第16話

 俺はヴォルフの率いるパーティとともに、『マージハリ冒険者学校』の校庭にいた。

 朝礼台を大きくしたようなステージに立っている。


 校庭の真ん中には地下迷宮ダンジョンを模したセットが組まれていて、外周を囲むように客席がある。

 客席には未来の冒険者である、若者たちがひしめきあっていた。


 実況席からは、魔導装置のマイクを使った説明がなされている。


『さあっ、「マージハリ冒険者学校」の「模範演技」の始まりです!

 今回は特別に、この街にあるふたつの冒険者ギルドの方にお越しくださいました!

 まずは古株の、「マージハリ冒険者ギルド」、ヴォルフさん率いる、「オオカミさん」チームです!』


 観客席からの拍手と歓声に、申し訳程度に手を振り返すヴォルフ。


『そして対するは、最近この街にできたばかりの冒険者ギルド、「帝国親衛冒険者ギルド」の方々……。

 アーシガルさん率いる、「キツネさんチーム」です!』


 俺たちの隣にいたのは、黒いローブのフードを被っていた不気味な集団。

 実況の紹介で、バッ! と一斉にローブを翻す。


 そのいでたちに、「おおおおおーーーーーーーーっ!!」と客席が沸いた。


『おおおっ!? みなさんすごい装備です! ひと目で最高級のマジックアイテムだとわかりますね!』


 アーシガルと呼ばれたリーダーは、なぜかマイクを持っていて、アピールを始める。


『ヒッヒッヒッヒ! その通りだ! 「帝国親衛冒険者ギルド」に入れば、このくらい大儲けできるんだ!

 ヒヒッ、ギルドナンバーワンの冒険者のクセに、ゴミみてぇな装備しか身に付けられない誰かさんと大違いってわけだ!』


 アーシガルはあからさまにヴォルフを見下していた。

 そして俺に気が付くと、獲物を見つけた獣のように、舌なめずりをしながら近づいてくる。


『おやおやぁ? ヒヒッ、そこにいるのはミロじゃねぇかぁ! まさかお前がこんな所にいるとはなぁ!』


 俺だって忘れちゃいない。

 俺はかつて、帝国にある『上級冒険者ギルド』の受付係、そして時たま助っ人をしていた。


 そのギルドでトップクラスの冒険者だったのが、このアーシガルだ。

 アーシガルは小男のうえに猫背なので、コビット族みたいに小柄に見える。


 盗賊シーフでパーティのリーダーなのだが、お宝を見つけたときは仲間を事故に見せかけて殺し、独り占めしようとするんだ。

 俺もいちどヤツとパーティを組んだときに、殺されかけた。


 俺はヤツの非道を訴えたのだが、ヤツはギルドのなかでも稼ぎ頭で発言力があったので、逆に俺がギルドから追い出されてしまったんだ。


 アーシガルはここぞとばかりに俺をイジっていた。


「ヒヒッ、こいつはなぁ、『よく見える』とかいうスキルを持っていて、いろんなものがよく見えるそうだ!

 今回の『模範演技』は3人パーティっていう制限があるが、まさか貴重なパーティ枠に『よく見える』だけのヤツを入れるとはなぁ!

 ヒヒッ、こりゃ傑作だ! ヒーッヒッヒッヒーッ!」


 アーシガルにつられて、客席はどっと笑い声がおこる。

 未来の冒険者たちはみな、俺のことを笑っていた。


 そして、ひときわ爆笑していたのは……。


「がっはっはっはっはっ! まさかあの若造がこんな所まで出張ってくるとは!

 これは楽しくなりそうだわい! がーがっはっはっはっはっはっ!」


 来賓席にいる、ベスケスだった。

 なるほど、ヤツも今回の一件に噛んでいたのか。


 聖堂の次は、冒険者ギルドにまで手を出すとは……。

 そしてゆくゆくは、この学校も乗っ取るつもりでいるんだろう。


 まったく、どうしようもねぇクソオヤジだな。


 アーシガルのマイクパフォーマンスが終わったあと、ルールの説明がなされた。


 ルールは、校庭内に設えられた木造の地下迷宮ダンジョンに入り、最深部にあるお宝を先に見つけたほうが勝利となる。

 迷宮内には召喚されたモンスターや、生徒たちの手作りの罠が待ち受けている。


 プロの冒険者がそれらをどうやってかいくぐるのかを見て、生徒たちが学ぶのが『模範演技』の主旨だ。

 今回は、ふたつの冒険者ギルドのトップ冒険者が集まっているので、卒業後の進路を決定する要因にもなるだろう。


 競技開始の前の作戦会議のときに、俺はヴォルフに申し出た。


「なぁ、俺が斥候スカウトをやりたいんだが、いいか?」


 すると、ヴォルフが答えるより早く、同じパーティメンバーの男が割り込んでくる。


「ハァ? なに言ってんだテメェ!? 斥候は俺の役目なんだよ!」


「待て、ズミール。ここはひとつ、ミロにやらせてみよう」


「ええっ、マジっすか、ヴォルフの旦那!? 事前に調べたコイツのステータスって、素人同然だったじゃないっすか!?」


「ステータスはな。だがコイツは『よく見える』というスキルを持っているそうじゃないか」


「それって『よく見える』だけっすよ!? そんなヤツに斥候を任せたら、すぐ全滅しちまいますよ!」


「いいから、ミロに任せてみようじゃねぇか。

 ただしミロ、ひとつ条件がある」


「なんだ?」


「もしお前が1回でも罠を見落としたり、モンスターの奇襲を許したりしたら、即ズミールと交代だ。いいな?」


「それでいい。あと、俺は罠を見つけたらすべてかわしてすすむ。だから隊列はまっすぐになって、ふたりは俺のあとについてきてほしい」


「ハアァ? お前と同じルートを歩けってのか!?」


「いや、歩きはしない。先に宝を見つけたほうが勝ちだから、俺はずっと走る」


「はっ、走るだぁ!?

 いくらヒヨッコどもが作った地下迷宮ダンジョンだからって、子供のかけっこみたいなやり方で、抜けられるもんじゃねぇんだぞ!?」


 ズミールは文句たらたらだったが、ヴォルフ「ふふっ」と笑っていた。


「面白ぇじゃねぇか、ミロ。いいぜ、お前の好きなようにしな」


 すると、ズミールがまるで鬼の目に涙を見たような表情になる。


「えっ? ヴォルフの旦那が、笑った……? う、うそだろ……? いままで一度たりとも笑顔なんて……」


『さあっ、作戦会議タイムは終了です! 両チームとも、スタートラインについてください!』


 実況の声が割り込んできて、俺たちの話はそこで打ち切りとなった。


 地下迷宮ダンジョンの入り口は2箇所あって、途中から合流するような作りになっているらしい。

 合流した時点で、相手チームの妨害も可能というルールだ。


 俺たちパーティは左側の入り口に、アーシガルたちは右側の入り口につく。


『それでは両チームとも準備はいいですかっ!? よーい、スタートっ!』


 スタートの合図はすぐに、絶叫に変わる。


『えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?

 はっ、走ってる!? 走ってるぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』


 地下迷宮ダンジョンに飛び込んだ俺たちは、一列になって全力疾走。

 先頭の俺は『超探査スーパーファインド』のスキルを駆使して秒速で罠を見抜いていた。


 ざわめきが、後から追いついてくる。


「み、見ろよ! オオカミさんチーム、ぜんぜん罠に引っかかってないぞ!?」


「うそだろっ!? ワイヤーも、床のスイッチもぜんぶかわすだなんて!?」


「あのワイヤーは肉眼ではほとんど見えないのに!? スイッチも、偽装魔法をかけてあるってのに!?」


「まるで答えを知ってるみたいに避けてるぞっ!?」


 俺はとびはねたり蛇行したりしながら、振り返らずにひたすらに走る。

 後ろのヴォルフとズミールの気配はしっかりとついてきてるから、ちゃんと俺の動きをトレースしているらしい。


 さすが、一流の冒険者だ。


 ふと、俺は物陰の気配に気付く。


「右の通路、待ち伏せアンブッシュだ! ゴブリン2匹!」


 俺が通路のを指さすと同時に「ギャアーッ!」とゴブリンたちが飛び出してくる。

 しかし同時に、


 ……カスッ! シュカッ!


 と、ヴォルフの投げナイフと、ズミールのクロスボウで額を射貫かれていた。


『モンスターの待ち伏せを察知し、出現と同時に片付けるだなんて……!

 み、みなさんご覧ください! これがプロの冒険者です! 超人的な索敵能力と、素晴らしい連携!

 ああっ!? オオカミさんチーム、もうゴールに到着し、あっさりお宝を手にしました!

 私たち生徒の挑戦では、リタイヤ多数、唯一突破できたパーティでも1時間もかかったというのに……!

 オオカミさんチームのタイムは……えっ、えええっ!? たったの1分んんんん~~~~~っ!?!?』

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