第15話 本当のゲーム
(何がどうなってるんだ)
正門でスタッフと揉めていたのは黒い服に身を包んだ集団のせいだった。銃をちらつかせてスタッフたちを黙らせる。
まさか見せつけられた銃が本物だとは思わなかった一人の男性スタッフは呆れたように黒い集団に近づいた。
「何ですか貴方たちは?」
男性スタッフが前に出て行った瞬間、近くにいた黒い男の1人に右腕を掴んで背中の方に捻られるとそのままな動きを止められてしまった。男性スタッフの首筋に別の黒い男がナイフを突き立てて言った。
「……大人しくしていてください」
スタッフを人質にとったまま黒い集団がカラスの群れのように廃校に侵入した。正門にいたスタッフの殆どは結束バンドで両手を拘束されていった。
正門でなにやら騒がしいことが起こっているのは分かっていたが亀崎はこれからゲームの展開が面白くなっていく時なのになんだと苛立っていた。
黒い集団と拘束されたスタッフ達が連れてこられた瞬間、苛立ちは何処かへ吹き飛んでいく。その代わり自分が動画を撮影していたはずなのに実は自分の動画を撮影していたのだというドッキリを受けたような気持ちになった。
「な……何なんだあんたらは!通報するぞ!」
亀崎が苛立ちながら配信中の番組にCMを入れるとヘッドマイクを外しながら叫んだ。同時に一人の男が校舎に銃を撃ち込んだのだ。ゲーム参加者がいるであろう2階に……。
「大人しく我々に従ってもらえますね?」
銃を撃ち放った男性が無感動な声で亀崎を見下ろして言った。黒いヘルメットを被っているためどんな表情をしているか分からない。
校庭にいたスタッフ全員が本物の銃に黙り込んだ。誰も黒い集団に口答えする者はいなかった。スタッフ全員が手を結束バンドで拘束され、通信手段であるウェアラブル端末の時計や眼鏡、スマートフォンが黒い集団によって回収された。
(これも
逆に隣で同じように拘束された
「……その赤い腕章……お前たち異能者排除派の人間だな?」
「異能者排除派?」
亀崎はその言葉をネットニュースで見かけたことがある。自分には関係ないことだったのであまり関心はなかったので薄っすらとした情報しか知らなかった。
異能者を社会から排除すべきだという過激な思考を持った集団のことだ。構成員の多くは大不況の社会への不満を持った一般人の集まりだった。政府に保護され裕福な暮らしを送る異能者を一方的に恨むもので10年前に起きた異能者暴走事件の被害者を担ぎあげてヘイトスピーチを行っていた。
10年前の異能者暴走事件については異能者のニュースに疎い亀崎でも知っていた。
保護区から逃走した異能者が"暗示をかける異能"で暴走した結果、死者や怪多数出た事件だ。あの日を境に異能者への偏見が拡大した。
中には過激な思想の者もいて異能者の保護区へ物を投げ入れる事件もあった。SNS上には異能者排除派を集うアカウントも複数存在するという。彼らの仲間である象徴は「赤い腕章」だったはずだ。
黒いヘルメットを被った男は亀崎のノートパソコンを慣れた手つきで操作し始めた。亀崎ははじかれたように顔を上げた。
「ちょっと待って!これは政府公認の企画だぞ?何をするつもりだ?」
亀崎の必死の形相にも構わず男は操作を続けた。
生配信イベントが中断されたら自分の立場が危うくなる。さっきまで自分は世間の頂上にいたというのに。
ノートパソコンの画面を見ると視聴者数のカウントがせわしなく続いていた。コメント数も目で追えない程に書き込まれ、もはや目で追うことができない。
名声を手に入れるまであともう一歩というところで思わぬ敵が現れた。
(俺の人生を……こんなことで終わらせてたまるか)
人は非常事態に陥ると何を守るべきかの判断を短時間で選び取って行動する。
その行動こそその人物の真の姿を現していた。
亀崎にとって守るべきものは"輝かしい自分"だった。
視聴者数とコメントの数字の桁が目まぐるしく上がっていく。その数値はそのまま亀崎の利益と名声になるのだ。こんな桁数になることは後にも先のも今日この瞬間しかない。
亀崎は一か八か黒い男に交渉を持ちかけた。
「待て!配信は続けさせてくれ」
男は表情の分からないヘルメット姿のまま亀崎の方を見た。
「視聴者にはゲームの延長だと思わせればいい」
「亀崎さん!何を言って……」
伊吹が戸惑った声で亀崎を止めようとしたが黒い男は意外な反応を示した。
「初めからそのつもりでした。貴方達は我々の言う通りに動いて金を手にすればいい」
「……子供たちをどうするつもりですか?目的は?」
亀崎の次は伊吹が男に声をかけた。話してみてわかったがこの男は襲撃犯とは思えないほど冷静だった。対話が可能だと判断し伊吹は勇気を振り絞って声をかけ続ける。
「普通の子供達と貴方達に用はない。我々の目的は……異能者がどれだけ危険な存在なのか世に知らしめ排除することです」
「排除……?殺すということですか?」
男は伊吹の質問には答えなかった。
側にいたほかの仲間に指示を出すとヘルメットに内蔵されていると思われるイヤフォンマイクからゲームに参加している生徒たちに話しかける。
「これから新しいゲームを始める。これから武装した6名が校内で君達を探す。捕まらないように逃げてみせろ。異能を自由に使ってもらって構わない。番組の残り時間45分まで生き抜いてみせろ。我々は撮影ドローンを使用せずに校内を探索する。3分後にゲームスタートだ」
最初に亀崎達と会話していた男が再び編集スタッフ達に振り返ると言い放った。
「番組の編集のみ続けてください。映像は校内の様子しか映し出さないように」
編集を行なっていたスタッフのみ拘束が外されパソコンに向かって作業を始めた。ただ周りには見張りが付いているので下手な動きをすることはできそうになかった。
「こんなに思い通りに行かない企画初めてだ……」
亀崎は黒い集団の目的が異能者の子供達であることを知ると命は保障されていることを良しとし愚痴を吐き始めた。
その愚痴を耳にした黒い男が地べたに座らされた亀崎を見下しながら言った。
「この企画は私が提案したものですが?」
その返答に亀崎が目を見開いた。
「……なんであんたがここにいるんだ?」
編集スタッフ達が新しく映し出された映像を見て息を呑んだ。
様々な画角の映像が映し出されていることからこの学校に隠し小型カメラが取り付けられていたことに気がつく。
最初からこうなることが決まっていたかのようだった。
*
「どういうこと??急に異能者排除派との鬼ごっこが始まったってこと?」
3階で両チームが合流し、3階の美術準備室のようなこじんまりとした部屋に集まっていた。窓が小さく奥まったこの教室なら外から狙われにくい。
油絵具に使用する薬品の独特な香りがツンっと鼻を掠める。ここに通っていた生徒達が描いたであろう埃のかかった作品達が壁に無造作に飾られていた。デッサン像が不気味に立ち並んでいる。
両チームは互いに距離を置きながら向かい合っていた。
「そもそも新しい台本は君達が作ったんだよね?しかも僕達の能力を簡単に生かせないように対策をしてた。それって僕らの能力を調べ上げた上であの仕掛けを設置した。今のこの状況もすごく計画性を感じるんだけど、こういうことになるっていうのは知ってたの?」
「たしかに……チームリーダー君、私達の名前フルネームで覚えてたもんね。それって私達のことかなり調べてたからってことか」
沈黙を破るようにはじめが神有高校のチームを見渡した。はじめの問いかけに
「……いや知らなかった。俺たちは番組が作った台本をぶっ壊そうという話をしていただけで異能者排除派のことは何も知らない」
「嘘だ!僕達が憎くて殺したかったんだろ?特別な力があって国に認められてることを妬んでるんだ」
「あんた達化け物のことを羨ましいと思ってるわけないでしょう?それに私はこのゲームを棄権するわ」
律と李帆がお互いを睨みつける。険悪な雰囲気を和らげるように
「まあまあお二人さん喧嘩はやめよう?非常事態だし」
「私が異能者排除派を呼んだかもしれない……」
李帆が顔面蒼白のまま近くの机に寄りかかりながら吐き出すように言った。
「え?」
その場にいた全員の表情が固まった。
「……私異能者排除派の集団に所属してるの」
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