第10話 【仕掛け2】


「今の音何?それにこのシャッター何?」


廊下を進んでいた弓月ゆづきが一人でに疑問を口にする。りつはいつも身につけている片耳のイヤフォンを外してシャッターの向こうに意識を集中させる。

やがてイヤフォンをかけ直すと弓月に向かって言った。


「…4人の足音がしたから無事みたいだね。水の音がしてるのに火の音もする…どういうことだろう。」


律が顔を顰める。2人は顔を見合わせて何が起こっているのか分からないという顔をした。


「何だー?こんなのだいほ…」


力人りきとが"台本"というワードを口にしようとした瞬間律と弓月が力人の口を手で塞ぐ。番組に台本があることは暗黙の了解ではあるがゲーム番組でそのその存在を発言することは御法度だった。あくまでもリアルタイムでプレイしているように見せなければならない。

背が高く体格のいい力人の口を塞ぐのは小柄な律には至難の技だった。半分飛びかかる格好になってしまうが背の高い弓月が律の分をカバーする。


「さあ。私たちも先に進もう!3階で合流しなきゃ。」


弓月が明るい声で誤魔化した。律も弓月に合わせるように大きく頷いて見せる。一方力人だけは何故こんなことになっているのか理解できないという表情をしていた。


「急に何だよ2人とも…。それはそうだな!行くぞー!」


力人が先頭を切っていくと廊下を突き進んでいくと沢山の椅子と机が複雑に積み重なりバリケードのように立ち並ぶ場所までやってきた。バリケードは乱雑に並んでいるように見えたが遠くから見るとオブジェのようで美しく見えた。バリケードの先にはどこからか走ってきた龍馬りょうまが息を切らして立っている。

頼りなさげな黒縁眼鏡の少年を見て力人は挑発するように声をかけた。


「こんな障害物なんて簡単に取っ払ってやる!危ないから退いてな!」


威勢のいい力人の声を聞いて龍馬も負けていない。


「昨日から頑張って積み上げたんだ!簡単には突破されないさ!」


(力人の異能で簡単に突破する流れだろうに。何言ってるんだろう?)


律が疑問に思うと同時に力人が手前にある椅子と机の塊を押した。普通の人であれば数人がかりで動かすことのできるものも力人に掛かれば片手で動かすことができるはずだった。


「あ?」


力人は片手でもう一度押してみるがその椅子や机のバリケードは崩れなかった。少し椅子と机が揺れる音がしただけでびくともしない。

この仕掛けは力人の能力が見せ場となっており力人一人の力で難なくバリケードを突破することができる予定だった。しかもバリケードの配置も1ヶ所押し出せば向こう側に抜けられるような構造だったはずなのに目の前に置かれたバリケードは複雑な構造をしていて間違えれば力人達に向かって崩れ落ちてきそうだった。


「何だ?これ。本気で力使っていいのか?」


力人が凶悪な顔つきをすると両手で思いっきり力を入れようとした時だった。「待って」と弓月が力人の肩に触れて止めた。


「力人が本気だしたら向こうにいる子も危ないし、こっちにも椅子が落ちてきて危ない。動かし方を考えよう。」

「そんなことしてたら時間かかっちまうだろ?1時間以内にクリアしなきゃいけねえんだから。」


力人が不機嫌そうな表情を作る。2人の様子を見ていた律が呟いた。


「はじめだったら突破できそうだけど…。」


律は背後に聳え立つ錆びだらけの防火シャッターを眺める。イベントの台本では仕掛け1ヶ所ずつに異能を披露するという流れになっていた。そのため律が思い描いているように他のメンバーが台本とは異なる場所で異能を使用することは台本を無視することになった。

企画倒れということになり番組制作会社にとっては宜しくない事態だろう。


(そもそも最初っから台本通りじゃない…。これって僕たちを試す実験か何かなの?)


律がどう行動すべきか悩んでいたところ、弓月が手短な椅子と机が組み合わされたオブジェのようなバリケードに触れた。少し押したり引いたりしてみるがやはり動かすことができなかった。よく見ると乱雑に置かれていると思われていた椅子や机はそれぞれ針金で固定されており1つずつどかしていくのも難しそうだった。


「この下に引いてあるマットレスってもしかして滑り止め?」


弓月が冷静にバリケードを観察しながら言った。薄暗い廊下で気が付かなかったがバリケードの下に黒いゴム製の滑り止めシートのようなものが敷かれていた。

異能に立ち向かうには単純すぎる手法だったが簡単にバリケードを排除できると思っていた異能者達を驚かせるのには十分だった。


(これじゃあ僕たちを勝たせる気がまるでないみたいだな…。)


律と弓月、力人は顔を見合わせると状況を楽しむようににやりと笑いあった。


「これでこそゲームだよね。」

「ああ!そうだな!俄然楽しくなってきた!!」

「アザ達に見せつけてやろう。」


弓月はゴーグルの耳掛け部分に軽く触れるとはじめに連絡を取る。


「そっちはどうなってる?」


その声色は楽しそうだった。


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