第4話 問題児


 頼達の通う神有かみあり高校は異能を持たない一般人が通う学校だった。少子高齢社会により子供の数は減ったため頼の学年も3クラスしかない。1クラスの人数も20名ほどだ。高校の数もかつて県内で230校ほどあったらしいが130校ほどに減少した。


 学校の数が減る中、人気のある有名な高校や大学に希望者が殺到する事態は珍しくなかった。SNSでは有名な高校や大学に進んだ学生たちが「○○高校合格した!人生勝ち組w」「○○大学合格したから俺の人生イージーモード」なんて呟きを数多く見かける。


 有名校に通う学生のSNSは異能者のSNSには劣るものの人気があった。実際有名校に通えることは社会のステータスを得る上で重要なものだったからだ。この不況下である。相応の職に就くために用意された少ない椅子に座ろうと子供たちは「学歴」を求めて争いに参加した。

 これを得なければ食べていくことも、家族を得ることも、幸せを手にすることもできないと小さい頃から呪いのように言い聞かされるのだ。


 鷹取李帆たかとりりほはその争いに敗れた生徒の一人だった。

 神有高校に入学したころから彼女は目立つ存在だった。髪が長く居合道を習うお嬢様で顔もスタイルも悪くない。両親も有名企業に勤めているという噂だった。

 受験に失敗し神有高校に通っていることが気に入らないらしく入学当初から「私はこの学校に来るつもりはなかった。」と語っていた。「異能者ばかり優遇される世の中なんて終わってる。」「異能者なんて化け物と同じだよ。みんな10年前の事件のこともう忘れちゃったの?」とSNSで呟いており学校内でも異能者のことを差別するような発言をしていることを大半の生徒は知っていた。


 李帆は頼の学年の要注意人物であり周りの生徒からなるべく関わりたくないと思われるような生徒だった。女子の取り巻きを作っては気に入らない者の悪口を言う。らい達とは違うクラスだったが李帆に目をつけられた女子生徒の一人が転校したとかいう噂もある。

 李帆の見た目の良さと成績優秀者であること、親が多少権力を持っていることもあり誰も李帆に物申すことはなかった。李帆が何かしても皆見てみないふりをして李帆の機嫌が直るのを待った。

 そんな李帆の前に眠たそうな顔をした頼がタブレットを持って現れた。隣には春華が心配そうに見守っている。李帆は艶のある黒髪をポニーテールにして席に頬杖をついて座っていた。近くの席には李帆を取り巻く女子たちが不審そうに頼達をじろじろと眺め品定めをしていた。李帆の周辺は香水の匂い強く鼻腔をくすぐった。


深海ふかみらいさんだっけ?私がギフト持ち嫌いなの知ってる?それに私達何の絡みもないのに誘ってくるとか何?」


 みるみる李帆の機嫌が悪くなっていくのが分かる。春華しゅんかが隣で友好的な笑顔を見せるが誰一人それにこたえてくれそうな者はいなかった。


「……鷹取さんが参加してくれればこのゲームに勝てそうだと思って」

「はあ?」


 李帆が頼を威圧するように語気を強めるが頼は怖がりもせずに続けた。その目は李帆ではなくどこか遠くを見ているようだった。


「私がこのゲームに参加する目的は……。異能者を打ち負かすためだよ。異能を持たない人にも優れた才能があるってことを示したい。だから才能のある人に声を掛けてる」


 淡々とした口調で頼がイベントに参加する心の内を明かした。その答えに取り巻きの女子たちも驚いていた。李帆は大きな吊り上がった目を瞬かせた。


「ふーん。見た目とは裏腹に意外と深海さんって熱い人だったんだ。ギフト持ちをゲームで打ち負かすのも面白そう。分かったわ。私も参加する」

「うそお!」


李帆の答えに一番驚いたのは春華だった。思わず大きな声の出た口を手で覆う。頼はその返答を待ち受けてかのように小さく笑った。ずっと無表情だった頼の笑顔を李帆は暫く呆気にとられて眺めていた。


「ありがとう。他のメンバーは飛翔龍馬ひしょうりょうま君と朝日賢仁あさひけんじ君、桜島隼人さくらじまはやと君だからよろしくね」


 そのメンバーを聞いて李帆の取り巻きの女子たちはざわついた。李帆もますます何故このメンツなのかと眉を顰めた。


「抽選なんだから当たるか分からないでしょうけど……。まあ楽しみにしてるわ」


 そう言って頼と春華は李帆をイベントのメンバーに誘うことに成功した。帰りの廊下で春華が大きく伸びをする。


「キンチョーしたあ!本当李帆様って感じだったね…。それにしても最近の頼ってすごくない?どったの?行動的すぎるよー。そんな人間だったっけ?」

「……春華は私のことなんだと思ってたの」


 頼はタブレットに視線を落としながら春華と言葉を交わす。


「頼は……人生に退屈してそうな顔をした子だなと思ってた。それといつも授業寝てる子?でもなんか他の子とは違うオーラが出てるから目を離せない存在っていうか……」


 春華が予想以上に頼の印象を語るので思わずタブレットから目を離して聞いていた。春華は相手が誰であろうと素直に自分の意見を述べる。それに人の本質を見抜く力があることを頼は知っていた。


「あ!深海と早瀬はやせ丁度良かった」


 頼と春華が教室に戻ると賢仁が席に着いたまま片手を上げて声を掛けた。隣には眼鏡をかけ制服をきちんと着こなした男子生徒が居心地悪そうに立っていた。他クラスだからだろう。いつもと違う景色に落ち着かないらしく辺りをきょろきょろと見渡している。


「龍馬君じゃん!ということは勧誘成功?」


 春華が楽しそうに飛翔龍馬の背中をバンっと叩く。思いもよらぬ攻撃に龍馬は身を縮こませた。細身の体に春華の馬鹿力は響きそうだなと頼はそんなことをこっそりと考え気の毒に思った。


「……朝日から聞いたけどさ……。なんで僕なの?しかもギフト持ちと対戦とか怖すぎるでしょ」


 龍馬は頼の方を訝しげに眺めた。自分をイベントに勧誘した真意を探ろうとしているようだった。頼はいつもと変わらない調子で龍馬に答えた。


「飛翔君のドローン技術とプログラミングの才能があればこのゲームに勝てると思ったから」

「しかもギフト持ちに勝つつもりでいるの?!深海さんだっけ?君は戦国武将か何かなの?」


 龍馬が興奮したように頼に突っ込みを入れる。その様子を春華が面白そうに眺めていた。賢仁もつられて笑う。


「でも……まあ。僕のこの地味な才能を認めてくれるっていうなら……協力してもいいかな。ゲームは嫌いじゃないし。ただ異能者は怖いけど……。10年前の暴走事件はまだ記憶に残ってるんだからな」

「うわあ。ツンデレだ」

「……ツンデレじゃない!早瀬さんはさっきから煩いぞ!」


 賢仁が龍馬を「まあまあ」と言って落ち着かせると頼に真剣な表情で向かい合った。


「それと……隼人のことだけど。」

「……どうだった?」

「意外とイベントに興味持ってくれてさ……。隼人も参加できそうだよ。最初は面倒くさそうな反応されたけど深海の名前出したら結構話が進んだんだよな……。隼人と知り合いだったりする?」


 賢仁からの返答を聞いて頼はうっすらクマのついた目元を擦った。何か言おうとして辞めると一呼吸おいてから賢仁に向かって答えた。


「……。まあ知り合いと言えば知り合いかな。でも参加を決めてくれたのは私の力じゃない。多分朝日君のおかげだね」

「え?」


 賢仁が更に疑問を聞く間もなく頼がこの場にいるイベントの参加者に連絡事項を伝えた。頼にはぐらかされてしまったようで賢仁は腑に落ちないまま頼の連絡事項を聞いた。


「それじゃあこの6人で応募しておく。応募するのにSNSアカウントが必要だからコードかアドレスを私の学校タブレットのメッセージに送って欲しい」

「おっけー!精鋭6人が集まったね。すんごい楽しみ」

 

 春華が楽しそうに返事をする。そんな単純な春華を見て呆れるように龍馬がため息をついて言った。


「まだ僕らが参加できるとは決まってないけどね。どうせ有名校が応募してきたら負けるだろうし」

「私たちはきっと参加できるよ」


 龍馬の冷やかしを頼は強く否定した。冗談まじりに言った言葉を頼は大まじめに否定した。その目はどこか遥か遠くを見つめているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る