第11話 反撃開始
「こっちは水で消えない火に直面してるよ。そっちは?」
「何それ面白い。こっちは力人がバリケードを動かせずにいるよ」
「……何だそれ。面白……」
はじめと弓月はマイク越しにお互いの状況を面白がった。お互いに台本通りではない展開に苛立つよりも面白がる気持ちの方が強かった。やがてはじめが真剣な口調に戻る。
「こっちも本気で対応しようかと思って」
「じゃあこっちもそうする」
はじめは通話を切ると先ほどよりも弱まった赤い火と向かい合った。弱まってはいるが歩いて渡ることはできそうにない。
「水で消えなかったら消火器か……何か火を覆うものが必要なんだよねー……。冷やせなければ酸素を止めなきゃ!」
物が燃えるには3つの物が必要になる。火元になる物と燃えるもの、それと酸素だ。このどれかを排除すれば火を消すことができると水姫は知っていた。燃える物が燃焼して無くなる時間を待つのは惜しい。水でも消すことができないとなれば空気中の酸素を抑えることしか具体的な方法が浮かばなかった。
水姫が何か火を覆うものがないか慌てて辺りを見渡す。亜里砂もどうしたものかと困った表情を浮かべた。
「……あれで火を抑えられるはず……」
はじめはおもむろに側にあった空き教室に入り込むと窓際を注意深く眺める。はじめが欲しがっていた物は幸運にもすぐに見つけることができた。埃っぽくはあるが使えそうである。
はじめはその対象物に手を向けると意識を集中させると一気に自分の方へ引き寄せた。ぶちぶちと何かが外れる音が聞こえてくる。
薄クリーム色の布がひらひらと目の前に現れた瞬間、水姫と亜里砂は思わず声を上げた。
「「カーテン!!」」
はじめが持ってきたのはどこの学校にもあるはずの物である防炎カーテンだった。赤い炎の道の上に腕を振ると防炎カーテンがふわりと被せられる。立て続けに教室のドアに両手をかざして外すとカーテンの上に乗せることで簡易的な橋が完成した。
「いっちゃんてんさーい!」
「凄い!これで先に進めるね」
はじめはハイタッチすることを躊躇ったが2人の無言の圧力に耐えられずしぶしぶ両手を2人に合わせた。そんなはじめの様子を楽しむかのように2人は視線を合わせて笑い合った。
「まだ時間があるから大丈夫だと思うけど急ごう」
はじめと水姫、亜里砂は炎の道を通って対岸に控えていた
「いやーもうちょい時間稼ぎできると思ってたのになあー。残念」
「……君たちもよく考えたね。消えない火なんて」
はじめが台本通りではないことをさりげなく突いたが春華は怯むどころか誇らしげに言った。
「でしょう!それより急いだほうがいいんじゃない?時間制限あるし」
(完全に楽しんでる……。この調子じゃあ上の階も簡単には通らせてくれないようになっているんだろうな……)
「あ!水姫さん後でサイン欲し―です!」
はじめが緊張感を高めているのとは裏腹に春華は緊張感を感じさせない様子で水姫に頭をぺこりと下げた。
「いいよー!てかあとで皆で写真撮ろうよー」
「水姫……行くよ」
水姫と春華が意気投合して今にも世間話を始めそうな勢いだったのではじめが遮るように呼び掛けた。水姫はしぶしぶ了承すると2階へ続く階段をのぼっていった。撮影用の小型ドローンもはじめ達の後を追った。
*
「これいくら馬鹿力を使っても意味ないよな……。それか持ち上げればいいのか?」
「いや、高さ的に持ち上げられないし僕たちのいるスペースが少ないから動かすことができないよ」
「やっぱ一個ずつ解体するか?」
「時間掛かるし力人そういう細かい作業苦手だろう」
力人が見た目にそぐわず考え込むような素振りを見せている。更に小柄な律に合わせ背をかがませて意見しあう姿はどこか微笑ましい。一歩離れたところに弓月は立っていた。
「早いとこ突破しないとね……」
弓月がバリケードと下に敷かれた滑り止めに視線を落とす。そして何かを閃いたのか2人を収集した。
「
弓月はゴーグルのマイクを切ると2人だけに聞こえるように思いついたことを伝えた。力人はみるみる楽しそうな顔に変わっていった。
「何だそれ!面白そうだな!!」
「それ……いいかも」
2人から了承を得ると弓月はバリケードの反対側にいる龍馬に声を掛けた。
「おーい!そっち危ないから近くの教室に入れる?」
「……教室は入れそうだけど……何するつもり?」
「それは見てからのお楽しみだね。危ないことは確かだから早く教室に入った方がいいよ」
「危ない!?分かった。安全第一だからな……」
龍馬は慌てて近くの教室に駆けこんだ。
「どう?律、一般人の子は教室にはいったかしら」
「何で僕がアザのことを気にかけなきゃいけないんだよ……」
律はぶつぶついいながらもイヤフォンを外した。すぐにイヤフォンを戻すとため息を吐きながら答えた。
「息遣いとか足音聞いたけどちゃんとあの教室の中にいるみたいだよ」
「ありがとう律。じゃあ力人思いっきりやっちゃって!」
弓月の合図に力人が意気込んだ。
「よし!任せとけ!」
2人は力人の背後に回る。
力人はしっかりと滑り止めシートに手を掛けると雄たけびを上げながら思いっきりシートを上に押し上げた。
「うおりゃあっ!!!!」
布団のシーツを掛け直すような動作なのだが力人がやるとそれとは比にもならない力技に見えた。目の前にそびえていたバリケードがけたたましい音を立てておもちゃのように向こう側へ転がっていった。反動で形を崩したため天井に引っかかるということもなくシートから障害物をどかすことに成功した。
弓月は滑り止めシートの上で力を出すことが不可能なのであればシートを利用してバリケードをどかそうと考えついたのだ。
視界が開けると弓月たち3人は背後からついてくる小型ドローンに向かってガッツポーズを決めた。力人に至っては1人だけ「よっしゃあ!」と声をあげていた。
「な……今の音!本当にあれをうごかしたのか!?」
教室のドアを乱暴に開けた龍馬は散乱する椅子や机を見て口をあんぐりと開けていた。
「わりいけど通らせてもらうよ!」
力人が楽しそうに龍馬の前を通り過ぎて行った。後ろから律と弓月も続く。
「くっそおお。深海さんには言われてたけど……こう突破されるのもなんか悔しいな」
龍馬の独り言に先を歩いていた弓月が振り返る。
(深海……?深海って……はじめが質問していた子だったような。しかもここを通るのは想定通りみたいな言い方……)
「弓月ー急げよ」
弓月は悔しがる龍馬から視線を外すと力人に呼ばれるがまま階段をのぼり始めた。
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