第19話

 ヴォルフは俺の提言どおりのルートで進軍してくれて、アーシガルとブレイダンのちょうど真横に出た。

 ヴォルフの投げナイフと、ズミールのクロスボウによる奇襲が成功すれば、一気にカタが付くはずと思っていたのだが、


『ああーっとぉ! キツネさんチームの横にオオカミさんチームが現れたぞぉ!

 いよいよ両軍の激突開始だぁーっ!』


 実況のネタバレのせいで、敵にあっさり気付かれてしまった。

 ヴォルフは舌打ちとともに駆け出す。


「……チッ! いくぞっ、ズミール! 俺はブレイダンをやる。お前はアーシガルの相手をするんだ!」


「がってん、ヴォルフの旦那! でも、ザブリドは……!?」


「ミロに任せる! ヤツがどうやって抑え込むか、お手並み拝見といこうじゃねぇか!」


「ええっ、マジっすかぁ!? 下手すると、全滅しちまいますよぉ!?

 ええい! もう、やぶれかぶれだぁーーーっ!!」


 「うおおおーっ!」と敵に突っ込んでいくヴォルフとズミール。


 ザブリドの氷結魔法はかなり強力で、大魔法を一発でも撃ち込まれたらそれだけで勝負はつくだろう。

 戦いにおいては真っ先に牽制すべき相手なのだが、ヴォルフは俺を信じ、大役を任せてくれた。


 ならばその期待に応えねばと思い、俺も援護のための位置どりをする。

 ちょうど最前線では、2対2の交戦が始まったばかり。


 迎え撃つアーシガルは勝利を確信したように笑っていた。


「ヒヒヒ! バカめ!

 こっちには魔術師がいるってのに、俺たち前衛のほうに突っ込んできやがって!

 『餓狼のヴォルフ』もヤキが回ったようだなぁ! これで、一網打尽だぁ!」


 しかし、彼らが期待する氷結魔法はいつまで経っても飛んでこない。

 アーシガルは苛立ち、少し離れた所にいる女魔術師を怒鳴りつけた。


「おいっ、ザブリド! なにしてやがる!? さっさとデカいのを一発……!」


 しかしザブリドはもう、半泣きになっていた。

 先生に言いつける子供のように、遥か遠方を指さす。


「いやああっ! 見てるの! ほら、あそこっ! あそこでミロのやつが、じ~っと私のことを見てるのぉ!」


「見られてるからってなんだってんだよ!? 無視してりゃいいだろうが!」


「そ、それが、無理なの! 何度も無視しようとしたんだど、できなくって……!

 まるで、アイツの目が虫になって身体じゅうを這い回ってるみたいで、とっとても気持ち悪いのぉぉぉっ!」


 総毛立つように、ぞわぞわと身悶えするザブリド。


 そう、俺は『挑発タウント』のスキルでヤツを『よく見て』いたんだ。

 『挑発タウント』は相手を不快な気持ちにさせ、いてもたってもいられなくする。


 彼女はいま、俺に殴りかかりたい気持ちでいっぱいのはずだ。

 しかし俺は400メートルも離れた場所にいるので、それもできない。


 得意の氷結魔法をブチかましてやろうにも、俺に見られているのが気になって詠唱に集中できない。

 たとえ彼女が強靱な精神力の持ち主で、無理やり氷結魔法を発動したとしても、ここまでは届かないだろう。


 この『挑発タウント』のスキルは、魔王討伐パーティにいた頃の俺にとっては、かなりのとっておきだった。

 仲間がピンチなときに発動して、モンスターの注意を俺に向けさせ、幾度となく全滅の危機を乗り越えてきた。


 しかし勇者たちはそのことには気付かず、体勢を立て直した後でも俺を助けてはくれなかった。

 モンスターから逃げ惑う俺を、笑いながら見ていたんだ。


 そんな私情はさておき、以前よりパワーアップした『挑発タウント』のスキルの威力は絶大だった。


 『氷の女王』と呼ばれ、どんな時にも冷静沈着だったザブリド。

 しか今は、ただ喚くことしかできないパーティのお荷物に落ちぶれている。


 俺がこうしている限り、お前は『女王』ではいられない……!

 『ただの女』だ……!


「もういやっ! もういやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!

 やめてやめてやめて! 見ないで見ないで見ないで!

 見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 いくら泣き叫んでも逃れられない視線に、ザブリドはとうとう壊れてしまう。

 バタンと倒れると、駄々っ子みたいに地面の上でのたうち回りはじた。


『ああーっとぉ!? ザブリドさん、苦しみ悶えています!?

 交戦もしていないというのに、いったいなにがあったんでしょうか!?』


 俺は、帝国の冒険者ギルドにいた頃に、ザブリドにされた嫌がらせを思い出していた。


 彼女は冒険が失敗したりして機嫌が悪くなると、俺に氷結魔法をかけてくるんだ。

 しかもモンスターを殺すようなやつじゃなくて、じわじわ凍傷にさせるような陰湿なやつを。


 あんなふうに俺が泣き叫ぶまで、執拗にいたぶられたことが何度もあった。

 そう思うと、似たような仕返しができて少しスッキリした気がする。


 ザブリドは『氷の女王』と呼ばれているだけあって、氷の結晶のような美しいドレスを着ている。

 そのドレスにホコリひとつつけずに冒険から戻ってくるのが、彼女のアイデンティティでもあった。


 しかし今やそのドレスも、砂埃にまみれて見る影もない。


「うっ、うっ、ううっ……! 私の大切なドレスが、メチャクチャになっちゃったぁ……!

 汚れたらもう、二度と元には戻らないのにぃ……!

 貯金をはたいて買った、大切なドレスなのにぃ……! うっ……ううっ!

 うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」


 とうとうギャン泣きを始めてしまうザブリド。

 ドレスどころか、もはや『氷の女王』のイメージすらも、道端にとけ残った雪のように汚れてしまった。


 氷の女王がひとりで自滅してく様を、観客ばかりか彼女の仲間、そしてヴォルフやズミールまでもが呆然と見つめている。

 真っ先に我に返ったのは、敵のリーダーであるアーシガルだった。


「クソがっ! あのアマ、急におかしくなりやがってぇ!

 だが、状況はたいして変わってねぇ! 3対2が、2対2に変わっただけだ!」


 アーシガルは完全に、俺を戦いの頭数から抜いていた。


「やれっ、ブレイダン! ヴォルフさえ殺しちまえば、あとは雑魚1匹と、クソ雑魚1匹だけだ!」


 しかしアーシガルの判断は間違っちゃいない。

 だって俺にはもう、なにも出来ることはないからだ。


 敵の弱点をすべて伝えた後には、俺は『よく見る』だけ。


 戦いの中心は、ヴォルフとブレイダンに移る。


 ブレイダンは『剣の舞』と呼ばれているだけあって、本人も中性的で美しい顔立ちをしている。

 流れるような金髪をかきあげると、観客席の女生徒たちから「ブレイダンさまーっ!」と歓声が起こった。


 対峙していたヴォルフとブレイダンは、同時に剣を抜く。


「ひさしぶりだな、優男」


「こちらこそ、ハラペコ狼くん。

 またキミに、新しい顔の傷をプレゼントしてあげようじゃないか」


「へっ、抜かしやがれっ!」


 そう叫びながら、ヴォルフはひと太刀目を浴びせたが、ヒラリと舞うようにかわされてしまう。


「やれやれ、いまだにその程度の太刀筋だとは。老いた狼の牙ほど、醜いものはないね」


 ブレイダンの剣が月のように煌く。


「ならばせめて、ひと太刀で楽にしてあげよう!」


 振りかぶった瞬間、ブレイダンは優雅に笑っていた。

 まるで、ヴォルフの顔がパックリと割れている未来が見えているかのように。


「……はあっ、幻影剣っ!」


 瞬転、目にもまらぬ速さの剣閃が、ヴォルフの顔面を捉える。

 しかし、確かな手ごたえよりも早く、


 ……ガキィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 火花散り、ブレイダンは目を剥いていた。


「なっ……!? ぼ、ボクの幻影剣が、止められた……!?

 な……なぜだっ!? なぜわかった!? ボクの幻影剣は、今まで誰にも止められたことがなかったのに……!?」


 さきほどまでの優雅さはどこへやら、みっともないほどに取り乱すブレイダン。

 ヴォルフは静かに唸る。


「いるのさ、俺には……」


「な、なにっ!?」


「お前のチンケな技なんざ、とっくお見通しの……。

 『よく見える』、仲間ヤツがなあっ……!」


 ……ズバァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッツ!!


 積年の恨みを込めたような返しの一撃が、ブレイダンの顔面に炸裂した。

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