第15話
ベスケスが去った瞬間、キャルルは無言で俺に抱きついてくる。
彼女の柔らかな身体は、小刻みに震えていた。
「あ、ありがとう、ミロ……!」
どうやら、かなり怖かったようだ。
キャルルはいつも気丈に振る舞っているように見えるが、やっぱり心細かったのだろう。
「でもどうして、あのオジサンがウソをついてるってわかったの?」
「俺のいた帝国では、ありもしない借金で土地を巻き上げる詐欺がよくあったんだよ」
俺は直接関与したことはないが、帝国が他国の土地を奪うのに使う常套手段だ。
ということはあのベスケスとかいうオヤジは、帝国から来た人間なのかもしれない。
キャルルは半泣きで俺に訴える。
「あ、あーし、バカだから、あのオジサンの言うこと真に受けちゃって……!
あーしがメイドになるのはともかく、残された子供たちをどうしようと思ったら、頭の中がグチャグチャになっちゃって……!
もしミロがいなかったら、今頃、ううっ……!
ありがとう、ミロ、ありがとぉぉぉぉ~~~! ありがひゃく~~~! ありがせん~~~!」
感謝の気持ちを全身で表すかのように、俺を抱きすくめたままスリスリしてくるキャルル。
シフォンケーキみたいに柔らかくて甘い香りに包まれ、なんか変な気分になりそう。
でもその蜜月も、ムサい男たちによって強制中断させられた。
「あ、
かつて俺をさらった『羊狩り』のオッサンたちが、応接間にどやどやと雪崩れこんでくる。
「聖堂の前に馬車を停めようと思ったら、へんなオヤジがぶつかってきて、泣きながら逃げてったんすよ!」
「もしや姐さんの身になにかあったのかと思って……!」
「まさかミロの野郎がなんかしたんですかい!?」
「野郎、恩を仇で返すだなんて! フクロにしてやらぁ!」
キャルルはもうすっかりいつもの調子に戻ってた。
「あっはっはっはっはっ! 違うって! むしろミロはあのオジサンから、この聖堂を守ってくれたんだよ!
あっ、いけない、もうこんな時間!? オヤツの準備するし! おすし!」
キャルルが事情を説明してくれたお陰で、俺は袋叩きに遭わずにすんだ。
彼女はそのままオヤツ作りへと向かい、『羊狩り』たちは聖堂の外に飛び出して何かやっていた。
「ヒャッハー! ババア、さては迷える子羊だな!?」
「おら、荷物をよこせっ! おんぶしてやるっ!」
「なに、病院から帰る途中だった!? なら、家まで送ってってやるぜ!」
「おい、そこのガキっ! ピーピー泣くんじゃねぇ!」
「なに、ママとはぐれた!? へへ、こんな所でひとりで歩いてちゃ、あぶないぜぇ……!?」
「おーい! ママっ! 出てきやがれ! どこに行きやがった!?」
『羊狩り』たちはよくわからないテンションで、街の人たちに絡んでは親切にしている。
俺がその様子を眺めていると、『羊狩り』のリーダーらしきオヤジが横にやってきた。
「俺たちはな、元々は親から捨てられたヤツらの集まりだったんだよ。
ガキの頃は盗みばっかりしてて、どうしようもねぇワルガキだった。
でもそんな俺たちを姐さんは拾ってくれて、ここまで面倒を見てくれたんだ。
世間の鼻つまみ者だった俺たちを、家族同然に扱ってくれたんだ。
そんな姐さんに、恩返しがしたくってなぁ」
「なるほど、それで『羊狩り』なんてやってたのか」
「そうよ。姐さんは迷える子羊を救いたがってたから、少しでもその手伝いができればと思ってな」
「だったら俺をさらったときにも、そう言ってくれればよかったのに……。
あの時は奴隷として売られるもんだと、ヒヤヒヤしてたんだぞ」
「なんだと!? 俺たちがそんなゲスに見えるってのか!?」
「そんな野盗みたいな格好してたら、見えるに決まってるだろ!
それに、ヴォルフにあったときに逃げ出してたから、てっきり……」
「ああ、俺たちゃヴォルフがちょっと苦手でな」
「なんで?」
「いや、だって……アイツ、顔怖いだろ」
「近所のカミナリオヤジを怖がる子供みたいだな」
「……俺がどうしたって?」
いつの間にか俺たちの後ろには、ヴォルフが立っていた。
『羊狩り』のリーダーは「で、出たあっ!?」と、オバケにでも遭遇したみたいな表情で逃げていく。
その背中を見送りながら、ヴォルフは鼻を鳴らしていた。
「フン、人の顔を見るなり逃げやがって……。アイツらはガキの頃からちっとも変わってねぇな」
「ヴォルフもこの街の人間だったのか」
「そんなことはどうでもいい。俺はお前に話があって来たんだ」
「俺に?」
「ちょっとばかし、力を貸しちゃくれねぇか」
ヴォルフはこの街の『冒険者ギルド』に所属している、名うての冒険者。
そのギルドから、『冒険者学校への模範演技』を頼まれたらしい。
『冒険者学校』とは冒険者になるための知識や技量が学べる学校のこと。
『模範演技』というのはプロの冒険者が訪れ、生徒たちの前で腕前を披露することらしい。
「俺はガキのお守りなんざまっぴらだから、『模範演技』を頼まれても、いつもなら断ってるところなんだが……。
今回はこの街に新しくできた、もうひとつの『冒険者ギルド』と競うことになったんだ」
「ひとつの街にふたつの冒険者ギルド? 大きい街ならともかく、こんな小さな街で……?」
それで俺は気付いた。
「もしかしてその新しい冒険者ギルドってのは、ヌル帝国の……?」
「そうだ。帝国の息がかかってる冒険者ギルドだ」
ヌル帝国は様々な方法で他国を侵略する。
直接的な武力制圧をする前に、権力や経済、そして宗教などを乗っ取るんだ。
まずは地方の権力者や国民たちを取り込んで、『帝国より』にしておいてから、王都を攻める……というやり方をする。
今回の例でいうと、新しい『冒険者ギルド』を設立し、冒険者たちを取り込むやり方だ。
もし『模範演技』で帝国側の冒険者ギルドが活躍するようなことがあれば、冒険者の卵たちはみな帝国参加のギルドに入ってしまうだろう。
ヴォルフは苦々しい表情をしていた。
「俺ぁこの国がどうなろうと知ったことじゃねぇが、帝国のヤツらに支配されるのだけは気に入らねぇ。
もし今回の『模範演技』で負けるようなことがあったら、うちの冒険者ギルドには、新入りがひとりも入らなくなっちまう」
「なるほど、それで『模範演技』を引き受けたというわけか。で、俺はなにをすればいいんだ?」
「『模範演技』で、俺のパーティに入っちゃくれねぇか」
『模範演技』はふたつの冒険者ギルドの対決形式となっており、それぞれが3人ずつのパーティで参加するらしい。
帝国側の冒険者ギルドは、帝国から呼んできた精鋭たちが参加するそうだ。
「ミロ、お前は帝国にいた頃に、冒険者ギルドに務めてたそうだな。
もしかしたら、お前の知ってるヤツが『模範演技』に参加するかもしれん。
そうなれば、お前の知識が役に立つ。
それにお前はかつて、ハイゴブリンの待ち伏せを言い当ててみせた。
どんなタネがあるかは知らんが、お前はなかなかのやり手なんじゃないかと俺は思ったんだ。
もちろん礼はさせてもらうから、引き受けちゃくれねぇか?」
俺は、もはや考えるまでもなかった。
なぜならば、ちょうどアルバイトを探してたところだったんだ。
俺が少しでも働いて、キャルルに少しでも楽をしてもらいたかった。
それに、帝国の冒険者が相手なら、なんら不足はない。
俺はふたつ返事で承諾した。
「いいぜ……やってやるよ……!」
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