第13話

 俺から受け止められたガッキーは、ほんの一瞬だけ呆然としていた。

 しかし突然我に返って、俺の腕の中でジタバタもがきはじめる。


「や、ヤバいっ! テツイガグリが降ってくる! 逃げなきゃ!」


「落ち着け、ガッキー。俺には『よく見える』から」


「落ち着いてられるかよ! それに、よく見えてるからってなんなんだよ!? お前、テツイガグリの痛さを知らないのかよ!?

 一発当たっただけで、ヤバいことになるんだぞ!?」


「知ってるさ、嫌ってくらいにな」


 魔王討伐パーティにいた頃、テツイガグリの森の中で、降ってくるテツイガグリから逃げ惑ったことなら何度もある。

 いま思えばアレは、俺のことをよく思わない勇者たちの仕業だったのかもしれないな。


 俺の頭上に現れたテツイガグリに気付き、ガッキーは叫んだ。


「あっ、あぶない、ミロっ!」


「心配ない」


 俺は言いながら、一歩横にずれる。


 スレスレでかすめていったソフトボールくらいの大きさのテツイガグリが、ズウンと足元に落ちる。

 まるで砲丸だな。


 見もせずにかわしたので、ガッキーは目を白黒させていた。


「なっ……!? なんで……!?」


「言っただろ、俺には『よく見える』って」


 俺はガッキーをお姫様抱っこしたまま歩き出す。

 次々と降ってくるテツイガグリに、ガッキーはすっかりビビっていて、俺の胸にしがみついていた。


「うわああっ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!」


「大丈夫だ、お前にはカスリ傷ひとつ負わせない」


 とは言ったものの、俺も怖くないわけじゃない。

 テツイガグリが地面に落ちるたびに、足元でズドンズドンと振動がおこり、心臓を突き上げてくる。


 しかしここで俺が怖れたら、ガッキーがさらにパニックになる。

 暴れられたら守りきれないので、俺はひたすらに平静を装った。


 そしてそれができたのも、『双眼』の『心眼マインドアイ』スキルのおかげ。


 これがあれば視界は全方位に開け、死角が一切なくなる。

 顔を上に向けなくても、降ってくるテツイガグリが見えるんだ。


 それに、『邪眼』の『鈍速タキサイキア』スキルを組み合わせれば……。

 俺はたとえ雨だって、よけることができるっ……!


 テツイガグリの森の出口のところには、キャルルと孤児院の子供たちが集まっていた。

 逃げ出したガッキーの子分が、どうやら呼んできてくれたらしい。


 キャルルは俺の姿を認めると、ボロボロの傘を手に叫んだ。


「あっ、ミロ! それにガッキーも! いま助けに行くしっ! つくしっ!」


「来るな、キャルル! そんな傘でテツイガグリは防げない!」


「で、でもっ!」


「いいからそこにいろ! 俺たちなら大丈夫だ!」


 俺はキャルルを声で制しながら、蛇行しながら森の中を進む。

 キャルルの隣で見守っていた子供たちは、ポカンとしていた。


「え……なんで?」


「ミロお兄ちゃん、テツイガグリをぜんぶよけてる……」


「あんなに降ってきてるのに、ひとつも当たらないだなんて……」


「す……すごいっ……!」


 そして俺はなんとか、テツイガグリの森から無傷で脱出に成功。

 キャルルは感激のあまり傘を放り捨て、諸手を広げて俺に突っ込んできた。


「な……なんでこんな危ないことしたし!?

 メチャクチャ心配かけて! バカバカバカバカぁ! カバカバカバカバぁ!」


 キャルルに抱かれる俺。

 そして俺に抱かれていたガッキーは、涙と鼻水で顔をグチャグチャにしていた。


「うっ……! ぐすっ! ひっく! ううっ……!」


「泣くなガッキー。お前は孤児院の男の子たちのリーダーなんだろ?」


「ううっ……! で、でも俺、こんなに怖かったのは初めてで……! もう死ぬかと思ってたのに……!」


「俺は言っただろう? お前にはカスリ傷ひとつ負わせない、って」


「ど、どうしてそんなに、俺のことを……?

 俺は、ミロを痛めつけようとしてたのに……」


「どうしてって、当たり前だろう。お前は大切な『仲間』なんだからな」


「……うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!

 兄貴っ! 兄貴ぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ガッキーは俺の胸にすがりつき、決壊したように泣き出す。

 まわりにいたキャルルや子供たちも、もらい泣きしていた。


 すると俺たちの身体がまばゆい黄金の光に包まれる。

 今回の一件で、みんながみんな、レベルアップを果たしたようだ。


 そしてこれは、俺たち『マジハリ孤児院』の心がひとつになった瞬間でもあった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ミロたちが心をひとつにしていた頃、ランドール小国のとある森のなかでは、ひとりの少年が逃げ惑っていた。


「うわあああんっ! 痛いでしゅ! 痛いでしゅぅぅぅーーーーっ!!」


 そう、102ピンキーである。

 彼はヌル帝国から大砲で射出されたあと、この森の中に落ちた。


 木々がクッションとなって一命は取り留めたのだが、周囲はテツイガグリの森。

 着地の衝撃で揺れた木々から、テツイガグリの雨に見舞われる。


 普段の102ピンキーであれば、リングマスターの力を使えばテツイガグリなど怖くない。

 しかし追放の際に指輪をすべて没収されてしまったので、今の彼はただの子供同然であった。


 テツイガグリが当たり、身体じゅう血まみれ。

 いくら叫んでも、誰も助けは来てくれない。


 とうとう地面のテツイガグリを踏み抜いてしまい、倒れてしまった。


 額から血が垂れてきて、視界がレッドアウトする。

 全身が生命いのちの危機を叫ぶなか、少年が見たのは……。


 ただひとつの走馬灯であった。


 102ピンキーが魔王討伐パーティにいた頃、勇者仲間のイタズラにあい、テツイガグリの森に指輪を隠されたことがある。

 探すのを手伝ってくれたミロとともに、テツイガグリの雨に見舞われたことがあった。


 指輪のない心細さとテツイガグリの恐怖で、思わず泣き叫んでしまう102ピンキー


「うわああんっ! 当たったら死んじゃうでしゅ! 怖いでしゅ! 怖いでしゅぅぅぅぅぅーーーーっ!!」


 そんな彼を助けてくれたのは、ミロであった。

 胎児のようにうずくまる102ピンキーに、ミロは覆い被さる。


「み……ミロっ!? いったいなにを……!?」


「いいから、じっとしてろ! 俺が屋根になってやるから! ぐはあっ!?」


 ミロの背中にテツイガグリが当たるたび、身体をとおして骨が軋む音が伝わってくる。

 鉄球の鞭で背中を打たれているようなものだというのに、ミロは決して崩れ落ちることはなかった。


 それどころか、パニックなって泣き叫ぶ102ピンキーを、血反吐を吐きながら励ましたのだ。


「うわああっ! 死にたくない! 死にたくないでしゅぅぅぅっ!」


「大丈夫だ……! お前にはカスリ傷ひとつ負わせない……!

 お前のリングマスターの力は、魔王討伐には無くてはならないもの……!

 俺はみんなを『よく見て』きたから、それを知っている……!

 それにお前は、かけがえのない仲間だ……!

 だから、絶対に……! 守りぬいてみせるっ……! ごはあっ!?」


 ミロの吐いた血反吐が顔にかかり、102ピンキーの顔が赤く染まる。

 同時にテツイガグリの雨が止み、102ピンキーは動かなくなったミロから這いだす。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ! 怖かったでしゅぅぅぅぅぅーーーーっ!」


 102ピンキーはズタボロのミロを置き去りにして、仲間たちの元へと戻った。


 彼は叫ぶ。かつてのミロのように、ズタボロになった身体で。

 現実と過去の狭間、そして生と死の狭間のなかで。


「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ! ミロっ、ミロぉぉぉぉーーーーーーっ!!

 なんで、なんで助けに来てくれないんでしゅかっ!? ボクチンがこんなに痛い思いをしてるのにっ!?

 ボクチンを抱きしめるでしゅ! 仲間だって言うでしゅ! かばうでしゅ! カスリ傷ひとつ負わせないって言うでしゅ!

 助けるでしゅ! 助けるでしゅ助けるでしゅ助けるでしゅっ!

 助けるでしゅぅぅぅっ! ミロぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 この魂の叫びは、想い人に届くことはない。

 しかしその渇望は、想い人の力となっていた。


 それは皮肉なことに、彼以外の子供を抱きしめている最中に起こった。

 孤児院の子供たちと黄金の光に包まれているとき、ミロは2レベルアップしていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る