第5話 桜咲高等学校

 桜咲さくらざき高等学校は異能者を集めた特別な施設だった。

 30年前異能者を保護し社会に貢献する異能者を育てるために建てられた。また政府は表向きを保護区としているが、異能者の実態を調べるための研究施設でもあった。

 政府の管理する保護区の中にある学校だ。小・中・高一貫でそれぞれ1クラスしかない。もともと少子高齢社会で子供が少ないのに異能者の子供となれば数は更に減る。


 保護区は自然豊かな土地にあり異能者とその家族には一軒家が与えられ食事、生活に関わる物全てを与えられた。許しがなければ保護区外にでることはできなかったが保護区内の生活は快適だった。能力も普段は使用を禁じられた。許可が下りた時に使用しなければならない。

 自由が制限されている部分はあるが大不況の中ぎしぎしとした人間関係や経済活動の苦しみから解放されたこの土地は生活に苦しむ能力を持たない者達からSNS上では『楽園』と呼ばれていた。


(何が楽園だ。こんな世界なんてクソだ。)


 病棟のような白い部屋に机が無造作に並ぶ。机に項垂れていたのは少し長めの前髪をセンター分けした不機嫌そうな顔をした男子生徒が佐藤はじめだった。その黒い瞳は死んだように輝きを失っており右の上腕部分あたりを左手でさすっていた。

 SNSで保護区に関するコメントを見て心の中で悪態をつくのがはじめの日課だった。自分の能力である物を触れずして動かす力を披露した動画の再生回数は先ほどアップしたばかりなのに1万を超えようとしていた。動画に関する「凄い」というコメントや「やらせだ」というコメントを見てはじめは鼻で笑った。


(勝手に騒いでろ)


 そして窓から見える青空を眺めた。はじめの暗い瞳には鬱陶しいものとしか映らなかった。


(……早くこの世界終わらねぇかな)


「おはよー!いっちゃんすごいね。うちの朝アップした写真よりも反応多いじゃん。負けたわー」


 騒がしく白い部屋に入ってきたのは水色という奇抜な髪の毛をツインテールにした女子生徒、立林水姫たてばやしみずきだった。今日もばっちり化粧を決め制服を着崩している。桜咲高等学校に制服はないのだが水姫は好んで色んな制服を着てきた。常に上下ジャージ姿のはじめとは大違いである。

 水姫ははじめのことを小学部にいたころからいっちゃんと呼んだ。はじめという名前を漢数字で書くと一になることから“いち”のいっちゃんとあだ名をつけた。


「そう?ギフト持ち高校生SNSフォロワー数ナンバーワンの水姫には負けるよ」


 はじめはスマートフォンから目を離すと先ほどの黒々とした感情などなかったかのように穏やかな表情を水姫に向けた。水姫は当然でしょうという笑顔を返すと自慢げに自身のスマートフォンをはじめに見せた。


「この写真のうちすごく盛れてない?SNSで拡散したかったのに……」


 それは今日の朝、学校から送られてきたメールに添付されていたイベントの広告だった。水姫がモデルを務める『城取ゲーム』の連絡ははじめも既に認知していた。そして学校のメールには政府の意向による強制参加であること、このイベントについて外部の者に漏らしてはいけないことなどいくつか注意事項が記述されていた。


「そうだね。ところでこのイベント……何なんだろう」

「何って……アザちゃんたちと仲良くするためのイベントでしょ?楽しみだなー。リアルのアザの友達とかいないから。ネット上でしかやり取りできないし。イベントに参加したらフォロワー数上がりそう」


 水姫が楽しそうにしているところにワイヤレスイヤフォンのようなものを両耳に付けた小柄な男子生徒が入ってきた。


「仲良くできるわけないだろ」

「またリス君はそんなこと言う。いつも怒ってるから背が伸びないんだよ?」

「背は関係ないだろ!」


 水姫が小柄で可愛らしい男子生徒、鳴海律なるみりつの頭を撫でた。水姫は見た目がリスに似ているということから律のことをリス君と呼んでいる。


「水姫の声がでかすぎて向こうの階段上がってくるまでの間に会話が全部聞こえてきたよ」

「さすが律の聴覚能力」


 はじめが律の能力を讃えてみせると律がはあーと大きなため息をついて見せる。


「イヤフォンで余計な音聞かないようにしてるのに水姫の声量どうなってんの。」


 律の能力は優れた聴覚だった。正確に音を聴きとることができ音楽であれば絶対音感を持っていたしどんなに小さな音でも離れた場所から聞くことができた。話し声や足音から部屋に入らなくても人の存在を感知することもできる。ビル火事の時水姫と行動していたのは律だった。

 ただ普段の生活でこの能力はかなり負担だった。聞きたくないときに小さな音が詳細に聞こえるので律は常に外の音が聞こえにくくなるイヤフォンを身に付けていた。


「僕たちは政府に守られて悠々と生きてる身分なんだし大きな事件もあったから。アザの高校生が僕らを変な目でみてくるに決まってる。それか媚でも売ってきそうだよね。僕たちと接点を持って特別扱いされたいみたいな奴ら。実際SNSのメッセージで届いたりするし」


 律がふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「いや……。そういうことじゃなくて」


 はじめが言葉を続けようとしたところで白い部屋に新たに2人の生徒が入ってきた。ウルフヘアで背の高い女子生徒とふわふわとした長髪の柔らかい雰囲気の女子生徒である。正反対の性質である2人が保護区外で歩いているととても目立つ。


「おはよう。どうかしたの?」


 ウルフヘアのボーイッシュな格好をした少女は永目弓月ながめゆづきは3人が盛り上がっているのを見て不思議そうに声を掛けたライダースジャケットと黒いパンツを見事に着こなしている。

 隣にいた小柄で小花柄のワンピースを着た少女、金上亜里砂きんじょうありさも何事かとはじめ達を見ていた。


「ゆーちゃんとありちゃんはメール見た?」


 水姫がスマホの画面をもう一度見せる。2人も確認していたらしく大きく頷いた。


「見た見た。楽しそうだよね。こういう娯楽系の依頼はなかったから。私の目も生かされるでしょうね」

「私も……。城取ゲームって呼び方が少し怖いけど……。一般人の同世代の子のことが気になってたから楽しみ。私の力はどうやって生かせるか分からないけど……」


 弓月の能力は卓越した視覚能力だった。遠くの物が見えるだけでなく動体視力が並外れていた。最近はその能力を活かしてライフル射撃の訓練も受け始めたらしいが一度も対象物を狙い仕損じたことがないという。その能力は夜であっても変わらずに使うことができ、真っ暗な建物の中を弓月はどこにも足をぶつけずに歩くことができる。


 亜里砂の能力は金属を変形させることができる能力で固い鉄を自分の思いのままの形にすることができる。その能力を活かして亜里砂はアーティステックな作品を作ってSNSで人気となっている。今前髪に付けている星型のヘアピンも亜里砂が作ったものだ。


「いっちゃんは何に引っかかってんの?」


 イベントを楽しみにしている同級生たちを見てはじめは黙り込んだ。もしかして自分が考え込みすぎているだけなのだろうかと感じた違和感を静かに押し込めた。


「何でもない」


 始業のベルが鳴ると同時にバタバタと男子生徒が一人滑り込んできた。


「セーフっ!」


 大声を上げて入ってきたのは快活そうな男子生徒だった。がっしりとした体格をした男子生徒だった。教室の扉を思いっきり開けたせいで引き戸の扉がけたたましい音を立てて蝶番の一つが外れてしまった。


「リッキーまた壊した!先生に怒られるよ?」


 水姫が爆笑しながら壊れた扉を激写している。また自分のSNSに上げるのだろう。葉山力人はやまりきとは人よりも力が強いという能力を持った少年だった。少し力を入れすぎただけで物を壊してしまう。この教室で何度扉やプロジェクター、椅子や机が数えきれないぐらい壊してきた。

 高等部になって力の出し方が制御できるようになってきたとはいえ気を抜くとすぐに物を破壊するほどの力を出してしまう。


「あ……やっべ。黙っといて」


 力人は笑いながら冗談まじりにそう言うが派手に壊された扉は誰がどう見ても隠すことができそうにない。

 そのすぐ後に入ってきた黒いスーツの教師が無言で子供達の様子を見ていた。これと言って特徴のない30代前半の男性は黒板代わりであるスクリーンの前にある教卓に立つ。

 この教師は一般人であり政府に公認された保護区で生活していた。


「おはようございます。今朝のメールは確認したでしょうか。その件についてまず話そうと思いますが……。葉山君。ドアについては後で話を聞かせて頂きますよ」


 事務的な話し方をする男性がちらりと力人を見た。その視線が冷たかったので力人は先ほどの元気はどこへ行ったのか小さな声で「すんません……」と呟いた。それぞれ席についた生徒たちは小さく笑った。


「イベントについてですが対戦校については追って連絡します。それまでこのことは外部に漏らさないように。君たちの安全の為でもあるし、動画配信会社の意向でもあります。サプライズでこの番組を配信するそうですから情報漏洩だけは気を付けてください」


(今日もこの教師は堅物だな……)


 はじめは頬杖をつきながら心の中で呟いた。高等部に入ってから担任となったこの教師のことが気になっていた。小学部の時に担任となった教師は朗らかな中年の女性で一般人であるのにも関わらず異能者であるはじめ達に心を開いて接してくれていた。

 それに比べてこの教師はどうだろうか。未だに生徒に敬語、表情を見せない顔、生徒との最低限の接触しかしない。轟大和とどろきやまとと書かれた写真付きの身分証明書を首から下げている。1年前にやってきたばかりのため首に下げられたネームプレートは他の職員よりも綺麗な白色をしていた。


 何故あの女性教師から変わったのかと高校一年生になった際水姫が問いただした事があったが、「君たちに感情移入しすぎたからです。」と何の感情もなく轟が答えたのを今でもはじめは覚えている。


 はじめ達は異能者という特別な存在であり研究対象だった。

 毎日メディカルチェックを受け、能力を使うときには沢山の大人に囲まれ、体に訳の分からない沢山の機器を取り付けられた。

 採血や体に訳の分からない機器を取り付けられている時はじめは自分が実験体の動物のような気持になった。小さい頃からずっとこの生活を続けているが時々ふと自分の人生の虚しさに気が付いてしまう。


(俺はこのまま……自由がないまま死ぬのか?短い寿命をここで全うし人生が終われば肉体は研究者の手に渡る……)


 異能者の寿命は短い。そして異能者の身体能力については解明されていないことが多かった。そのため政府が異能者及びその家族の生存を保護する代わりに異能者は死後その肉体を政府へ研究の為に受け渡さなければならなかった。保護区に入る時に両親とともに契約を交わすのだ。

 左手で上腕部分に軽く触れるとはじめは大きなため息をついた。。


(クソみたいな人生だな)


 はじめは自分の人生を罵った。

 ここから逃げ出したければ異能を使って抜け出せるはずなのだ。多くの異能者が逃げずに大人しくしているのは家族と優遇された平穏な生活を送ることができるからだ。

 はじめは自分たちの両親を思い出す。


「はじめが生まれてきてくれてよかった」


 母は涙してよくはじめにそんなことを言った。父の会社は不況により倒産、幼い頃は生活に苦しんで過ごしていた。はじめが物心つくようになり異能を発動させると生活が一変した。


 父は政府の異能を研究する機関で働くようになり母は保護区で外の殺伐とした世界から離れて平穏に過ごしている。

 自分が逃げるということは家族の平穏を打ち壊すことと同じ意味を為した。だからどんなに自分のいる場所に嫌気が差しても家族の顔が浮ぶと足が止まってしまうのだ。


 憂鬱とした気持ちで日々を生きるはじめだったが今回ばかりは違った。

 いつもと違う何かが起きる。はじめはイベントを楽しみにしている自分がいることに気が付くと自嘲気味に鼻で笑った。



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