第2話 知らせ

 放課後になると部活動に向かう生徒達で廊下は賑わう。らいの前の席に座る春華しゅんかがエナメル鞄を背負っている。春華は陸上部に所属しており県大会で優勝するほどの実力を持っていた。


「頼はバイトだっけか。ファイト―!それと今日は早く寝るんだよん」


 そう言って頼の頭をわしゃわしゃとかきまぜた。頼は不機嫌そうな表情になると春華に「またね」と言って手を振った。


 高校生でバイトをしているのは今のご時世珍しい目で見られがちだ。殆どの生徒は部活動か塾に打ち込むのだ。だから頼は常に「普通とは違う変わった生徒」として見られていた。授業中も寝るし、バイトもする。傍から見れば勉強に集中していない子供に見られた。

 その年でバイトに行くなんて、その分勉強に時間をつぎ込むべきだと考える人が大多数の世の中でも頼は気にせずに学校帰りバイトへと向かっていた。


深海ふかみ!」


 席から立ち上がった頼を呼んだのは朝日賢仁あさひけんじだった。斜め前の席に座る彼は外部のサークルでアーチェリーを習っているらしく大会で賞を取るたびに全校集会で表彰されていたことを思い出す。

 そして明るく誰にでも打ち解ける存在のためクラスの人気者でもあった。見た目も爽やかな好青年という雰囲気で地毛だという薄茶色の髪の毛がよく似合う。普段の行いがいいせいか生活指導の先生に髪の毛のことで注意される場面に出くわしたことがない。髪を染めている春華はよく「ずるい」と言っていたのを思い出す。


「タブレット忘れてるぞ。」


 立ち去ろうとした頼の机の上を笑顔を浮かべたまま指さす。すると周りにいた男子生徒がどっと沸いた。頼は黙って机の上のタブレットを鞄にしまい込んだ。しまう途中で春華に髪の毛をぐちゃぐちゃにされすっかり気がそっちに向いてしまっていた。


「深海天然かよ!」

「深海ってスマホもってないってマジ?今時珍しいよなー」


 一人の男子生徒が馬鹿らしい質問を口にすると周りにいた女子生徒まで「えぇー」とか「そんな人いるんだー」という反応をする。頼はそんな反応に慣れきっていたので何の感情もなく返答した。


「うん。だってお金ないし」


 そう言ってまだ何か聞きたがりそうな生徒達を無視してその場を立ち去った。その後ろ姿を賢仁が申し訳なさそうに見送っていたのに気が付かなかった。

 頼は自分用のスマートフォンを持っていない。学校で支給されたタブレットとWi-Fiだけが頼の家にある通信機器だった。


 学校が貸し出しているタブレットだが電話やメッセージ交換も学校内の人間であれば使用可能だったし通信費も授業料の中に含まれていた。ただし個人のメッセージのやり取りは学校側で閲覧が可能であり自分のスマートフォンでやり取りする生徒がほとんどだった。

 アプリも制限されていたが学習用のゲーム、時事問題を学ぶためのニュース動画であればダウンロードすることができたから学生生活で困ることはなかった。


「異能者ねえ…。意外と増えてきたなー」


 頼のバイト先『なんじゃもん亭』という小さなお好み焼き屋で休憩時間に店主の岬大地みさきだいちがそんなことを頼にぼやいた。頼は岬さんと呼んでおり学校で岬さんを話題にだすと必ず女性だと勘違いされる。実際は四十を過ぎたオールバックの似合うワイルド系のおじさんだ。


「能力ってどうやって授かるもんなんだろうな?やっぱり神様の贈り物なのか?俺も欲しいな……」


 頼は腕を学校から支給されたタブレットをいじりながらうーんと考える素振りをみせる。


「今のところメカニズムは分かってないらしいですよ。ただ生まれつき特別な力が使えるってだけで。能力の最盛期が15歳から19歳ぐらいだそうです。それに異能者って寿命が短くて30歳になるかならないかぐらいで亡くなるとか」


 頼はネットでまとめられた誰もが知っている異能者の特徴を読み上げるようにして岬に返答した。それを聞くと岬は大げさにひえーと悲鳴を上げた。


「俺とっくに死んでんじゃん。異能者ってのは病気か何かなのか?周りにいないから分からねえけど。でもニュースで見ると凶悪事件とか人探しとかかなり役立ってるらしいなー。この前なんかビル火事に水を操る異能者と人の位置と数を探知できる異能者がいて人助けたらしいな。選ばれし者がなるって感じなのかねえ」


 岬はひとりでべらべらと話し続けた。

 そんな岬を無視していると頼のタブレットに学校から連絡メールが入ってきたらしくぴこんっと可愛らしい通知音が鳴る。

 連絡メールを開いて頼は思わず笑みを浮かべた。


「きた」


 いつも表情に乏しい子供だったので笑顔の頼を見て岬は驚いたような表情をした。


「えっと……どした?もしかして前に店に来た年上の彼氏から?」


 岬がおちょくるように言ってきたが頼はすぐに真顔になり首を横に振った。先ほどの輝かしい笑顔は見る影もなく岬は心の中でやってしまったと思う。


「……違います。」


 頼が見ていたのはあるイベントの告知だった。否定の言葉とともに岬にタブレットの画面を見せる。



【求む!特殊異能桜咲高等学校と城取ゲームしてくれる高校生


特殊な能力を持ったギフト持ち高校生とゲームをしよう!

ルール 攻めて側と守り側に別れ、守り側になった学校は校内の一室にある旗を攻め手側の学校から守り切れ!6人で1チームとなり仲間と協力しあって絆を深めよう。


動画生配信あり!!

人気ギフト持ち高校生活躍!


実施場所 旧若葉高校

実施日 20●●年 5月16日

開催意図 ギフト持ちの交流と相互理解。国民の異能への理解を深める。



連絡先、お問い合わせは以下フォームにて。

※応募が殺到した場合参加校は抽選で決定します。

※イベントについてはこちらでランダムに選んだ高校にのみ連絡をしている、動画作成会社がサプライズ配信を行うためSNSでの拡散はおやめください。


主催団体 異能者保護団体、●●省 異能研究本部、株式会社動画撮影屋】



 画面を覗き込んだ岬がへえーと声を上げた。イベント告知の宣材写真には奇抜な水色の髪をしたツインテールの少女が指でハートを作った写真が掲載されていた。最近SNSでよく見かける異能者の少女だった。


「そんなイベントあるのか!面白そうだな。ギフト持ちを間近で見られるチャンスだ。これに応募するのかい?」


 頼がこくりと首を縦に振る。その瞳は子供のようにきらきらとしていた。


「頼ちゃんって異能者のファンだったりする?そんな嬉しそうにしてさ……」


 その問に頼は普段の無表情に戻る。その表情をみて岬はまたやってしまったという顔をしたが頼は怒っているようではなかった。


「いいえ。私は異能者だろうが一般人だろうがそういうことはどうでもいいんです……。休憩終わりなのでこれで」


 頼はタブレットを鞄にしまうとロッカーに鞄を押し込んだ。エプロンをつけると岬を残して休憩室を出て行った。


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