第27話
アーシガルは信じられない気持ちでいっぱいだった。
『帝国親衛冒険者ギルド』で行なってきたこれまでの不正が、気が付いたときには全て漏れ出していたのだ。
足がつきそうな書類は金庫にしっかりとしまって、厳重に管理していたというのに。
それもそのはず、持ち出したのはなんと、彼のいちばんの味方。
駆け出しの頃からパーティを組み、苦楽を共にし、同じ野望の山岳を、手をとりあって登ってきた者たち。
リホと、クアックス……!
まさかあのふたりが寝返って逆スパイになるとは、夢にも思っていなかった。
アーシガルは家族同然の者たちに裏切られ、あっという間に失墜。
彼を利用していたベスケスからも切られてしまい、しかも任務失敗とあっては帝国に戻るにも戻れない。
無一文のうえに流浪の身となってしまった彼は、ついに最後の手段に出る。
それは……ミロの暗殺……!
「アイツだ……!
なんだかよくわからねぇが、アイツと会って『よく見られた』ときから、おかしくなった……!
すべてがうまくいっていたはずなのに、まるで潤滑油のかわりに塩水が染み込んできたみたいに……。」
俺の運命の歯車は、すっかり狂っちまったんだ……!
ならばせめて、ヤツをブッ殺すしかねぇ!
ベスケス様はヤツを疎ましがってたから、俺がヤツを始末したとわかれば、きっとまたチャンスをくださるはず……!
俺はまだ、あきらめねぇ……! なんとしても這い上がってみせる……!
ヤツの首を、踏み台にして……!」
アーシガルは単身、マジハリ孤児院に夜襲をかける。
薄暗い礼拝堂に忍び込むと、そこに待っていたものは、ふたりの人間。
そしてアーシガルにとっては、認めたくない残酷な現実であった。
「やはり来たな、アーシガル!」
「げへへ……! 俺はずっと思ってたんだ、お前の性悪ギツネみたいな顔を、ぐしゃぐしゃにしてやりてぇって!」
「……なっ!? リホ、クアックス!? なぜ、ここにっ!?」
「お前のすることなど、とっくの昔にお見通しだ!
だからミロ様に提案して、こうやって夜の見張りをしていたんだ!」
「悪く思うなよ……! お前をブチ殺したら、ミロ様に褒めて貰えるんだ……!」
かつての仲間たちは、すっかりミロの忠臣と化していた。
しかもそこに、さらにふたりの人間が加勢し、アーシガルのショックも倍加する。
「アーシガルよ、我が幻影剣、受けてみるがいい!」
「その前に、私の氷結魔法でカチコチにしてやるんだから!」
「ぶ……ブレイダンにザブリドっ!?
お前たち、入院してたんじゃなかったのかよっ!?」
「退院したのだよ! 我々はずっと寝たきりだったが、ミロ様がお見舞いに来てくれた途端、すっかり治ったんだ!」
「アーシガル、一度も見舞いにこないアンタとは大違いね!
ミロ様のおやさしさに、私たちは身も心もトリコになってしまったのよ!」
「なっ……なんだてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
脳が破壊されたかのような絶叫を、聖堂内に轟かせるアーシガル。
「ま、待て! お前たちいったいどうしちまったんだよ!?
ずっと一緒に戦ってきた俺を裏切って、あんな『よく見る』だけが取り柄のクソエルフにつくだなんて……!」
「そういうところだよ」
「なに?」
「ミロ様は、本当に俺たちを『よく見て』くださるんだ。
どんな些細な変化でも気付いてくれるし、俺たちのことを気づかってくれる!」
「私なんて、襟足を1ミリカットしただけで気付いてくれたんだよ!
あの時は嬉しかったなぁ!」
「しかしアーシガル、お前は俺たちのことを、勇者になるための踏み台くらいにしか思ってねぇだろ!」
「大変な仕事は全部押しつけて、あなたはずっと傍観していただけではないですか!
傍観するだけなら、ミロのようにしっかりと『よく見る』ことですね!」
かつての仲間たちの面影は、そこにはなかった。
彼らは『見られる喜び』を見いだした者。
ずっとミロの視線を疎ましく思っていたアーシガルとっては、とても相容れぬ者たちであった。
「ぐっ……ぐぐぐっ! そこをどけっ! でなければ、たとえお前たちであっても……!」
アーシガルは言葉の途中で腹が熱くなるのを感じ、視線を落とす。
そこには、暗闇のなかを飛んできた、一本の矢が刺さっていた。
「り、リホ……! て、てめぇ、うぐうっ!?」
続けざまに、ザブリドの氷結魔法によるツララが、胸を貫く。
「がはあっ!?」
そこから先は、一瞬であった。
「どんな下衆でも、かつての仲間だ。せめて苦しまずに……幻影剣っ!」
「一発で、終わらせてやらぁ!」
ブレイダンの剣撃とクアックスの斧の薙ぎ払いを受け、アーシガルは血煙と化す。
広がる血だまりに、最後の人影が映る。
「終わったか」
すると、ブレイダン、ザブリド、リホ、クアックスの四人は、一斉に膝を折った。
「はっ、仰せのままに」
「ならば、朝までに死体を始末しておけ」
「ははーっ!」
影は踵を返し、聖堂の奥へと戻っていく。
その右目はこの世の終わりを示す月のように、深紅に輝いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……ベスケス、『マージハリの街』の状況はどうだ?」
「はっ、
首尾は順調でございます! もう少しで、主要施設はすべて帝国傘下のものに……!」
「本当かぁ? 冒険者ギルドは潰れたって噂だぞ?」
「そ、それは……ちょっとした手違いでして!
でも大丈夫です! 次は商店を傘下に収め、挽回いたしますので!」
「頼むぜぇ、ベスケス。
俺はなんたって、『ランドール小国』の経済攻略を任されてるんだからよぉ。
『マージハリの街』さえ落とせれば、』そこを拠点にして、いっきに攻め込めるんだからな」
「ははっ、それは重々承知しております!
成功の暁には、例の件も、何卒……!」
「わかってるって。『名誉勇者』だろ?
でも失敗したらどうなるかわかってるよなぁ?
大砲でドッカーン、だぞ?」
「ひっ……ひいい! も、もちろん承知しておりますっ!
このベスケス、命に変えても……! マージハリの街を陥落させてみせますっ!」
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