第26話

 『マージハリ冒険者ギルド』のスタッフや冒険者たちは、もともとはリホとクアックス擁護だった。

 しかし今回の一件で、180度方向転換したようだ。


 リホとクアックスを見る目が異物のそれに変わり、彼らに対する俺の塩対応にも、もうなにも言わなくなった。

 俺はリホとクアックスに泣きすがられても頑として彼らを拒否し、出禁を言い渡す。


 すると、ふたりはどうしたかというと……。

 連日、ギルドの前に居座り、捨てられた犬のような視線で、じーっとギルド内を覗き込むようになった。


 俺が外に出ようものなら、まさに犬のようにハッハッと走り寄ってきて、


「ミロ様ぁ! お願いします! どうか俺たちをお許しくださいっ!」


「ミロ様ぁ! 俺たちは心の底から反省しました! 俺たちは、ギルドに戻りたいですっ!」


 服従のポーズすら辞さない様子で、俺に媚びを売りまくる。


 彼らは当初は、気弱なギルド長を口説こうとしていたのだが、ギルド長も彼らを気持ち悪がってしまい、


「キミたちがギルドに戻れるかどうかの判断は、ミロくんに一任してあるから、私からはなんとも……」


 結局、全部俺に丸投げされる形となった。


 リホとクアックスは俺にどんなに冷たくされても、決してあきらめない。

 雨の日も風の日も、忠犬のようにギルドに通い詰めていた。


 これが本物の犬なのであれば周囲の同情もひけるのだろうが、人間であればただの不審者である。

 しかも彼らは日に日に疲弊していき、服も汚れてボロボロ、目に見えて痩せ衰えていった。


 最後はゾンビのように俺にまとわりついてくるようになる。


「み……ミロさまぁぁぁ~どうか、どうか俺たちを、ギルドにぃぃぃ~~~」


「でなきゃ、死んでやるぅ、死んでやるぅぅぅ~~~」


 肉体的にも精神的にも限界を迎えているふたりを見て、俺はそろそろ許してやることにした。

 もちろん、タダではない。


 俺はスキルウインドウを開き、『邪眼』ツリーから『堕天使の魅了フォーリン・チャーム』のスキルを取得した。

 そして右手で右目を押えながら、彼らに語りかける。


「リホ、クアックス、お前たちの粘りには負けたよ」


 それが、いままでとはうってかわった暖かい言葉だったので、彼らは感激にうち震えていた。


「み、ミロ様……!」


「な、なんという、心に染み入るお言葉を……!」


 彼らの落ち窪んだ目が、痩せこけた頬が、桃色の光に照らされる。


 ……帝国には、『洗脳官』と呼ばれる役職がある。

 帝国に仇なす臣民を捉え、帝国万歳の思考に書き換える者たちである。


 その洗脳官から、こんなことを聞いた。


「洗脳というのは、人間を裏返すことです。

 そのためにはまず心身に激しい苦痛を与え、そのあとやさしくするのです。

 すると簡単に、好きを大嫌いに、嫌いを大好きに導くことができるのです。

 いままで培ってきた思考や思想はすべてかなぐり捨て、帝国に忠誠を誓うようになるのです」


 俺はそのときの知識を応用し、リホとクアックスを限界まで突き放した。

 そして、『堕天使の魅了フォーリン・チャーム』を発動すれば……。


 ふたりの心は、俺から離れなくなるはずっ……!


 ……ドュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 リホとクアックスの乾いた瞳の奥に、ピンクのハートが浮かぶのが見えた。

 そして、熱い涙が溢れ出す。


「お、おお……! ミロ様……!」


「俺たちはもう、あなた様には決して逆らいません……!」


「「一生、忠誠を誓いますっ……!」」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから俺の権限で、リホとクアックスは『マージハリ冒険者ギルド』に再登録された。

 ふたりの瞳孔は開ききったままだったが、以前よりも粉骨砕身の勢いで働くようになる。


「ミロ様、今日の依頼はなんでしょうか!?」


「なんでも言ってください! このギルドのためなら、命なんて惜しくありませんから!」


「あっ、おかみさん、荷物なら運びますよ!」


「キミたちは新人の冒険者さんたちだね、困ったことがあったらなんでも言ってくれたまえ。

 なに、弓の稽古をつけてほしい、お安い御用さ!」


 ふたりは今まで以上にギルドスタッフや冒険者たちの面倒を見てくれるようになり、ギルドの雰囲気がかなり明るくなる。

 そして、何よりも役に立ったのは、


「これとこれとこの依頼書は、『ニセ依頼』ですね!

 符丁が新しくなったんですけど、私は知ってますから、仕分けを手伝いましょう!」


「おかみさん、今来ている冒険者、アイツは『ギルド荒し』ですぜ!

 俺は全員の顔を知ってるから、すぐわかりまさぁ!」


 『完落ち』した彼らは、もはや帝国側の人間ではなかった。

 帝国にはスパイ行為を続けているフリをしながら、その実はこっちに情報を流してくれるという……。


 完全なる、逆スパイ……!


 最後はとうとう、頼んでもいないのに『帝国親衛冒険者ギルド』の悪事の証拠まで持ってきてくれるようになった。


「ミロ様! これが帝国のギルドから領主様に献金が行なわれた証拠の帳簿です!

 帝国のギルドのことなら、金庫の番号まで知ってますので、このくらいは簡単に手に入ります!」


「それと、こっちが以前の『模範演技』で校長にインチキを指示したときの手紙!

 さらにこっちは、自前の盗賊団を使ってマッチポンプを行なっている証拠の指示書です!」


 出るわ出るわの不正のオンパレード。

 俺はその証拠の一部を手紙に同封し、この街の領主に送りつけてやった。


 するとどうだろう。

 それまで『帝国親衛冒険者ギルド』にべったりだった権力者たちが、次々と手を引き始める。


 『帝国親衛冒険者ギルド』から不正の証拠が漏れたことがわかり、権力者たちは一斉に手のひらを返したのだ。

 いままでの優遇措置はとりやめ、むしろトカゲの尻尾を切り捨てるかのように、ギルドを潰す方向に動きはじめる。


 『帝国親衛冒険者ギルド』が盗賊団を雇って依頼を捏造し、大手柄としていたことも世間にバラされてしまう。

 その時から、誰も依頼を持ち込まなくなる。


 依頼がなければ、所属している冒険者たちは食い扶持がなくなるので、次々と脱退。

 さらに最悪なことに、先の『模範演技』での失態があったので、新規の冒険者が誰も入らなくなった。


 それらの者たちがみな、『マージハリ冒険者ギルド』に押し寄せ、さらに依頼も殺到して大盛況となる。


 結局……。

 『帝国親衛冒険者ギルド』は、依頼も冒険者も、なにもかも失い、冒険者ギルドとして立ちゆかなくなってしまった。


 街の一等地にあった、『帝国親衛冒険者ギルド』は、今は別の商店が入っている。


 俺とヴォルフは、偶然にもその前を通りかかる機会があった。


「ミロ……これも、お前の仕業か?」


「なにが?」


「とぼけるんじゃない。お前は最初から、帝国のギルドを潰すつもりだったんだろう」


「たとえそうだったとしても、俺はなにもしてないさ」


「なに?」


「俺は、『よく見てた』だけだからな」

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