第24話

 俺はそれからギルド長と掛け合って、『依頼書の分配作業』の権限を与えてもらった。


 『依頼書の分配作業』というのは、持ち込まれた依頼書の内容を吟味し、所属している冒険者たちに割り振る仕事のこと。

 ようは、どのギルドにとってはリソース管理ともいえる業務である。


 依頼に失敗するようなことがあれば、依頼人の信頼が失われるため、分配には慎重に行なう必要がある。

 この『マージハリ冒険者ギルド』でも、ベテランのスタッフたちが集まって、会議によって決められていた。


 そんな最重要ともいえる業務を、俺ひとりの手に委ねさせたのだ。

 新入りである俺にそんな芸当ができたのも、ヴォルフとおかみさんが味方についてくれたからである。


 もちろんスタッフからの不満は噴出したが、ギルド長は期間限定ということで納得させたようだ。


 それからの俺は連日でデスクワークで、ずっと依頼書とにらめっこ。


 基本的に依頼書というのは素人である依頼者が書いたものなので、冒険者が参照するには適さない。

 こちらで読みやすく整理しなおしたものを、冒険者たちに渡すんだ。


 そして書き直した依頼書を冒険者に手渡し、説明するまでがこの仕事である。

 冒険者が気乗りしない依頼だった場合でも、なんとかなだめすかして冒険に出てもらうんだ。


 俺はそのあたりの一連の流れについては、帝国の冒険者ギルドにいた頃にさんざんやっていたので慣れている。

 仕事を余裕でこなしつつ、俺は、ある冒険者コンビに目星を付けていた。


 その冒険者の名は、大柄で力自慢の戦士『クアックス』。

 そしてその相棒の、クールなイケメン弓術師アーチャーの『リホ』。


 俺はふたりにとある依頼を託したのだが、それはとんでもない『ニセ依頼』だった。

 ふたりは罠にかかって毒沼に落ちてしまい、紫色の顔になって戻ってくる。


「おい、ミロ! どういうことだっ!? 依頼書に書いてあったことが、てんでデタラメだったぞっ!?」


「こんな酷い目にあったのは初めてです……! まったく、腹立たしい……!」


 ふたりはカンカンだった。

 そして俺はさっそく、ヴォルフに呼び出されてしまう。


「おい、ミロ、お前を信じて依頼書の分配を任せたんだぞ。

 それなのに、あっさりニセ依頼を掴まされちまうんだなんて……。

 アイツらは、このギルドのナンバー2の冒険者なんだ。

 生きて戻ってきたからいいものの、ヤツらになにかあったらどうするつもりなんだ」


「ヴォルフ、わざとだよ」


「なに?」


「『クアックス』と『リホ』は、帝国から送り込まれてきた冒険者だ」


「なにっ? ってことは、『ギルド荒し』?」


「いや、短期的にダメージを与える『ギルド荒し』とは違う。

 ヤツらは忠実に依頼をこなして、ギルドの信頼を得るんだ。

 そしてギルドの内部に入り込んで、情報を横流しする……いわばスパイみたいなもんだな」


「なっ、なんだとぉ……?」


 これにはヴォルフは多少のショックを受けていたようだった。


「アイツらは見所があるから、さんざん目をかけてやってたってのに……」


「これからはギルドに持ち込まれた『ニセ依頼』は、全部あのふたりに振ることにした」


「なんだって? なぜ、そんなことを……?」


「まあ、俺に任せてくれって」


「わかった。それと俺にもひとつ、提案があるんだが」


「なんだ?」


「『ニセ依頼』や『ギルド荒し』、そしてクアックスとリホみたいなスパイも、みな帝国のギルドが仕掛けていることなんだろう?

 ギルド荒しやスパイたちが『ニセ依頼』を掴んだら意味がないから、帝国のギルドとスパイたちは内通をしているはずだ。

 その現場を押えてやれば、一発でカタが付くと思うんだが」


「よく気付いたな、その通りだ。

 でも直接会っての内通は、よっぽどのことがない限りはしないだろう。

 ヴォルフの言うとおり、もしスパイと帝国のギルドのヤツが会っているところを見られでもしたらオシマイだからな」


「それもそうだな。じゃあ、ヤツらはどうやって『ニセ依頼』を教えあっているんだ?」


「『ニセ依頼』の場合、持ち込まれた依頼書に、あらかじめ細工がしてある。

 依頼者の苗氏を50パターンほど用意しておいて、それに当てはまる場合は『ニセ依頼』だとわかるようにしてるんだ。

 いわゆる『符丁』ってやつだな。

 その符丁に当てはまる依頼を振られた場合、ギルド荒しやスパイは依頼を遂行したフリをして終わらせるんだ。

 『行ってみたけど誰もいませんでした』ってな」


「なるほど、そういうことか。

 でもそれなら、クアックスとリホはなんでニセ依頼に気付かずに、罠に引っかかったんだ?」


「簡単さ。ヤツらに依頼書を渡す時に、苗氏を別のものに書き換えておいたんだ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから、俺は通常の『依頼分配』作業を続けつつ、クアックスとリホへの嫌がらせを続けていった。

 連続で『ハズレ依頼』を与えているので、ヤツらは生傷が絶えず、日に日に痩せ衰えていく。


 そしてとうとう、不満が爆発した。


「ふざけんなっ! ミロ! てめーが出す依頼、ぜんぶがぜんぶハズレじゃねぇか!

 もう我慢できねぇぞ! おいっギルド長! コイツをクビにしてくれっ!」


 クアックスとリホが、ギルドの事務室に乗り込んできたんだ。

 おろおろするばかりのギルド長にかわって、俺が応対する。


「依頼の分配については、俺はギルド長から全権委任されている。

 俺が与える依頼に、文句を言うことを許さん」


 するとクアックスは俺の胸倉を掴む。

 暴力に訴えるのであればこちらにも考えがあったが、その前にリホが口を挟んできた。


「わかりました、ミロ。

 あなたがギルドの権限を振りかざし、私たちに理不尽な行為を強要するのであれば、こちらにも考えがあります」


「ほう、どうするつもりなんだ?」


 するとミロは、切れ長の目を吊り上げ、ニヤリと笑った。


「今日かぎりで、このギルドを脱退させていただきます……!」


「そ、そんな! キミたちは我がギルドにとって、ナンバー2の冒険者なんだよ!?」


 慌てるギルド長を、俺は一喝する。


「ギルド長は黙っていてください!

 依頼の分配についは、期間内はすべて俺の裁量に任せるとおっしゃったでしょう!」


「で、でも、あのふたりに抜けられたら、このギルドは……!」


 それでも食い下がってくるギルド長。

 リホとクアックスは、いつの間にかドヤ顔をしていた。


「ミロ、今までの依頼分配の非を認めてはどうですか?」


「ギルド長が言うように、俺たちがいなくなったら、このギルドはオシマイだろうなぁ!」


「あなたが我々に土下座謝罪し、不相応な座を退くというのであれば、この私たちも考え直しましょう」


「でないと本当に、俺たちも最後の手段に出るしかねぇなぁ?」


 脅すような口調のリホとクアックス。

 謝ってほしそうに、ハラハラと俺を見つめるギルド長。


 俺が無言なのを悩んでいるのと勘違いしているのか、リホはさらに調子に乗る。


「あーあ、よいのですかぁ? あなたひとりのワガママで、このギルドを潰してしまってもぉ。

 そうなるとあなただけでなく、多くのスタッフと冒険者が路頭に迷うことになるんですよぉ?

 あーあ、もう辞めちゃいましょうかねぇ、こんなギルド」


「ああ、辞めろ」


 俺の切って捨てるような一言に、リホは「えっ」となっていた。

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