第21話
勝利の喜びを分かち合った俺とヴォルフ。
感情的な話はこれくらいにして、俺は実利的な交渉へと入った。
「で、ヴォルフ、今回の報酬なんだが……」
「ああ。100万
のっけからかなりの額を提示され、俺は出鼻をくじかれる。
「そんなに?」
「ああ。お前のせでいひどい負け方をするようなことがあったらビタ一文払うつもりはなかったが、ここまで快勝できたからな。
それに延長戦にも付き合ってくれたんだから、そのくらいはさせてもらう」
日々、命をかけてモンスターと戦っている冒険者にとって、金こそが一番の信頼の証とされている。
ヴォルフは言葉だけでなく、行動としても俺を評価してくれたんだ。
『評価』……。
それは帝国にいる頃の俺にとっては、考えられない概念。
俺は二つ返事で受け入れそうになってしまったが、いったん言葉を飲み込む。
「いや、ヴォルフ、50万でいい」
「なに?」
「そのかわりといっては何なんだが、ひとつ頼みを聞いてくれないか」
「なんだ?」
「この俺を、冒険者ギルドで働かせてほしいんだ。
ギルドメンバーとしてではなく、スタッフとして」
「そういえばお前は帝国にいた頃、冒険者ギルドの受付をやってたんだよな」
「その通りだ。いまは聖堂で手伝いもしてるから、毎日ってわけにはいかないけど……。
週に何日かでいいから、雇ってもらえないかギルド長に掛け合ってもらえないか?」
俺が求めていたのは一時の大金ではなく、『定職』。
最近は聖堂で手伝いをすることにより、穀潰しになることだけは避けられている。
少しでもよそで働いて金が得られれば、キャルルにもっと楽をさせてやれると思ったんだ。
ヴォルフは考える様子もなく答えた。
「いいぜ。ギルド長に話は通しとくから、いつでも来な」
「なんだ、ミロはまだ『マージハリ冒険者ギルド』のメンバーじゃなかったのかよ」
ふと気付くと隣にはアーシガルがいて、ヒヒヒと笑っていた。
俺たちは『模範演技』で学校側が用意してくれた控室のテントの中にいたのだが、コイツはいつの間にか入り込んでいたようだ。
アーシガルは一流の
さきほどの戦いで失禁するほど怯えさせてやったというのに、もうすっかりいつもの調子を取り戻している。
「ヒヒヒ、まだメンバーじゃないんだったら話は早ぇや。
なあミロ、俺の『帝国親衛冒険者ギルド』に入れてやるよ」
俺は即答する「断る」。
「ヒヒヒ、なんだ、さっきの戦いのことをまだ根に持ってんのか?
もう終わったんだから水に流そうじゃねぇか」
「断る」
「ヒヒヒ、まあそう言うなって。
しかも受付なんかじゃなく、ギルドメンバーとして迎えよってんだ、悪い話じゃねぇだろ?」
「断る」
「ヒヒヒ、コイツを見てもまだ、そんな気でいられるかな?」
アーシガルが下卑た笑いとともに、ピッと1枚のカードを取り出す。
中指と人さし指に挟まれたそれは、メンバーカードだった。
そのカードはすでに俺の名前が書かれていて、職業は『
ランクはCランクだった。
「ヒヒヒ、『帝国親衛冒険者ギルド』は、帝国の冒険者ギルドと同じ格付け制度を採用している。
帝国の冒険者ギルドで働いていたお前には、Cランクがどれだけ凄いかわかるよなぁ?」
「断る」
「ヒヒヒ、これは
俺はアーシガルが差し出してきたメンバーカードを受け取ると、見もせずに握り潰す。
グシャッ「断る」
カードはそのまま足元に捨てる。
ここまでやればアーシガルもさすがに理解するだろうと思っていたが、ヤツは一瞬表情を曇らせただけで、なおも食い下がってきた。
「な……。ヒヒヒ、そういうことか。
この俺相手に交渉を持ちかけるとは……お前さんも成長したんだな」
アーシガルは別のカードを差し出してきた。
そのカードも先ほどと同じメンバーカードだったが、記載されているランクがBランクに上がっている。
「帝国の冒険者ギルドはCランク以上が上級とされているが」
「断る」グシャッ
「ぬ……。ひっ、ヒヒヒ、欲張りな野郎だなぁ。
その引っ張れるだけ引っ張ろうとする根性、嫌いじゃないぜ。
ああ、お前さんの予想どおり、Aランクのカードも用意してあるさ。
ほら、受け取りな。これで……」
「断る」グシャッ
「ぐっ……。ヒヒッ、お前さんは本当に『よく見てる』なぁ。
他のギルドメンバーにカドが立つから、コイツだけは出したくなかったんだが……。
ほぉら、Sランクのカードだ!」
もったい付けるように取り出されたカードは、黄金のカードだった。
「ヒヒッ、言うまでもないが、Sランクといえば、冒険者では最上級を示すランクだ。
お前さんはよっぽどコイツに憧れてたんだなぁ」
「断る」グシャッ
これにはさすがにアーシガルも目を剥いていた。
「ああっ!? なっ、何しやがんだテメェ!? Sランクのカードは純銀が混ぜ込んであるんだぞ!?
1枚作るの5千
折れ曲がったカードを拾いあげ、ポケットにしまうアーシガル。
いまにも食らいついてきそうな表情で俺を睨んでいたが、
「ヒヒッ、お前さんには負けたよ。どうやら俺のケツの毛まで抜かないと気が済まないってんだな。
……これが最後の最後、本当に最後のとっておき、SSランクのカードだ。
うちのギルドでもコイツを持ってるヤツは数えるほどだ。
コイツがありゃ、言うまでもなくデカいツラができる。
新人として入ってきた女冒険者も、好き放題に……」
「断る」グシャッ
「はぎゃあっ!? てめえっ!? ひとの足元見やがるのもいい加減にしやがれっ!」
アーシガルは反射的に俺に殴りかかってこようとしたが、俺がひと睨みするだけで、「うっ」と怯む。
先の戦いにおいて、『
ヤツは震える拳を降ろすと、生きたまま腸を断たれているかのような、苦悶の表情で言った。
「ぐぐっ……! わ、わかった……! お前さんの望むとおり、SSSランクの座を用意しよう……!
ギルド長の俺と同じ、最高ランクだ……!
カードにはプラチナが練り込んであるから、準備には時間がかかるが、必ず用意させる……!
……こ、これで満足だろう? さぁ、明日から俺といっしょに……」
「断る」
「……なっ!? まだこの俺から搾り取ろうってのか!?
この強欲野郎め! 帝国にいた頃の素直なお前とは大違いだぜ!
ああ、もういいよ! 交渉決裂だ! せっかくこの俺が……!」
アーシガルはまだ何か喚いていたが、どうやら交渉は終わったようだ。
俺はもう聞く耳を持たず、ヴォルフに告げる。
「ヴォルフ、俺はそろそろ帰るとするよ。明日、ギルドに行くから」
俺のアーシガルに対する塩対応っぷりに、ヴォルフは「あ、ああ……」と頷くばかり。
何の未練もなくテントを出ようとしたら、足元にキツネが滑り込んできた。
……ずざざざっ!
「ま、待て、ミロ! 本当にもう何も用意できないんだ!
そうやって俺から何かを引き出そうったって、もう何も出ないぞ!」
俺の足にすがり、必死の形相で訴えるアーシガル。
いい加減わかっていないようなので、俺は言ってやった。
「お前は根本的に勘違いしている。なんでお前は、俺がギルドに入る前提で話をしてるんだよ」
「そりゃそうだろ! だって帝国傘下のギルドなんだぞ!?
しかも受付とかじゃなく、正規メンバーとしてだ! 誰だって入りたいに決まってる!
いいか、これが最後のチャンスだぞ! これを断ったら、もう二度とを声をかけてやらんぞっ!」
「そうしてくれ。俺はもとよりお前のギルドに入るつもりはない」
「ヒヒッ! またそうやって、俺から搾り取ろうとしやがって!
でも残念だったなぁ! もうお前は交渉に失敗したんだ! 人生最大の大きな魚を逃したんだ!
もう土下座したって、二度と俺のギルドには……!」
「土下座しながらそんなこと言われてもなぁ。
もう帰るから、離してくれるか?」
「ぐっ……! ぐぎぃぃぃぃ~~~っ!
わ……わかった! これはもう、俺の片腕を切り落とすくらいの出血大サービスだっ!
俺が『マージハリ冒険者ギルド』を潰すのに成功したら、帝国で『名誉勇者』に取り立ててもらえることになってるんだ!
俺が名誉勇者になったら、お前を帝国に戻れるように取り計らってやる!
アーシガルはしゃがみこんだまま、それがさも素晴らしいことであるかのように、両手を広げて全身全霊を持って説いた。
「あの夢にまで見た帝国に戻れるんだぞっ!? どうだ、嬉しいか! なら跪け! ヒーッヒッヒッヒーッ!」
俺は溜息とともに、ヤツに背を向ける。
「俺はもう、帝国に戻る気はない。頼まれたってな」
すると、怒号が追いかけてきた。
「うっ……うそだぁーーーっ! 帝国に憧れない人間なんて、この世界にはいねぇ!
誰もが死ぬほど帝国の臣民になりたがってるんだ!
そんな口を叩いているのは、なりたくてもなれない、すっぱい葡萄のヤツだけだ!
さてはこの俺がウソを付いていると思っているな!?
お前が帝国にいた頃、俺がさんざん騙してきたのを、根に持っているんだろう!?
しかしこればっかりはマジなんだぞ!? いいのかっ!?
このチャンスを逃すと、お前は二度と帝国には戻れねぇんだっ!!
いいのかっ!? 本当にいいのかっ!? 本当に本当に、本当にいいのかっ!?
うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
いくら叫んでも俺が立ち止まりもしなかったので、アーシガルはとうとう駄々っ子のように、地面の上でのたうち回りはじめた。
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