声で異能者達を否定する人々は正義の味方にでもなったつもりなのだろうか。
10年前の異能者の暴走ははじめ達には何も関係がなかった。その異能者個人の問題であるのに自分達にまで火の粉がかかってくるのは納得がいかない。
はじめ達の目の前に立ちふさがる異能者嫌いの女子高生李帆は腕組を崩さないまま台詞を読み上げた。
「……鍵はこの中のどこかにあるわ。その線から入らないようにね」
教室の中には無数の風船が天井に張り付いている。手持ち紐なんて優しいものはついていないし風船の数も台本より遙かに多い。天井にびっしりと風船が張り付いている。教室の床にも色とりどりの風船が並べられ可愛らしい雰囲気になっている。
水姫と亜里砂は「かわいい~」と感嘆の声を漏らした。
ここでは遠くにあるものを動かすことのできる能力を持つはじめの出番である。
風船を引き寄せて割り、風船の中にあるであろう鍵を探さなければならない。風船に直接近づくことができないルールになっているのははじめの能力を発揮させるためだった。それに異能を持たない者と対等なゲームをするためでもある。
(俺が複数のものを動かすのが得意じゃないことまで調べてるのか……)
はじめは思わず舌を巻いた。SNSで異能を披露する動画を上げているので相手が異能の限界を調べていてもおかしくはない。ここまで相手が本気だとは思わなかった。
尚更相手がここまで本気になっているのか知りたくなってきた。
手始めに身近な風船に右手をかざす。自分に引き寄せるな動作をすると赤い風船が思ったよりも外れない。
少し力を強めると少し大きな音がして風船が破裂した。
風船は両面テープで固定されていたのだ。
「いっちゃん。これまとめてできそう?一個ずつだと時間かかるよね?」
水姫が天を仰ぎながら言った。
「わ……私たちも手伝おうか?」
亜里砂が握り拳を作りながらはじめに問いかけた。
「そうだね……。もっと時間短縮できる方法があるはずだ……」
はじめは教室に広がる風船を眺めた。ここは本来はじめの見せ場であるはずだ。異能を使わずに突破するのも格好がつかないしこの異能者嫌いの女子生徒に笑われるのも気に食わない。
「……。そうしたら亜里砂。ちょっと助けてくれない?」
「え?」
はじめは亜里砂の前髪に留まっているヘアピンを見つめた。
*
「うわーすごい。こんなにドローンって沢山飛ばせるのね」
弓月達のチームも2階に足を踏み入れていた。蜂が飛んでいるような、ブーンという羽音が弓月達の耳に入ってくる。教室の中に9台の小型ドローンが3機ずつ3列に飛んでいた。弓月達の頭上で停止している。決まった時間になると互い違いになるよう動いた。
自動で動くようにプログラミングされているようだった。
「ここまでお疲れさん。このドローンの中に鍵が張り付いたものがあるから撃ち落として探してくれ」
待ち受けていたのは背の高い男子生徒、賢仁だった。台本に沿うように丁寧に説明してくれた。その真面目さが彼の人の良さを体現しているようだった。
手渡されたライフルと装填する弾を手に弓月は得意そうな顔をした。
「ゲームに本物の銃を使っちまっていいのか?」
力人は弓月が手にしているライフル銃を目を輝かせながらながめていた。弓月はそんな力人を呆れたように見る。
「これはおもちゃだよ。見た目はけっこー綺麗にできてるけどね。ほら銃口がオレンジ色になってるでしょう?これっておもちゃって証なの」
「なーんだ偽物かよ」
弓月がポケットに入れたコルクを見せると力人がつまらなそうに唇を尖らせた。
「流石に本物は撃てないから」
弓月が手慣れた手つきでコルクが装填されているのを確認すると銃床を右頬にひき寄せ片目を瞑る。弓月は背筋を正し、肩幅に足を広げた。
先ほどまで大人しかったドローンが一斉に動き始めた。飛び交う姿は生き物が意思を持って動いているように見えて規則性がない。目で追うのが精一杯でとても狙いを定めて撃ち落とせそうにない。
ここは弓月が活躍する仕掛けでもあった。
弓月は静かに深呼吸をすると集中力を高めた。動き回るドローンを静かに見つめる。
弓月が黙り込むと周りの雰囲気も変わる。力人と律、賢仁までも息を呑むほどの張り詰めた空気が流れた。誰も音を立てることを許されていないようだった。
賢仁は弓月から伝わってくるびりびりとするこの痺れた感覚を知っている。
(俺がボウを持って的を狙ってる時の空気と同じだ……)
賢仁は自分がリカーブボウを手にして的を前にしているかのような気持ちになった。
獲物を狙い、息を止めている時。周りの音が聞こえなくなるのだ。そして自分だけの世界になった時に矢を放つと必ず的を射抜くことができた。
弓月が引き金を引くと一機のドローンに当たった。ドローンは物に衝突すると墜落するように設定されている。
力人と律は少しも表情を崩さなかったが賢仁は1人呆然とした様子でドローンが墜落していくのをみた。
(どうしてあのドローンの軌道が見える?一体どんな目をしてるんだ……)
律が落とされたドローンの背中についた小さな封筒を引き剥がすが手応えのなさにため息をついた。
「ハズレだ」
律の反応を見て弓月が再び黙ってポケットからコルクの弾を取り出すと装填する。その無駄のない動作から弓月が手にしているのは本物のライフルのように見えた。
このまま順調に撃ち落としていけると思っていたのだが珍しく外した。
ドローンが軌道を逸れたのが見えて弓月は首を傾げる。
(何で?絶対当たったはずなのに……)
「弓月調子でも悪いの?外すなんて珍しいね」
律に指摘されて弓月は初めて自分の世界から元に戻ってきた。
「……私も外すとは思わなかったな」
弓月は微かな違和感を持ちながらも再びおもちゃの銃を構えた。
様子のおかしなドローンはよく見ると他のドローンの影になるように動いているのに気がついた。狙いにくい獲物に対して弓月は余計闘志を燃やした。
(絶対仕留めてやる)
*
弓月が目を煌めかせている間、一階でドローンを操作するコントローラーであるプロポを手にした龍馬が声をあげていた。プロポにはスマートフォンが固定されておりドローンの見えている映像が映し出された。
スマートフォンの画面には弓月達のいる2階の映像が映し出されている。
「なーんでこの人はこっちのドローンを追えてるんだよ。本当に人間?」
龍馬は独り言を呟きながらプロポを握りしめる。時々映る弓月の銃口が此方に向けられているように見えて何度焦ったことか。
龍馬はさながら猟師に狙われる獲物のような気持ちになった。猟師の射殺すような視線の恐怖に耐えながら龍馬はプロポを操作し続ける。
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