第28話
俺が『マージハリ冒険者ギルド』のスタッフとして働きはじめてから、1ヶ月が過ぎる。
そして初めての給料をもらった俺は、キャルルといっしょに街に出かけていた。
「えへへー、いっしょに外に出ようだなんて、いったいどういう風の吹き回し? ふりまわし?」
「お前、子供たちのためにずっと働いてるんだから、たまにはこういうのもいいだろう?」
「そだねー、じゃあ、どこ行く?」
「キャルルの行きたいとこならどこでも」
「んーと、じゃあ山に行きたい! 山菜が欲しいんだよね!」
「おっと、今日はそういうのはナシだ」
「そういうのって?」
「山菜採りなんて、お前にとっては仕事みたいなもんじゃないか。
今日はそういうのは忘れて、のんびりしようぜ」
キャルルは「えーっ」と一瞬だけ不服そうな顔をしたが、
「わかった! それじゃ商店街のほうに行こっか! 普段行かないような店、見てみたい!」
「それならオッケーだ」
俺とキャルルは商店街のほうへと向かう。
キャルルは普段、商店街でほとんど買い物しない。
八百屋で野菜の切れ端をもらったり、パン屋でパンの耳をもらうくらいしかない。
ほとんど物乞い同然だが、彼女は商店街の店では妙に人気があった。
「おっ、キャルルちゃん、お出かけかい? 野菜の切れ端とっといたから、もってきなよ!」
「おっと、こっちは肉の切れ端だ! たまには子供たちに、肉でも食べさせてやりなよ!」
「マジ!? ありがとーおじさん! おおさじ一杯!」
これもひとえに、キャルルの人なつっこくて、明るく素直な性格の賜物だろう。
キャルルはウインドウショッピングに来たはずなのに、両手があっという間に塞がっていた。
「持ってやるよ、キャルル」
「あんがとー! アンガス牛!」
それから俺たちは、キャルルが滅多に行かないという衣料品が売っている店を何軒か覗いた。
キャルルは靴に興味があるようで、子供靴ばかり見ていた。
「う~ん、そろそろ子供たちの靴、限界なんだよねぇ……。
着るものはあーしで繕えるんだけど、靴はなかなか難しくってさぁ……」
その合間に、キャルルはある女性物のブーツに目を奪われる。
「それが欲しいのか?」と声をかけると、
「えっ、いや、別に……」
「欲しいなら買ってやろうか?
ギルドからもらった給料なら、まだ少しだけ残ってるから」
「えっ? もうお給料残り少ないの? ついこのあいだもらったばかりじゃん!
あはははは! いったい何に使ったの! もったいなーいっ!」
キャルルは別の所で大ウケしていた。
「いいから、そのブーツ買ってやるよ。
お前にはいつも世話になってるからな」
「あっ、それじゃあさ、こっちの靴を買ってよ!」
キャルルがすかさず手にしたのは、子供靴だった。
「子供たちのなかで、もう限界集落な靴を履いてる子がいるんだよねー!」
「だから、そういうのはナシだって言っただろう」
「えっ、そういうのって、どういう……」
「お前は何かっていうと子供たちのことばかり気にしてる。
少しは自分のことも考えろよ」
すると、キャルルはプクッと頬を膨らませる。
「そ……そんなの、別にいいじゃん!
あーしにとっては、子供たちが生きがいなんだから!」
「ずっとそんなんじゃ、いつか限界が来るぞ。
お前を育ててくれたばーちゃんだって、そんなに四六時中お前のことを考えてなかっただろ」
「うっ」と言葉に詰まるキャルル。
「それに、お前だって子供の頃は、ばーちゃんを楽させたいって思ってただろう?
それと同じで、孤児院の子供たちも、お前に少しは遊んでもらいたいって思ってるはずさ。
だから今日も、聖堂の留守番を引き受けてくれたんじゃないか」
「そ……そう言われると、そうかも……」
「だろ? だったら聖堂に帰るまでは子供たちのことは忘れて、羽根を伸ばそうぜ。
それだったら、なんでも付き合ってやっから」
「う……うん、わかった!
それじゃあ今日だけは、おもいっきり遊ぶ! きーめたっと!」
それから俺とキャルルは、ウインドウショッピングを続けた。
新しい聖女のローブを見たり、本屋で立ち読みしたり、大道芸を見物したり。
昼食は、公園のベンチでキャルルの手作り弁当を食べる。
そのまま日向ぼっこをしていると、キャルルがウトウトしはじめた。
「そういえばこの時間はいつも、ガッコに行ってない子供たちと、いっしょにお昼寝してたんだよね……。
いまはもうみんなガッコに行ってるから……なんだかこの時間になると、妙に眠くなっちゃって……」
「寝てもいいぞ」
「デートしてるのに、そういうわけにはいかないよぉ……」
などと言いつつも、キャルルは俺に寄りかかって眠ってしまう。
俺は安らかな寝息をたてる彼女に膝枕をしてやった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夕方になってようやく、キャルルが飛び起きた。
「ご、ごめん! 気持ち良くって、すっかり寝ちゃってた! い、いま何時!?
ああっ、もうこんな時間!? 急いで帰らなきゃ! 晩ご飯の仕度しないと!」
「そう慌てるなって、大丈夫だって」
「そういうわけにはいかないよ! みんなきっと、お腹空かしてるはずだし!
あ~もう、あーしのばかばかばか!」
ぽかぽかと頭を叩くキャルルは、猛ダッシュで聖堂に向かって走り出す。
俺は止めようかどうか迷ったが、ちょうど6時の鐘が鳴ったので、そのまま彼女のあとをついていった。
ここまで時間を稼げたなら、もう準備は整っているはずだ。
息を切らして聖堂に飛び込んだキャルルを、軽妙なる爆音が包む。
……パン! パパン! パパパパパーーーーンッ!!
舞い散る紙吹雪に、目をぱちくりさせるキャルル。
礼拝堂には長テーブルが持ち込まれていて、アーチがかかっている。
そこには、
『キャルルお姉ちゃん、おたんじょうびおめでとう!』
「キャルル! おたんじょうびおめでとう!」
子供たちのリーダーであるガッキーが合唱すると、「おめでとーっ!」と拍手と歓声が続く。
キャルルは大きな瞳を何度も何度も瞬かせたあと、
「えっ……えっえっえっ……ええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
こっ、これ、なんなのぉ!?
みんないったい、どうしちゃったのぉ!?
なんであーしの誕生日を知ってるのぉ!?」
「へへーっ!
キャルルって、俺たちの誕生日はちゃんと祝ってくれるけど、自分の誕生日は祝わなかっただろ!
だからミロといっしょに計画したんだ! キャルルの誕生日を調べてくれたのも、ミロなんだぜ!」
キャルルの誕生日は、『
どうやって調べたのかと疑問に思うキャルルの手を引っ張って、子供たちは『お誕生席』に着かせる。
そこには子供たちが朝から作っていたごちそう、さらにはおからで作ったケーキまであった。
このあたりでキャルルの瞳が、うっすら膜を張ったようになる。
「うっ……。み、みんな……。こんな料理、いつのまに……!」
「実は学校が終わったあと、『マージハリ冒険者ギルド』のおかみさんに習ったんだよ!」
そしてさらなるサプライズがキャルルを襲う。
「じゃーん、これは俺たちからのプレゼントだ!」
「ああ、これは……昼間にあーしが見てたブーツ!?」
「へへー、実はふたりのデートを尾行して、キャルルが欲しそうなものを調べてたんだよね!」
「ええっ、でもこのブーツ、何万
「ミロの給料の残りと、俺たちがアルバイトしたお金を足して買ったんだよ!」
「あ……アルバイト!?」と口をあんぐりさせるキャルル。
「実をいうと、学校が終わったあとに交代で、『マージハリ冒険者ギルド』で働かせてもらってたんだ。
掃除とゴミ捨てとかお使いとか、そういうのをずっとやってだんぜ!」
キャルルの瞳の端に、光る粒が膨らむ。
「うっ……! で、でも、こんなの、もらえないよ……!
みんなは、ツギハギだかけの靴を履いてるのに……!
なんでそのお金で、自分たちの靴を買い換えなかったの!?」
すると子供たちは、キャルルのようなヒマワリ笑顔で、片脚を上げた。
そこには、ピッカピカの靴が……!
「えっ……ええええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!?
みんな、新品の靴っ!? どうしたの、それぇーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「それは、兄貴のおかげだよ」
「えっ、ミロの……?」
「兄貴がもらったばかりのほとんど給料を使って、俺たちに買ってくれたんだ。
キャルルに誕生日プレゼントを贈るにしても、俺たちを差し置いては受け取ってくれないだろうから、って」
俺は少し離れたところで、キャルルと子供たちのやりとりを見守っていた。
今日の主役は、俺じゃないからな。
キャルルはとうとう、滝のようにドバーと涙をあふれさせる。
「うっ……! ううっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!
み……みんな、みんなありがちょぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
あ、あーし、あーしっ……!
こんな嬉しい誕生日、初めてだよぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
ああんああん、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
まるで生まれたての子供のように、わぁわぁと泣きじゃくるキャルル。
子供たちはみんな、笑っていた。
ド外れスキル『よく見える』 魔王を討伐したのに「お前、ただ見てただけじゃねぇか!」と勇者パーティも仕事も奪われ帝国から追放されました。うまくいっていたのは見られていたからだとも知らずに… 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ド外れスキル『よく見える』 魔王を討伐したのに「お前、ただ見てただけじゃねぇか!」と勇者パーティも仕事も奪われ帝国から追放されました。うまくいっていたのは見られていたからだとも知らずに…の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます