第20話
風に広がるブレイダンの金髪。
美しいはずのそれは、今の俺にはトウモロコシのヒゲのように見えた。
……パンッ……!
ポップコーンが弾けるような音とともに、鮮血が飛び散る。
言葉なく、ガックリと膝を折る。
ワナワナと震える白手袋で、顔を押えた途端、
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
ボクの顔がっ!? ボクの顔がぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ブレイダンの顔の正中線に、赤い筆を走らせたような大きな筋ができあがっていた。
顔の傷というのはヴォルフのように×印だとカッコイイんだけど、真っ直ぐというのはすごくカッコ悪い。
観客たちは、「うわっ」とドン引き。
「ブレイダン様の顔が、まっぷたつに……」
「しかしブレイダン様って、いままでいろんな人の顔を斬ってたんでしょ?
それなのに自分の顔は無傷だってのが、強さの証だったのに……」
「あんなデッカい傷を付けらるなんて、幻滅ぅ」
「しかもあんなに大袈裟に騒いじゃって……カッコわるーい」
あれだけブレイダンを応援していた女生徒たちは、みなすっかり手の平を返していた。
「そんなことよりさぁ、ヴォルフ様ってすごくない!?」
「うん、あの幻影剣を破るなんて、ヤバいよねぇ!」
「こうして見ると、お顔の傷もかっこいいし……!」
「決めた、あたし『マージハリ冒険者ギルド』に入る!」
「あたしもーっ!」
アーシガルチームは、主力ともいえる戦力がどちらもがダウン。
ブレイダンもザブリドも、たいした傷を負ったわけじゃないので肉体的にはまだ戦えるのだが、心がすっかりへし折られている。
ふたりともへたりこんで、子供のようにわぁわぁと泣いていた。
となると、残るはリーダーのアーシガルのみ。
ヴォルフとズミールが迫る。
「さて、あとはお前さんだけだぜ」
「ヴォルフの旦那とこの俺を相手が相手じゃ、もう、勝負は決まったようなもんだなぁ」
「ぐぐっ……!」
追いつめられたアーシガルは、敵に背を向け脱兎のごとく逃げ出す。
距離を取ったところで不利な状況は変わらないのに……。
と思っていたらなんと、ヤツは俺に向かって突進してきていた。
ヴォルフとズミールは慌てて追撃しようとしていたが、ヤツはとんでもない俊足で、まるで追いつけない。
ゴブリンのように醜く歪んだ顔が、どんどん俺に迫ってくる。
「ヒーッヒッヒッヒーッ! こうなったら、ミロ、テメェだけでも始末してやるっ!
テメェだけでもブチ殺せれば、ベスケス様はお喜びになるはずだっ!
聖堂の地上げを邪魔する者はいなるってなぁ! ヒーッヒッヒッヒーッ!」
やっぱりコイツは、ベスケスの手先だったか。
ヤツはこの『模範演技』で、俺を事故に見せかけて殺すつもりのようだ。
正直なところ、上級冒険者であるアーシガルと戦っても、俺に勝ち目はない。
むしろ、赤子の手を捻るように簡単にやられてしまうだろう。
逃げたところで逃げ切れるわけがない。
となると、ヴォルフに言われていたとおり、自分の身は自分で守るしかない。
俺は腰に下げていたショートソードの柄に手をかける。
しかし、すぐに思いとどまった。
付け焼き刃の剣術なんかで、ヤツに勝てるわけがない。
ここで俺が頼るべきは、たったひとつ……。
そう……!
『よく見る』だけだっ……!
俺は指で空中にサインを描き、スキルツリーを開く
残っていたスキルポイントを、とあるスキルに全部ブチ込んだ。
ドップラー効果とともに、嘲笑が急接近。
「ヒーッヒッヒッヒーッ!
『ド外れスキル』なんかで何をしようってんだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!」
口を裂けるほどに開き、ナイフを振りかぶるアーシガル。
その瞳には、殺人鬼のような、見る者すべてを凍りつかせる狂気の光が宿っていた。
並の人間なら、悲鳴ひとつあげることができなかっただろう。
もちろん俺もそうだったのだが、内心は静かな湖畔のように落ち着いていた。
手でそっと、目を覆う。
「怖くなって、目をつぶろうってかぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
死ぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
しかし俺が覆っていたのは、片目だけだった。
そう、『邪眼』と呼ばれる左目を。
途端、開眼していた右目から、太陽光線のような光が照射された。
……ギィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
その光は、殺人鬼の狂気を消し去るほどだった。
俺の首筋に突きたてられようとしていたナイフが、あと数センチの所で止まる。
「ひっ……! ひっ……!? ひひひ……ひいいいいっ!?」
アーシガルは瞳孔をこれでもかと見開いたまま静止していた。
どっと滝のような汗が流れ落ているのに、寒さに震えているかのように歯の根が合わない。
俺は、かつてベスケスをひと睨みで撃退した威力を信じ、『
3ポイントもあれば、殺意すらも圧倒できるのではないかと思っていたのだが……。
気が付くと、ヤツは髪の毛まで真っ白になっていた。
……ちょっと、やり過ぎたかな?
と思った瞬間、
「ひっ……ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
精神が崩壊したような悲鳴とともに、股間が決壊した。
ヤツのズボンから、……じょばあっ! と変な色の液体が迸る。
「うわあっ!? 漏らしやがった!」と客席の誰かが叫んだ。
「……大の大人が、プロの冒険者が、こんな大勢が見てる前でお漏らししやがった!
「やだぁ、さいってー!」
「それにしてもいったい、何がどうなってんだ!?」
「ヴォルフさんにやられたブレイダンはともかく、ザブリドとアーシガルは何もされていないんだぞ!?」
「それなのに、あんなに怯えて……!」
「アーシガルチームは3人とも、気がふれたみたいになっちまってるじゃねぇか!」
敵チームは3人ともまだ戦える身体だというのに、3人とも武器を落として震えるばかり。
この結果には、さすがのヴォルフも舌を巻いていた。
「俺はモンスターだけじゃなく、他のギルドのパーティとも何度も争ったことがあるんだが……。
こんなとんでもねぇ勝ち方をしたのは、生まれて初めてだぜ。
って、ミロ……またお前、レベルアップしたのかよ。
お前、見てただけだってのに……本当に、とんでもねぇヤツだな」
「えっ!? と、『トンネル掘りてぇ』!? そ、それって、まさか……!?」
「どんな聞き間違え方だよ、まったく……。
でも、今回ばかりは礼を言わせてもらうぜ」
「えっ」
「ブレイダンは昔、『マージハリ冒険者ギルド』に所属してたんだよ。
ヤツは俺の顔をズタズタにしたのを手みやげに、帝国のギルドに移籍しやがった。
でも今日でようやく、オトシマエが付けられた」
「そうだったのか……」
「しかし俺が何十年も研究して破れなかった『幻影剣』が、お前のたったひとつのアドバイスで破れるなんてよぉ……。
ちょっとショックだぜ」
「だから言っただろう? 俺は『よく見える』って」
「ああ、どうやらそうみたいだな。
お前には感謝してるぜ」
と、拳を突き出してくるヴォルフ。
俺は血の気とともに、すぐさま身を引いた。
「えっ……
やっぱりお前、まさかっ……!?」
「今度はなにと聞き間違えたんだよっ!?」
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