第25話
俺はリホとクアックスを交互に睨みながら言った。
「俺が与える依頼が不満なのであれば、辞めてもらってかまわない」
そして視線に嘲りを込め、さらに言い切る。
「お前たちのような輩は、いないほうがギルドが良くなるからな」
すると、リホとクアックスの顔が、メーターが上がるみたいに赤くなっていくのがわかった。
ふたりは先を争うようにして、俺に詰め寄る。
「ぐっ……! ほ、本当にいいんだな!? これは脅しなんかじゃないぞ!」
「ああ、本当に辞めてやるぞっ! 今ならまだ、土下座で許してやるっ!」
リホとクアックスがヒートアップしているのが、手に取るようにわかる。
そう、俺は『
俺はさらにヤツらを追いつめていく。
「お前たち、なにか勘違いしてないか?」
「なにっ!?」
「いま『選んでいる』のは、お前たちなんかじゃない、この俺だ。
そして、土下座をするのもお前たちだ。
このギルドにいたかったら、さっさと跪け、そして許しを請え」
すると、ふたりの頭から火山が噴火するのが見えたような気がした。
「「ふっ……ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」
「ミロ! あなた……いや、貴様のような居丈高なギルドスタッフは初めてだ!
我々は断固として、貴様を拒否するっ!」
「ああ! もう我慢ならねぇ! こんなギルド、やめてやらぁ!」
リホとクアックスは肩をいからせて事務所から出ていく。
入れ違いで、おかみさんをはじめとするギルドスタッフたちがどやどやと入ってきた。
「ちょっと!? あんた、ミロちゃん、なにがあったんだい!?」
「リホさんとクアックスさんが、ものすごい剣幕で出て行っちゃいましたよ!?」
俺は事もなげに答える「アイツら、ギルド辞めるってさ」。
「ええっ!? なんで止めなかったんですか!?
あのふたりは、このギルドでもナンバー2の冒険者なんですよ!?
いなくなったら、こなせる依頼が激減しちゃいます!」
「俺は見てたぞ! ミロはあのふたりをわざと辞めさせようと、『ハズレ依頼』ばっかり振っていたのを!」
「ひどい!? 気に入らないからって嫌がらせしてたんですね! ミロさんのこと、見損ないました!」
そういえばヴォルフ以外には、リホとクアックスが帝国のスパイだってことを言ってなかったな。
ちょうどいいタイミングだから、俺はヤツらの正体を明かすことにした。
「ええっ、リホちゃんとクアックスちゃんが、『帝国親衛冒険者ギルド』から送り込まれてきた、スパイ……!?
それは、本当なのかい……!?」
「うそでしょう!? あのふたりは『ギルド荒し』なんかじゃなくて、立派な冒険者ですよ!」
「そうよ! あのふたりは冒険者の間だけじゃなく、私たちスタッフにも良くしてくれてます!」
「それに、仮に彼らがスパイだったとしても、俺たちに相談もなしに勝手に辞めさせたりして!
もしミロの誤解だったらどうするんだよ!?」
ギルドスタッフたちはみは、リホとクアックスの擁護派だった。
明らかに俺の判断が間違っていると、責めるような視線を向けてきている。
俺は熱くなっている皆をなだめるように言った。
「心配するな。ヤツらは辞めたりなんかしない。
それを証拠に、ヤツらは必ず戻ってくる」
「どうしてそんなことがわかるんですか!?」
「簡単さ、ヤツらはスパイだからだよ」
すると、おかみさんが気付いた。
「……もしかしてミロちゃんは、リホちゃんとクアックスちゃんがスパイであることを証明するために、わざとふたりを怒らせて、辞めるように仕向けたのかい?」
「そうだ。ヤツらが戻ってきたら、スパイであるなによりもの証拠だ。
なぜならば、スパイってのは敵陣の内部にいてなんぼものものだからな」
本来、リホとクアックスはギルドを辞めるつもりなど毛頭なかったはずだ。
俺を、『依頼分配スタッフ』から外すための交渉カードとしてチラつかせていただけ。
しかし俺はそれを逆に利用。
『
俺は、事務所にある壁掛けの時計を見上げながら言う。
「リホとクアックスは、午後イチには戻ってくるだろう。
たぶん今頃は、昼メシを食ってるボスに怒られてるんじゃないかな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ミロの予想は的中していた。
『帝国親衛冒険者ギルド』のギルド長室で昼食を取っていたアーシガルの元に、リホとクアックスがなだれ込む。
「あ……アーシガルさんっ!」
「リホ、クアックス!? どうしたんだ!?
お前たちはスパイだから、ここには来るなと言ってあったじゃねぇか!?」
リホとクアックスは、赤みの残る顔で顛末を語る。
そして案の定、アーシガルに怒鳴りつけられていた。
「この馬鹿っ! いくら腹が立ったからって、本当に辞めるヤツがどこにいるっ!
お前たちはスパイなんだから、敵のギルドの中にいなきゃ意味ねぇだろうがっ!
リホ! 冷静なお前まで熱くなっちまいやがって、いったいどうしたんだよ!?」
するとリホは、ハッと我に返る。
「そ、そうえば……。
本当は辞めるつもりなんてなかったんですけど、話してるうちにどんどん腹が立ってきて……。
気が付いたら、ギルドを飛び出してて……」
「まったく、しっかりしてくれよ!
もういい、お前たちは今すぐ『マージハリ冒険者ギルド』に帰れ!
なんとしても、またギルドメンバーにしてもらうんだ!」
「し、しかし、あんなでかい口を叩いた手前、まだ戻るなんて、みっともなくて……!」
「みっともないもクソもあるかっ!
こっちはブレイダンとザブリドを使い物にならなくされちまったんだ!
ふたりはショックでまだ入院してるんだぞ!
残っているリホとクアックス、お前たちだけが頼りなんだ!」
アーシガルは、口角泡を飛ばす勢いで熱く語る。
「忘れたのか!?
『マージハリ冒険者ギルド』を潰すのに成功したら、俺たちは『名誉勇者』として帝国に戻れるんだぞ!
勇者になるのは、俺たちの夢だったじゃねぇか!
俺、ブレイダン、ザブリド、リホ、クアックス……。
5人でパーティを組んだときに、誓っただろう!
どんな汚ぇことでもやって、ガンガンのしあがって……絶対に勇者になってやろう、って……!
さぁ、いますぐ戻って土下座でもなんでもして、ギルドに入れてもらうんだ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
お昼過ぎ、リホとクアックスが『マージハリ冒険者ギルド』に戻ってきた。
まだ舌の根も乾いていないなずなのに、友好的に両手を広げながら。
「やあ、ミロ。さっきはお互い言い過ぎたようだね。
そろそろ水に流そうじゃないか」
「そうそう! 俺もちょっとカッとなっちまった!
さぁ、お互い握手をして、仲直りといこうぜ!」
例によって、俺は脊髄反射級の即答をする。
「断る」
「まだ怒っているのですか?
まったく、しつこい男は嫌われますよ?」
「そうだ、男たるものサッパリいこうぜ!
そうだ、今日はパーッと飲みに行くとするか!」
「断る」
「あの……いい加減にしてくださいよ?
こっちは、このギルドに愛着があるから戻ってきてあげたんですよ?
私たちなりに、最後のチャンスをあげようとしているのがわからないんですか?」
「そうだ、次に俺たちを怒らせたら、二度と来ねぇからな!
いい加減、素直になれよ! 俺たちに帰ってきてほしいんだろ?」
「断る」
俺がガンとして受け入れようとしないので、ヤツらはギリギリと歯噛みをする。
しかし、青筋に汗を浮かべながら、俺の機嫌を伺う。
「わ、わかりましたよ……。私たちが悪かったです。
謝りますから、考え直してもらえませんか?」
「そ、そうだな……。俺たちが悪かった!
この通りだ! だからまた、やり直させてくれ!」
「断る」
リホとクアックスはとうとう、膝を折って俺にすがりはじめた。
「お……お願いしますよぉ、ミロさん、いや、ミロ様ぁ!
私たちはこのギルドが大好きなんです! このギルドにいたいんです!」
「た……頼むぜぇ! いや、頼みます、ミロ様っ!
俺たちをどうか許してくれよぉ! またこのギルドに置いてくれよぉ!」
「断る」
執拗にすがるふたりに、まわりで見ていた冒険者やギルドスタッフたちは唖然としていた。
リホとクアックスは周囲にいる者たちを味方につけようとして、情に訴える。
「みなさんからもお願いします! 私たちがギルドに戻れるように、ミロ様に言ってくださいよぉ!」
「た、頼むよぉ! 俺たちは仲間だろ? またいっしょに楽しくやれるよう、ミロ様に言ってくれよぉ!」
ふたりは気付いていない。
必死になって訴えれば訴えるほど、周囲をドン引きさせていることに。
なぜならば、冒険者ギルドなど他にいくらでもある。
わざわざこの街のギルドにこだわらなくても、隣町のギルドに転属すればいいだけだからだ。
クビになった理由がよほど酷いものならともかく、今回の理由ならどこでも受け入れてもらえるだろう。
なのにそれをしないふたりは、周囲からはとても不自然で、不気味な存在に見えていた。
……ふたりは、気付いていないのだ。
『マージハリ冒険者ギルド』にこだわればこだわるほど、『自分たちはスパイです』と喧伝しているも同然であることを……。
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