第6話 事情

 らい達にイベント当選の連絡が入ったのはイベントのメールが入ってから一週間ほど経った頃だった。頼がそのことをイベントに参加するメンバー用のトークルームに報告すると隼人はやと李帆りほ以外からは驚きの反応があった。既読が5名になっていたので頼のコメントを見てくれているのだと判断した。


「やったね!すごい!」


 春華しゅんかがきゃあきゃあと騒いで頼の背中を叩いた。頼は迷惑そうな顔を李帆に向けると頼の机の周りに集まっていた龍馬りょうま賢仁けんじもどこか嬉しそうな表情をしていた。


「まさか本当に当選するなんて。こんなことって本当にあるんだな」

「本当に当選するなんて…聞いてないよー!」


 賢仁が食い入るように返信されたメールの文面を眺め、龍馬は嬉しくもあるが怖くもあるという複雑な心境らしく情けない声をあげた。

 頼達が喜んでいるところに賢仁の側によくいる男子生徒が異変に気付がつき声を掛けてきた。


「お前らもしかしてイベントに参加すんの?暇だなー。こんなのギフト持ちを持ち上げるためのものだろう。アザはただの噛ませ役だよ」


 男子生徒の小言に頼達は黙り込んだ。生徒たちは有名大学に入学することに重きを置いている。勉強に命を懸けるべき時なのにイベントに参加する頼達を他の生徒達は白い目でみているようだった。


 少し他の者と違うことをしようものなら叩かれる。

 ここはそういう場所なのだと頼は強く思い知った。自分が自由に生きていけない不機嫌を「その行動は可笑しい」と指さし他の者にぶつける。


 閉塞的な世の中は子供たちの思考までも閉塞的にさせた。

 皆が通る道を外れる者に未来はないと多くの子供たちは思っていたし沢山の大人に言い聞かされてきた。熾烈を極める競争社会で「安定」「落ちぶれない」が重要視されているためか多くの人が通る道を歩いて行くことが子供たちの正しい生き方だと考えられた。


 自分たちは必死で正しい道を歩いているのにふらふらと道を外れていく頼たちがこの男子生徒は気に入らなかったのだろう。

 その言葉を聞いて頼の頭の中で何かが弾けた。


「このイベントに参加する意味は私達が見出すのであって参加しない人たちにはない。それと噛ませになるつもりもない」


 頼の眼光の鋭さに男子生徒は気圧されたように後ろに後ずさった。普段寝てばかりいるサボリ魔の生徒が目の下のクマをつけた目で睨み上げてくる姿は迫力がある。


「何だよ……。冗談を本気にしやがって。それにお前ら全然絡みねえのに集まるとか……」

「絡みがないと話しちゃいけないの?」


 頼との問答に嫌気がさした男子生徒はちっと軽く舌打ちすると他の男子生徒の輪へ戻っていった。

 この場所は元から閉鎖的であるのに更にグループという自分と関わる人間を固定化し更に世界を狭めてしまう。いつもと違うグループにいただけで可笑しい目で見られる。頼は常日頃この世界に嫌気がさしていた。

 この一連のやり取りを見ていた3人は驚いた表情をしていたが春華が一番に口を開いた。


「かっこいい~。頼ってばやるじゃん」

「深海さん……。見かけによらず熱血タイプだったんだね」

「……深海、凄いな。本当はイベント参加するの不安だったんだよ。その……周りの反応が怖くて。でも今その不安が吹き飛んだよ」


 3人が顔を見合わせて安心したように笑いあった。頼は何事もなかったかのようにまた眠気眼に戻るとイベントについて話を続けた。


「……それより。土曜日にイベント会社から打ち合わせがあるからこの教室に集まるように言われてるからよろしくね。時間はこの当選メールに書かれてるから」

「李帆ちゃんと隼人君来てくれんのかな?折角当選しても6人揃わなきゃ参加できないもんね……」


 春華が心配そうな声を出す。頼は視線を真っすぐにして言った。


「必ず来るよ」


 そう言って頼はスリープ状態にさせたタブレットを枕にして眠ろうと顔を輪にした腕の中に収めようとした。春華が頼の頭を叩いて「頼~!これから授業だよ」と毎日定番のセリフを吐く。


*


 静まり返った学校に頼は足を踏み入れる。

 部活動の生徒すらいない学校はどこか見知らぬ建物のような気がする。いつも通っている校門の前で足を止めた。門が開いているのを確認して頼は再び歩みを進めた。


「お来た来た!頼~」


 春華が大きく手を振っている教室内には頼以外のイベント参加者が揃っていた。李帆も不機嫌そうに自分の髪の毛をいじりながら椅子に座っている。そしてそのメンバーの中に普段学校で見かけない少年の姿もあった。


 金髪の少年が左足のくるぶしを右足の膝上にのせる恰好で椅子に座っていた。彼こそが桜島隼人さくらじまはやとだった。学校に来ていないせいだろう。一人だけ来客者用のスリッパを履いている。背が高く体格がいいため賢仁と並んでいると迫力がある。学校制服のシャツとズボンをはいているがブレザーの代わりに学校指定のジャージを着ている。見た目こそ派手ではあるが落ち着いた黒い瞳はとても不良と呼ばれる少年のものではなかった。


「隼人君って意外と話せてびっくりした!全然不良って感じじゃないんだよ」

「本人前にしてそこまで言うか?そりゃあそうだろう。学校来てないからって話通じない訳じゃないんだから……」


 春華の発言に対して賢仁が困ったように取り繕った。当の賢仁は怒るようなことは無く黙って2人の話を聞いていた。どうやら話し好きの春華の餌食になっていたらしい。心なしか顔が疲れて見える。

 頼は軽く隼人を見ただけで特段表情を変えることなく黙って春華の隣に座った。電子黒板は既に動画配信会社と繋がっているらしく画面には見知らぬ会議室の風景が映し出されていた。カメラの前に「株式会社動画撮影屋」というプレートが置かれている。


「お前たちよくこんなイベントに応募したな……。それより勉強したほうがいいんじゃないか」


 中年の男性教師が退屈そうに大あくびをしながら電子黒板を操作する。この教師は休みの日に出勤したのが不服だったらしく頼達に愚痴を漏らした。頼達は学校の代表者としてイベントに参加するため説明会には教師も同席することになった。


 暫くして電子黒板に映し出された会議室に一人の若い男性が現れた。慌ただしく席に着くと緊張を吐き出すかのようにふうーと息を吐く。

 カメラに焦点を合わせると頼達に向かって笑顔で手を振った。


「神有高校の皆さんこんにちは。株式会社動画撮影屋の亀崎きさきです。今回のイベント企画の進行をやらせて頂きます。皆17歳だっけ?若いねー」


 亀崎は場の雰囲気を盛り上げようと「学生は若くていいね」という定番のセリフを放つとパソコンを動かし始めた。画面に亀崎の名刺が表示されお互いの自己紹介を軽く済ませる。前もって神有高校の参加生徒についてはSNSアカウントを伝え紹介文を添えるメールを送っていたので時間がかかることはなかった。

 ただ頼だけプロフィールについて亀崎から指摘を受けた。


「深海さんだけSNSのアカウントがなかったんだけど……。紹介文も神有高校2年女子生徒というだけでもう少し詳しく教えて欲しいな」


 その言葉に頼は眠そうな瞳を擦りながら答えた。


「……私自分のスマホを持っていないんです。だからSNSもやっていなくて紹介文だけで失礼します」

「へえ珍しいね。今時の子でスマホ持ってないなんて。じゃあ他に習い事とか何か得意なこととかあったりする?」


 亀崎の悪気のない問いに賢仁がそわそわした様子で頼を見ていた。賢仁の心配を他所に頼は淡々と答えた。


「お金がないのでスマホは持っていません。部活動も習い事も何もやっていません。得意なことも何も」

「そうなんだ……じゃあ正体不明の高校生というキャラってことにしようか。そういうのも番組的には面白くなるからね。そうそう深海さん以外の皆もそのキャラ設定通りに動いてもらえればいいよ」


 亀崎の言葉を聞いて春華が首を傾げた。


「設定通りに動くって……。ゲームだから本番にならないとどう動くかなんて分からなくないですか?」


 その問いかけを聞いて亀崎はあはははと声を上げて笑った。その笑顔は誰かを馬鹿にするようなものではないのに何処か心に引っかかるような笑い方だった。


「こういう配信動画にも一応段取り……脚本があるんだよ。フィクションとノンフィクションを上手く組み合わせることが大切なんだ。要するに大人の事情ってやつだよ」


 そう言って人差し指を立ててみせた。爽やかな笑顔だったが頼にはどこか理不尽を押し付けられているような気がして不快に感じた。大人が時折見せる子供には分からないだろうから言う通りにしなさいという振る舞いに何度も遭遇してきた頼は思わず眉を顰める。


「やらせだな」

桜島さくらじま君言い方言い方!どの動画配信サイトだって何かしら演出はあるんだから」


 隼人の第一声に他のメンバーが驚いたように視線を向けると同時に亀崎が一段と面白可笑しく笑う。隼人はそんな亀崎を黙って見ていた。


「これからイベントの台本をメールするから確認してくれるかな?勿論外部に情報はもらさないでね」


 そう言って送られてきたのは『城取しろとりゲーム』の台本だった。それぞれ異能者の見せ場があり廃校に仕掛けた罠を異能者がそれぞれの能力を使って乗り越えていくという筋書きだった。そして最後のページには、「異能者高校生である佐藤はじめが旗を取りゲームは終了、一般の高校生は悔し涙を流しながらも仲間たちの絆、異能者のすばらしさを認める」と書かれて締めくくられていた。

 

 ゲームの勝敗はゲームが始まる前に既に決められていた。


 これに激怒したのは李帆だった。勢いよく椅子から立ち上がる。


「何これ?ギフト持ちを持ち上げるためのやらせ番組じゃない!こんな内容だったら私参加しない」


 春華や賢仁、龍馬も複雑な表情でタブレットに映し出された資料を眺めていた。頼から「一般人でも才能があるということを見せつけよう」という意図で参加したのにこれでは本末転倒である。男子生徒から言われた「噛ませ」という言葉が3人の頭をちらついた。

 隼人と頼だけは表情を少しも変えずに黙って台本を読み進めているようだった。


「鷹取さん落ち着いて。SNSで君がギフト持ちを好んでいないのは知っているけど…。

このイベントには君たちにもメリットはある。ギフト持ちの高校生を勝たせてくれたら君たちの将来も確約するよ。有名大学の推薦を口利きして上げる」


 その発言に賢仁が「え?」と声を上げた。そして無言で教室の後ろに控える中年男性の教師の様子を見るために振り返った。教師は賢仁を諫めるように手を上げた。


「これは悪い話じゃない。よくある話だ。スポーツ推薦とかと同じさ。お前らはイベントに参加した功績として有名大学に入学することのできるチャンスを手に入れるんだ。他の奴とか保護者に睨まれるから絶対言うなよ!」


 教師は面倒くさそうに腕を組んで教室の壁に寄りかかった。畳みかけるかのように亀崎が言葉を続けた。


「ギフト持ちのイメージは悪くなる一方なんだ。社会、ひいては世界に役立つ能力のはずなのに……。

10年前の異能者が暴走して一般人を巻き込んだ事件があったせいでもあるし不況下で優遇された彼らの生活が気に入らないせいでもある。

政府はそのイメージを払拭するのに必死でね。君たちが社会の為に行動するんだ。政府がそのお礼として君たちの明るい将来を確約する。勿論資金援助もする。どうだろう?やってくれるかな」


 亀崎の笑顔はさっきと変わらないはずなのにどこか脅迫しているように感じられた。

 有名高校に入ることを夢見ていた李帆は有名大学に入れるという条件に揺れているようだった。きまり悪そうに椅子に座り直している。


 他のメンバーも何も反論できないでいた。一番反論するであろうと思われていた頼はただタブレットに目を落とすだけで何も発しなかった。春華や賢仁、龍馬はこのまま話を進めていいのかと目配せしていたが頼は誰とも目を合わせない。


 亀崎は沈黙を肯定として受け取ったらしく更に笑みを深めると詳細な流れについて解説を始めた。



「……という流れで番組を進めていきたいと思う。廃校には撮影用ドローンを使って配信していこうと思う。後確認したいことがあったらいつでも連絡してね。それと君たちとゲームをする異能者たちのSNSアカウントも送っておくから確認よろしく。ここまでで何か質問あるかな?」


「はい」


 手を真っすぐに上げたのは頼だった。メンバーの緊張が自然と高まる。


「罠……といいますか仕掛けは私達で準備してもいいですか?この台本通りに。材料はスタッフさんから頂きたいですけど作成や設置は私達でやりたいです」


 思っていたのと違う質問に春華たちはがっくりと肩を落とした。頼は自分の考えと反する亀崎に反論しないのか、いつぞやの男子生徒を黙らせたように動かない頼に春華と賢仁、龍馬は疑問に思っていた。


「いいねえ深海ふかみさん。その積極性。じゃあお言葉に甘えて。材料は此方で準備するから仕掛けの作成と設置はお任せしようかな」


 亀崎はすぐに承知してくれた。そして画面越しに「またよろしく」と手を振ると電子黒板から亀崎の姿が消えた。


「お前ら良かったな将来安泰だぞー。そうしたらとっとと帰る準備しろー」


 教師が面倒くさそうに後ろから手をしっしと振った。6人は追いやられるようにして教室を出た。

 校門の前で春華が我慢ならないという風に声を上げた。


「こんなんで……いいのかな?」


 その発言に噛みついたのは李帆だった。


「はあ?いいのかなって……。いいに決まってるじゃない。将来が約束されるんだし。ギフト持ちを持ち上げるのは気に食わないけど」


 李帆が腕を組みながら春華を制する。


「……深海はこれでいいのかよ」


 賢仁けんじの力ない声を聞いて頼はやっとメンバーたちと視線を合わせると「そういえば」という表情を浮かべながら答えた。


「台本通りにやるわけない」


 その答えに隼人以外のメンバーは目が点になった。亀崎の考えに従っているように見えた頼だったが腹の底では従う気など更々なかったらしい。春華の表情が忽ち笑顔に変わる。


「やっぱ頼は面白いっ!最高っ!」


 そう言っていつものように加減なしで頼の背中をばしばしと叩いた。頼は不機嫌そうな表情を浮かべている。龍馬と賢仁も安堵したかのように笑いあい、隼人は相変わらず無反応だった。李帆は何か言いたそうな顔をしていたがそれ以上言葉を続けることは無かった。


「これから作戦会議をするからついてきて」


 頼は5人の前を歩き始めた。移動中春華が一人で何の繋がりもないメンバー同士の会話を盛り上げているようだった。

 隼人も賢仁と少し言葉を交わし、春華に話しかけられながら頼達の後を付いてきてくれた。一人で先頭を歩く頼が立ち止まったのは一軒の古びたアパートだった。

2階しかないアパートは蔦で覆われ、柵が外れているなど外観は荒れ放題だった。


「ここって……。もしかして頼の家⁉」


 春華の問いかけに頼はこくりと頷いた。


「ええっ⁉お邪魔しちゃっていいの?」


 龍馬が上ずった声を上げたので春華がすかさず突っ込みを入れる。


龍馬りょうま君。女子の家だからって勝手に盛り上がらないでよねー」

「盛り上がってない!早瀬はやせさんは本当に黙っててくれ!」


 春華と龍馬がぎゃあぎゃあと騒いでいるところを李帆が雰囲気をぶち壊すように発言した。


「こんな汚そうなところ嫌なんだけど。ファミレスとかにしない?」

鷹取たかとり……失礼だろ」


 失礼な発言をした李帆を諫めるように賢仁が言った。その声色は優しげな響きを保とうとしていたものの怒りを微かに感じる響きをしていた。2人の険悪な雰囲気を微塵も感じ取らずに頼は大あくびをする。


「誰かに聞かれると困るからうちの方が安全だと思うよ」

「安全って……。たかがゲームの話でしょ?」


 李帆が腕組をして頼に問いかけるが頼は既にアパートの階段を軽快に上がり始めていたので李帆の言葉を聞いていないようだった。


「政府とギフト持ちが関わってるイベントだ。しかも俺たちは台本を外れて参加しようとしてる……」


 隼人が賢仁の隣でポケットに手を突っ込みながら呟くように意見した。


「他の子に聞かれたらSNSとかに拡散されちゃうだろうしねー。このイベント自体外部に出しちゃいけない案件だから頼の家でい いんじゃない?」


 春華の後押しもあり李帆は大きなため息をつくと折れたように腕組をしていた腕を解いて「分かったわよ……」と呟いた。

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