第12話

 俺の、『マジハリ孤児院』での暮らしは決して裕福なのもとはいえなかった。


 しかし、毎日がとても楽しかった。

 朝から晩まで働いても、誰からも感謝されない帝国での暮らしとは大違い。


 目が合うだけでゴキブリを見たような顔をする勇者たちもいない。

 キャルルは俺のことを受け入れてくれて、目が合うと必ずヒマワリみたいに笑ってくれるんだ。


 しかし、孤児院のワルガキ軍団は俺とキャルルの仲が深まっていくことが面白くないようだった。

 ある日、俺は再びワルガキたちに呼び出される。


 今回は裏庭などではなく、孤児院から少し離れたところにある、森の近くだった。

 膝丈ほどもある草まみれの地に俺が向かうと、まわりの茂みからワルガキたちが飛び出してくる。


 俺の正面に現れたガッキーが、俺をビシッと指さす。


「おいミロ! ちょっとキャルルに気に入られてるからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!

 本当は、キャルルは俺にゾッコンなんだからな! 勘違いするなよ!」


「やっぱりお前はキャルルのことが好きだったのか」


「ち、ちげーよ! アイツが俺のことを好きなんだけで、俺はちっとも……!」


「そうか、俺はキャルルが好きだ」


「なっ……!?」


「キャルルは不幸な生い立ちをものともせず、前向きに生きている。

 辛くて泣きたいときだってあるだろうに、涙ひとつ見せない。

 俺はそんなキャルルを少しでも支えてやりたいと思っている。

 お前はどうなんだ?」


「あ、当たり前だっ! 俺だってキャルルと……!

 って、なに言わせやがんだっ!

 おいっ、ミロ! 俺たちと決闘だ! 負けたほうが『マジハリ孤児院』から出ていくんだ!」


「なにをバカなことを言ってる。

 そんなことになったら、キャルルが悲しむだけなのがわからないのか?」


「う……うるせえうるせえうるせえっ!

 こうなったら力ずくでも追い出してやるっ!

 みんな、かまえーっ!」


 ガッキーが命じると、まわりの子分たちは一斉に、手にしていたパチンコを引き絞った。

 どれも石が装填されているので、当たればかなりのダメージになるだろう。


 そして俺は正直なところ、ケンカひとつしたことがない。

 見ていたことはいくらでもあるし、巻込まれたことも何度もあるけど、無抵抗のままやられていた。


 だが、今はそうも言ってられない。

 もう見るだけの、やられっぱなしの人生に、立ち向かっていくんだ。


 どんな逆境でめげない、キャルルみたいに……!


 俺は手早くスキルリストを開く。

 スキルポイントの残りは3ポイントだった。


 俺は『邪眼』ツリーの『鈍速タキサイキア』に2ポイントを使い、さらに『双眼』ツリーの『心眼マインドアイ』に1ポイントを費やす。


「ハッ! 知ってるぜ! お前のスキルは『よく見える』だけのスキルだろう!?

 そんなスキル、いくらあっても怖かねぇぜ!」


「そう言ってられるのも今のうちだ。こいよ。

 キャルルみたいに、お仕置きしてやっから」


「くっ……! 言ったな!?

 もう容赦しねぇぞ! みんな、撃てぇぇーーーーっ!!」


 ガッキーの声は、水の中にいるかのように遠くに鳴っていた。

 すべての音が、時の流れに取り残されていくかのように、ゆったりとしたものに変わる。


 ……ビッ……!


 パチンコのゴムが離された音。


 ……シュ……!


 ゴムが反動でしなる音。


 ……ウンッ……!


 石が解き放たれる音。


 弾丸が水の中を進んでいるかのように、空気を押しのけながら石が飛んでくるのが見える。

 瞬きをしてもなおその場に留まっているほどに、ゆっくり、ゆっくりと。


 これは、時間が遅くなったわけじゃない。

 『鈍速タキサイキア』のスキルで、ゆっくりに見えているだけだ。


 そのおかげで、飛んでくる石の模様までハッキリとわかるほどに、よく見える。

 ダイバーになつく呑気な魚みたいに近づいてきた石を、俺は次々と手でキャッチした。


 ……シュパパパパパッ!


 『鈍速タキサイキア』は1ポイントだけだと遅く見えるだけだが、2ポイント以上かけると一定時間ではあるものの、自分だけが速く動けるようになるんだ。


 時の流れが元通りになった瞬間、ワルガキたちの目が点になる。


「えっ」


「い、いま、なにをやったんだ……?」


「えっ、えええっ!? ミロのやつ、パチンコの石を、ぜんぶ素手で受け止めやがったぞ!」


「そんなバカなっ!? そんな超人みたいなこと、できるわけが……!」


 俺は握りしめた石を、バラバラと落としながら笑う。


「できるのさ……!

 俺には『よく見える』からな……!」


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 子分たちは怖れをなし、散り散りになって逃げ出す。

 取り残されたガッキーは、


「くっ……まだ負けたわけじゃねぇぞ! そんなにお仕置きしたけりゃ、俺を捕まえてみせろっ!」


 クルリと身体を翻し、背後にあった森の中に飛び込んでいった。


 森に誘い込む作戦なのは見え見えだったが、俺は後を追う。

 たとえ罠が仕掛けてあったとしても、俺には見つけることができるからだ。


 案の定、稚拙な罠がそこらじゅうにある。

 俺はそのすべてを、走りながらかわしてみせた。


 ガッキーはかなり身軽なようで、木から木へと飛び移って逃げ回る。

 ここまで来れば追いつけないだろうと振り返り、ギョッとなっていた。


「なっ!? ミロの野郎、もう追いついてきやがった!?

 あ、あんなに走ってるのに、なんで罠に引っかからねぇんだ!?

 俺の罠は森の動物だって引っかかるってのに……!

 化け物か、アイツはっ!?

 こ……こうなったら、最後の手段しかねぇ!」


 森の奥へとさらに逃げ込むガッキー。

 途中、立入禁止を示すフェンスがあったが、無視して飛び越えていた。


「おい、ガッキー! この先はまずいみたいだぞ!? それ以上行くなっ!」


「へっへーん、怖いのかよ、ミロ! ビビってねぇで、追いかけてこいよ」


 俺は勝負などもうどうでもよかったのだが、ガッキーが心配なので後を追う。

 フェンスを越えて奥へ奥へと進むと、ガッキーが大きな木の枝の上で仁王立ちになり、俺を待ち構えていた。


「引っかかったな! ここいら一帯は『テツイガグリ』の森なんだ!」


 『テツイガグリ』。

 鉄の玉にトゲが生えたみたいな、硬くて重い栗の実がなる木だ。


 トゲはヤワな鎧程度なら貫通し、頑丈な鎧ですら重さでダメージを与える。


 木をゆさぶると重さで大量の実が落ち、しかもひとつの木を揺らすとまわりのテツイガグリも実を落とすという性質がある。

 この性質はかなりやっかいで、戦争のときに敵軍を誘い込み、テツイガグリで大ダメージを与えるという戦術が、兵法書に書かれているほどだ。


「テツイガグリをくらったら、兵士や冒険者ですら泣き叫ぶんだ!

 お前みたいなへなちょこエルフじゃ、ひとたまりもねぇだろうなぁ!

 ボコボコになったお前の姿を見れば、キャルルだって俺に惚れ直すさ!」


「そんなことをしてキャルルが喜ぶと思ってるのか?

 バカなことはやめて、さっさとおりてこい!」


「うるせえっ! このガッキー様に指図するなっ!」


 ガッキーは怒りに任せ、テツイガグリの幹を蹴る。

 すると強風が吹き抜けるように、周囲の木が一斉にざわめきはじめた。


「うっ……!? うわあっ!?」


 それがすさまじい揺れだったので、ガッキーは足を滑らせてしまい、木の枝から転落してしまう。


「ああっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 地面に叩きつけられる寸前、


 ……ガシィィィィィィーーーーーーーーーンッ!!


 俺は落下地点で待ち構え、その小さな身体を受け止めていた。


 ガッキーは「終わった」とばかりに目を閉じていたが、身体がなんともないことに気づき、こわごわと目を開ける。


「あ、あれ? なんで、どこも痛くないんだ……? って、ミロっ!?」


 俺は目を剥くお姫様に向かって、やれやれと肩をすくめた。


「最初にこうやって抱っこするのは、キャルルだって決めてたんだがな」

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