第23話

 俺は、『マージハリ冒険者ギルド』の外から入ってくる害虫のシャットウアウトに成功。

 しかしヤツらは懲りもせず、新たな手を打ってきた。


 次にギルドの問題となったのは、『ニセ依頼』。

 ギルドに持ち込まれる『依頼』というのは、たとえば村の近くにゴブリンの巣ができたりして困った村があったとしよう。


 自分たちの力では撃退するには危険が伴うので、冒険者に頼みたい。

 しかし冒険者に知り合いなどいないし、探すとしても大変、仮に見つかったとしても、実力のほどがわからない。


 それらの問題を解決するのが『冒険者ギルド』の役割だ。

 村人は『依頼書』というものを書いてギルドに持ち込むと、ギルドスタッフがその内容を吟味して、ギルドに登録している冒険者たちに仕事を振る、という仕組みになっている。


 依頼側としては、事務手続きの費用がかかるものの、依頼に応じた技量の冒険者が派遣されてくるので、事態の解決が見込める。


 達成したら、あらかじめ依頼書に書いておいた報酬を冒険者経由で支払う。

 仮に依頼が失敗するようなことがあっても、依頼書に書かれていた事前の情報に大きな齟齬がなければ、無料で次の冒険者が派遣されてくる。


 そして冒険者側はギルドにさえ登録しておけば、大きなヘマを続けないかぎりは仕事が舞い込んでくるので、稼ぎ口には困らないとうわけだ。


 問題の『ニセ依頼』というのは、依頼を出しておいて遠方に呼び寄せておきながら、行ってみたら誰もいなかったり、また依頼とは全然違う、強力なモンスターや罠の待ち伏せにあうこと。


 依頼者はもちろん行方不明になっているので、依頼料も取りっぱぐれる。

 となると、冒険者にとってはただのくたびれもうけになってしまう。


 こんな依頼ばっかり与えられたら、冒険者はどうなるかというと、ギルドを脱退する。

 ギルド側ももちろん故意ではないのだが、依頼の正当性を見抜く手段などありはしない。


 先の『ギルド荒し』が、低品質な冒険者で『ギルドからの依頼者離れ』を狙うのに対し……。

 『ニセ依頼』というのは、ウソの依頼で『ギルドからの冒険者離れ』を狙ったものである。


 どちらにしても、仕掛けられたギルドにとっては大問題。

 『マージハリ冒険ギルド』は連日の『ニセ依頼』のせいで、ギルド内がギスギスしていた。


「チクショウ、またハズレだ! 国のはじっこまで行ったってのに、村にはひとっ子ひとりいなかったぞ!」


「誰もいないならまだいいさ、俺が行った村なんて、着いたとたんに火が付けられて大変な目にあったんだから!」


「おい、ギルド長! こんなハズレ依頼ばっかりじゃ、俺たち破産しちまうよ!」


 冒険者たちに責められ、ギルド長はオロオロ。


「といっても、受けた依頼は振らないと、ギルドの信頼にかかわるし……」


「じゃあこれからも、俺たちにハズレを引き続けろってのかよ!」


「ふざけるな! 早いとこなんとかしないと、俺たちはギルドを抜けるぞ!」


「そ、そんな……! 待ってください、みんな……!」


 見かねた俺は、ギルド長と冒険者の間に割って入った。


「みんな、落ち着いてくれ。俺がなんとかするから」


「なんだぁ、お前?」


「お前、最近スタッフとして入ったばかりの新人だろ!?」


「新人のお前に何ができるってんだよ!?」


「俺が正しい依頼をお前たちに選んで渡す」


「正しい依頼を選ぶって……そんなことできんのかよ!?」


 俺は頷くと、ギルド長にお願いして、ギルドに持ち込まれた『依頼書』を見せてもらった。

 書類の束を適当に吟味して、冒険者たちに分配していく。


「えっと、これと、これと、これと、これ。これらは本物の依頼書だ」


 すると、冒険者たちは「ハァ?」といぶかしがる。


「なんでこれが本物だってわかるんだよ!?」


「俺は『よく見える』からな」


「よく見て区別がついたら苦労しねぇよ!」


 冒険者たちは誰も信じていなかったが、ある鶴の一声によって、その場はおさまった。


「おい、お前らそのへんにしとけ。

 原理はよくわからねぇが、ミロの見る目は確かなんだ」


「ヴォルフさん……! でも、いくらなんでも信じられません!」


「そうですよ! 『よく見える』なんて、意味わかんねぇ!」


「よし、ならその依頼書を貸せ。俺がズミールといっしょに確かめてくる。

 それで全部の依頼が本物だったら、ミロの見る目ってやつを信じてやるんだな」


 ギルドのナンバー1冒険者であるヴォルフに言われ、冒険者たちは渋々引っ込む。

 ヴォルフたちは俺が渡した依頼書に従って、冒険に出発していったのだが……。


 彼らは戻ってくるなり、真っ先に俺のところにやってきた。


「す、すげえよ、ミロ! お前が選んだ依頼、ぜんぶ本物だった!」


 ズミールだけでなく、ヴォルフも珍しく興奮している。


「しかも4枚とも当たりだったぞ。最近はハズレ依頼ばっかりだったのに、どうしてわかったんだ?」


 これにはおかみさんをも不思議がっていた。


「ミロちゃん、あたしにも教えとくれよ。

 たしかに最近はハズレ依頼ばっかりだから、あたしも依頼者が来たときには注意してたんだよ。

 でも依頼してくれるお客さんを、そう疑うわけにもいかなくってねぇ……。

 以前の『ギルド荒し』のときは、ミロちゃんは直接会ってただろ?

 でも今回の『ニセ依頼』は、ミロちゃんは依頼者を見なくても、依頼書を見ただけでニセモノだって見抜いてた。

 いったい、どうやったんだい?」


「ああ、それなら簡単だ。『鉄分』だよ」


 「てつぶん?」とハモる、おかみさんとヴォルフとズミール。

 俺は手近にあった依頼書を手に、種明かしをした。


「依頼書ってのは記載する内容が多岐に渡るから、ギルドで書く依頼者はいない。

 依頼に際して調べなきゃいけないこともあるから、みな用紙をもらって家で書いてくるだろう?

 ということは、自分ちにあるインクで依頼書を書くことになるんだが、そのインクでわかったんだよ」


「えっ、インク? この国にインクなんて、いくらでもあるだろうに」


「ああ、そうだな。でも帝国のインクは帝国の鉱山で採れた鉄を使って作られているから、含まれている鉄分の質が異なるんだよ。

 わざわざ帝国産のインクを使って書くなんてナンセンスだが、帝国にいるヤツらは帝国のものが一番だと考えているから、異国にいても帝国のものを使いたがるんだよ。

 『帝国商会』の装備を身に付けてこのギルドに入り込もうとしていた、メサオがいい例だな」


 すると、一様に目を点にする。

 みな近くにあった依頼書を手に取ると、目を近づけたり、窓の明かりに透かしたりしながら凝視をはじめた。


「うーん、インクには鉄が含まれてるってのは知ってるけど……」


「どの依頼書のインクも、ぜんぶ同じに見えるぞ?」


「インクの材料の違いなんて、見えるわけが……」


「そうだろうな。でも俺は『よく見える』んだ。

 そしてインクとは別に、もうひとつ気付いたことがある」


「なんだい?」


 おかみさんから尋ねられ、俺はあたりを見回す。

 まわりに誰もいないことを確かめてから、彼らだけに聞こえる声で、そっとささやいた。


「俺はこのギルドに持ち込まれた依頼書をひととおり調べてみたんだが……。

 ニセモノはぜんぶ、数人の人間が手分けして書いているようだ。

 もちろん筆跡も変えてバリエーションを持たせているが、俺にはわかる。

 そして俺は、そいつらの筆跡に見覚えがある」


「えっ!? それは誰なんだい!?」


「『帝国親衛冒険者ギルド』のスタッフだ」


 ヴォルフが唸りながら歯噛みをする。


「くそ……! やっぱりアイツらの仕業か……!

 『ギルド荒し』だけじゃなく、こんなことまでやってくるとは……!」


「ヴォルフの旦那、こりゃもう戦争しかありませんぜ!」


 ふたりが今にも飛び出していきそうだったので、俺は声で押しとどめる。


「待ってくれ、ふたりとも。『ギルド荒し』にしても『ニセ依頼』にしても、確固たる証拠はない。

 今の状況で殴り込んでいっても、ヤツらにいいように利用されるだけだぞ」


「じゃあ、どうしろってんだよ!? このままやられっぱなしでいろっていうのか!?」


「いや……ここはひとつ、俺に任せてくれないか?」


「なに?」


「俺に考えがある。ヤツらを潰す、絶好の考えがな……!」

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