第9話 【仕掛け1】


 はじめ達が走っていくと目の前に現れたのは炎の道だった。

 正確には廊下一面に敷かれた黒い布に火がついていて2階へ上がる階段への道を塞いでいる。炎の火柱は安全のため大きくはないが飛び越えて行けるほどの長さでもなかった。遠くの扉が開かれており換気も十分にされているようだった。


「すごーい火!これじゃあ向こう側に行けないねー」


 台本でどういう仕掛けが置かれているのか分かっていたので水姫みずきの大袈裟な反応はわざとらしく見えた。

 炎の道の対岸には春華が楽しそうに手を振っていた。


「うわ……本物の立林水姫たてばやしみずきだ……かわいい!」


 春華しゅんかが目を輝かせながら水姫を見ていた。その様子を亜里砂が遠目で確認すると水姫の後ろに隠れた。


「どうしてあの子あんなに嬉しがってるの?」

「さあ?」


 はじめも理解に苦しむというように首を傾げた。水姫は構わず春華に手を振り返していた。


「これからそっち行くよー!」


 近くにあった水場の蛇口を勢いよく捻ると水が大量に流れ始めた。水姫が火に向かって手を突き出すと水が生き物のように同じ方向に向かって動き出す。


「そんな勢いよくかけちゃダメだよ!!」


 春華が両手を前に突き出して慌てている。はじめも律も水姫も意味が分からなかった。


「ここで桜咲さくらさき高等学校チームの立林水姫さんが異能を使用しました!数々の火事現場で活躍した水を操る異能です。消防車の入ることが困難な場所で活躍しています。これで炎の道を切り拓けるのか?」


 伊吹の白熱した実況が視聴者を盛り上げた。

 台本通りであればこの火を水姫が簡単に消し次のエリアへ進むのだが…。


 水を受けた火は勢いを増した。


「え……?」

「水姫!」


 火の側にいた水姫をはじめが水姫と亜里砂に向かって腕を引く動作をすると2人とも火柱から離れるように後退させる。物に触れずに移動させることのできるはじめの能力を使ったのだ。移動させたと同時に亜里砂ありさの悲鳴が響き渡る。

 火柱は高さを増し、向こう側にいる春華の姿が見え隠れするほどだ。


「おおっと?水をかけたことで余計火の勢いが増しました。これはどういうことなのでしょうか」


 伊吹の驚きの声と共にコメント数が一気に増える。


 同時に防火シャッターがガラガラと3人の退路を閉じていくのが分かった。錆びついていて時折ギギギとぎこちない音が鳴る。これで桜咲高等学校チームが合流するには遠回りするか、2階か3階で合流しなければならない。

 台本では3階で6人が合流し旗を取る予定になっていた。


「何だ……これ」


 台本に一文字もない展開にはじめは思わず呟いた。



 1番驚いていたのは誰でもない、企画立案者の亀崎きさきだった。背中に冷たい汗が流れ落ちる。


「……どういうことだ?」


 スタッフたちが台本とちがう展開に目くばせで亀崎に訴える。安全に配慮して異能者が勝利するよう設定した台本ではなくなってしまったのだ。普通であれば中止か一時中断の声が上がるところだろう。


 亀崎は視聴者数を眺めた。止まることを知らない再生回数、コメント欄を見た。SNSではトレンド入りしているほどだ。SNSで何やら面白い動画流れていると話題になると動画配信アプリのダウンロード数も増えている。


(台本を無視するとはやってくれたな一般人のガキ共……。だけどそれを利用させてもらう)


 亀崎は安全性やこの企画の趣旨よりも利益の方を優先させた。


「これからどんな展開になるか楽しみですねー」


 心の中で神有高校のメンバーに向かって悪態をつきながらなるべく平静を装うように笑顔を浮かべた。心の中は神有高校へと怒りで煮えたぎっていたが同時に予想以上の儲けが出る喜びもあった。


*


 亀崎がゲームを続行することはらいの想定範囲内だった。

 屋上へ続く非常階段の途中に頼が座り、その少し後ろに隼人はやとが立っていた。2人の背後には屋上へ繋がる鍵の掛かった扉が見える。


「やっぱりあいつゲームを続けるつもりだな」


 マイクを切った状態で隼人が頼に向かって言った。隼人は制服を着崩した格好をしていたが頼は珍しく学校指定のジャージに身を包んでいた。


 頼は振り返らずに階段に座ったまま呟くように言った。


「大人なんてそんなもんだよ」


*


 はじめ達は燃え上がる炎を見て呆然としていた。

 水道はこの日の為に水が通るように整備してもらっていたが、この学校の消火装置は機能していなかった。スプリンクラーも非常ベルも作動しない。

 防火シャッターはおそらく何者かが意図的に操作したのだろう。


「……もしかして燃料か油の火だったのかな?」


 後ろから小型ドローンがはじめ達を背後から映し出す。ウェアラブル端末であるゴーグルのマイクから水姫の声が拾われた。

 まだ試験的にしか火事現場に出向いていない水姫だったが火についての知識を身につけていた。


「天ぷら油の火だと水をかけると水蒸気爆発を起こすって。ガソリンも水じゃ被害を広げちゃうし。それで火が上がったのかな……」

「ガソリンと天ぷら油の火にしては弱くないか?それに火の色も赤いし」


 はじめは頭を働かせた。この色合いに見覚えがある。何か思い出せずに黙り込んでいるところに亜里砂がぽつりと呟いた。


「非常灯……みたいね」

「それだ!あれは水中非常灯の火なんだ!」


 はじめが亜里砂の発言に声を上げる。海上事故や海中工事の際、水中であっても燃え続ける火があることをはじめは思い起こしていた。確かそれは水に反応して発火したはずだ。

 なぜそんな代物がこのイベントに使われているか理解できないが亀崎がドッキリを仕掛けた可能性は低いとはじめは考えていた。第一印象から面倒な事を起こさず金を手にしたい、計画通りに事を進ませたいというタイプの人間であると踏んだ。

 あの台本の作り込みからしてもドッキリとは考えにくい。


(だとしたら……この台本無視は神有高校の仕業?)


 はじめは火の先に見える春華をまっすぐに見つめた。心なしか春華が得意そうな表情をしているように見える。


(そっちがその気ならこっちだってやるさ)


 はじめの中で何かがはち切れた。

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