第7話 煙立つ
ドアを開けるとすぐ居間になっていた。同時に煙っぽい匂いを感じ取った。線香のような香りだ。
居間には机と椅子が2つ置かれているぐらいで殺風景な光景が広がっていた。キッチンには2口のコンロに小さな冷蔵庫、電子レンジが並んでいる。テレビやパソコンは見当たらずこの空間だけ時代の流れに取り残された空間のようだった。
「お邪魔します」
誰もいない薄暗い部屋に複数の挨拶が響いた。人が二人しか収まらない玄関から順々に入室していく。玄関にずらりとローファーと運動靴が並ぶ光景は圧巻だった。
居間を通り抜け襖で仕切られた部屋へ向かう途中、
「こっちが私の部屋」
そう言って和室に通された部屋には本棚が4つほど配置されぎっしりと本が詰まっていた。そこに収まらないものは畳の上にも積み重ねられており専門家の部屋のようだった。
部屋の隅に木のローテーブルが置かれておりそこが頼の勉強机になっているらしかった。
「凄い……。今時紙の本持っている人いるんだね。珍しー初めて紙の本に触る」
新品で尚且つ紙の本は高級品として物好きなコレクター向けに細々と販売され続けた。新品の本を購入する者は富裕層に多い。中古の紙本屋も数が少ないものの存在し、紙の本がいいという人や電子媒体を揃えることのできない人に向け少ないニーズに応えている状況だった。だから本が大量に家にある状況というのは金持ちか貧乏人の両方に二極化された。
「今時本屋を探すほうが大変じゃない?見たところ全部中古品っぽいわね」
「家の近くに中古の本屋があるからそこで見つけてくる」
頼は畳の上に座りながら学校支給のタブレットをいじりながら答えた。頼に続いて5人はそれぞれ畳の上に輪になるように座った。春華は頼の部屋を見渡していた。ぬいぐるみの一つもない、ただ本に囲まれた部屋は紙の香りに満ちており何故か落ち着いた。
ふと頼の使っているローテーブルの上に視線を移すと全教科の参考書が山積みにされているのに気が付く。参考書の近くには紙のメモ用紙のようなものと木の棒が転がっておりメモ用紙には余白がないほど沢山の数式で埋め尽くされていた。
「まって!頼、あれってもしかして鉛筆??うわー教科書に載ってた通りだ!」
春華は鉛筆を手にして大騒ぎした。他のメンバーも珍しそうに春華の手にしている鉛筆を目にする。タブレットが広く行き渡った現代、紙でメモを取る人は極端に減った。本と同様、紙と鉛筆を所持する人自体珍しい存在となりつつあった。
博物館のような頼の部屋を春華はまだ何かないか楽しそうに見渡した。
やがて頼の勉強机が置かれた奥の壁に背中合わせになるようにしてもう1つローテーブルがあるのに気が付いた。そのローテーブルの上に物が積み重ねられその机を使う者がいないことを表しているようだった。
「……頼。本当は色々苦労してんだ……。ごめんっ毎日起こしちゃって!」
そう言って隣に座る春華がタブレットを黙々と操作する頼に抱きついた。頼は何のことを言っているのか分からないというように首を傾げると春華の方を見向きもせずに話を続けた。
「じゃあ具体的に私たちがどうやってゲームに勝つか。作戦を立てていこう」
「
震える声で
頼は首に春華の腕が絡みついたまま怯えた目の龍馬の方を見た。
「異能者だって普通の人間と同じなんだから何も怖がることは無い。それに異能者のSNSの情報を使えば能力の対策だって立てられるし、大人たちと異能者たちは私たちが台本通りに仕掛けてくると思い込んでる。だからその隙を突けば……勝てる」
頼は一呼吸置くとクマがくっきりと残った顔に、してやったりという風に片方の唇の端を上げて笑った。
「それに私たちの才能を使えば特別な力がなくても立ち向かえるよ。異能者だけじゃない。大人たちにだって……何だって」
頼の力強い言葉にただ龍馬は一拍遅れて反応する。先ほどの不安そうな表情が和らいでいた。
「ああ……。そうだね、うん。僕たちにもやれることはあるよね……」
龍馬も含め、メンバーの顔つきが柔らかくなったのを確認すると頼は春華の腕をどかしながらいつもの無表情な顔に戻る。
「まず参加者の能力だけど……」
頼はタブレットに亀崎から送られてきた異能者高校生の紹介文を表示させる。
佐藤はじめ 物を手を触れずに動かすことができる。チーム内では兄のような性格。
頼はタブレットの画面を触って次のパージに進めると台本を表示させる。
台本には舞台になる廃校の地図や仕掛けについて詳細に示されていたので頼はこの資料を元に作戦について話を始めた。
他のメンバーも意見を出し合い作戦会議は夕方まで続いた。
*
「……という感じでね。なかなか
桜咲高等学校でも同じように動画配信会社の説明が行われた。
白い壁に
はじめも右腕の上腕部を左手で抑えながら終始難しい顔をしながら学校から支給されたタブレットを眺めていた。亀崎から送られてきた一般人のイベント参加者のプロフィールを確認していた。リンクが貼られ参加者のSNSアカウントを閲覧できるようになっていた。
このプロフィールは亀崎がSNSと実際に顔合わせでの印象を総合して作成したものだそうだ。イベントで使用するためのものらしい。
(詳細……不明?)
はじめは頼のプロフィールに釘付けになった。この人物だけSNSのリンクが貼り付けられていないことに違和感を抱く。プロフィールの画像……おそらく生徒手帳のものだろうが、不健康そうな目元のクマが目立つ黒髪の少女だった。
「神有高校の皆にはこの台本通りに動くように話してあるから桜咲高校の皆もこの通りに宜しくね」
「このゲームの結末、アザ…一般の高校生が負けることになってるー。可哀想だしつまんなくない?」
水姫がタブレットを下画面に動かしながら呟いた。
「このゲームが君たちを盛り立てるためのものだからね。その代わり彼らにはきちんと明るい未来を報酬としてあげる約束だから気にしなくても大丈夫さ」
そう言って亀崎は教室の後ろで様子を見守る轟に視線を送った……ような気がした。はじめはその行動が少し気になったが今注目すべき部分はそこではない。
亀崎の言う“明るい未来”という言葉はどうも胡散臭い。そんなものが本当にあるのだろうかと思わせるようなものだった。
「アザなんてそんなもんだよ。僕らとの交流なんて1ミリも考えてない。自分の利益の為だけに参加を決めたんだ」
律が水姫に「ほらね」と言うように呆れた顔をして見せた。水姫はそんな律の頬を引っ張って黙らせる。
「楽しそうだなー!異能訓練の時しか能力使えねえから。このイベントの時だけ自由に使えるってことだろ?」
力人が楽しそうに大口で笑った。
「自由って言っても怪我させるようなことまではしないつもりだから。君たちはちゃんと手加減してやるんだぞ。後は神有高校の生徒達が準備してくれるみたいだから……他に何か質問あるかな?」
はじめがゆっくりと手を上げる。
「この深海頼って人。どんな人でした?」
亀崎は画面越しに驚いた表情を浮かべるとうーんと唸った。
「目立つようなタイプの子じゃなかったよ。大人しそうな子。ただ今時スマホを持っていない珍しい子だなと思ったよ。連絡は全部学校支給のタブレットだしね。家庭環境が複雑そうな子だった」
可哀想にと全く同情していないような声色で亀崎が感想を述べる。水姫と亜里砂が気の毒そうな表情を浮かべていた。亀崎の答えからはじめは頼の情報が全くない理由を理解した。SNSをやっていない上に部活動に参加していない生徒だったからだ。
「へえーそうなんですね。ありがとうございます」
はじめは亀崎と同様に貼り付けた笑顔を浮かべると上辺だけの礼を述べる。そしてうっすらと目元にクマの浮かぶ頼の写真を眺めていた。
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