第11話

 102ピンキーがメンバーズで魔王討伐の旅をしていた頃、『わすれな草の指輪』は何度か行方不明になった。

 しかし仲間だと思っていた勇者たちは、誰ひとりとして102ピンキーの指輪を探してくれたことがなかった。


 いつも自分から協力を申し出てくれたのは、たったのひとり……。

 ずっと仲間だと思っていなかった、ミロだけであった。


 102ピンキーは今更ながらにして、そのことを思いだしていた。

 いまさらに後悔したところで、出陣の時間は待ってくれない。


 102ピンキーはさらに人手を増員し、城じゅうをひっくり返す勢いで指輪を探させた。


 ……しかし、見つからなかった。


 結局、102ピンキーは別の指輪で戦いに赴く。


 北の小国で起こっていた戦争は、勇者の参戦で帝国側の勝が確定かと思われた。

 しかし102ピンキーのリングマスターとしての才覚がまるで発揮されず、まさかの敗退を喫してしまう。


 帝国軍は北の小国から完全撤退を余儀なくさせられた。

 その指揮官であった102ピンキーは、帝国で初黒星を付けた『ダメ皇族』のレッテルを貼られてしまう。


 軍事裁判にかけられ、彼に下された判決は、なんと……。


 ……大砲による、国外追放っ……!


 帝国の輝かしい歴史に初めて傷を付けた大罪人ということで、かなり重い処分となってしまった。

 国外追放は、ミロに続いて2度目の執行。


 処刑は、王城にある高台において行なわれた。

 高台のまわりには多くの国民が集まり、刑の執行を見守っている。


 処刑に使われた大砲は、ミロに使われた試作品とは違い、飛距離が大幅に増大した改良版。

 そのため、帝国の中央にある王都から飛ばしても、帝国外への追放が可能となっていた。


 両手を縛られ、大砲の中に入れられた102ピンキー

 斬首台に掛けられたかのように、首だけ出して泣き叫んでいた。


「うっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!

 ぼ……ボクチンは悪くないんでしゅ!

 何もかもすべて、ミロが悪いんでしゅ!

 ミロがママの指輪を探すのを手伝ってくれなかったから……!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!」


 無実を訴える彼の前を、かつての仲間たちがひとりひとり通り過ぎていく。

 家族ともいえる皇族たちとの最後の別れであるが、最後の面会にしては冷ややかだった。


 「残念だな」「かわいそうに」「また会えるさ」

 「お前が失敗してくれたおかげで俺の手柄にできそうだ」


 などと、誰も悲しみを装うことすらしていない。

 泣き濡れる死刑囚の前に、ただひとり立ち止まったのは、


「思えば、アンタとは腐れ縁だったな」


「ぼ、090ボンキュボン……!」


「こんなことになるんだったら、指輪探すの手伝ってやりゃよかったよ」


「うっ、ううっ! いまさら後悔したって遅いでしゅ!」


「だってそのほうが、お前の絶望がより大きくなったんだからな」


「……えっ?」


「この国で指輪を隠すとしたら、どこがいちばんいいかわかるか?」


090ボンキュボン、さっきから、何を言ってるでしゅか……?」


「指輪を隠すのにいちばんいいのは……皇族の部屋だよ……!」


 涙で歪む視界の中で、102ピンキーは見た。

 まるで悪魔が乗り移ったかのような、090ボンキュボンの笑顔を……!


「まっ、まさかっ!?」


「そう、そのまさかさ。いくらアンタの命令でも、皇族の部屋までは探せないからねぇ。」

 そんなことより、来世からは口に気をつけな。

 今回のことは、最高にイライラしてる時のアタイに向かって、『ババア』呼ばわりしたアンタが原因なんだ」


「うっ……そんなっ……!」


「でも、ちょうどいいストレス解消になったかな。

 ミロがいないイライラが、少しだけまぎれた気がする」


 悔しくて、涙が止まらなくなる102ピンキー

 しかし涙を流したらこの女を喜ばせるだけだと、必死になって堪えていた。


「うっ……ぐふっ……! うぐぐぐっ……!」


「あーあ、我慢しちゃって。

 いつもみたいに『うわーん』ってウソ泣きして、同情を買えばいいじゃねぇか」


「うぐっ……! ぐふっ……! ぐううっ……!

 か、返せ……! ママの指輪を、返せっ……!」


「ああ、そりゃ無理だ。

 だってアンタのママの指輪、ここにあるし」


 090ボンキュボンはケラケラ笑いながら、自分の胸元を指さした。


 そこには、なんと……。

 鋳つぶされてすっかり変わり果てた姿となり、ビキニアーマーの一部になってしまった、『わすれな草の指輪』が……!


 102ピンキーは家族が晒し首にされているかのように激昂した。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 まっ、ママの指輪がっ!? ママの指輪がぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 その女を捕まえるでしゅ! その女が、ママの指輪をっ! 指輪をぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!!!」


 殺虫剤をかけられたイモムシのようにもがき、大砲の中から這い出ようとする102ピンキー

 しかし、檻に入れられているも同然だったので、涙のしぶきすらも彼女には届かなかった。


 ビキニアーマーを着た悪魔は、やさしくウインク。


「あらあらぁ、このボウヤ、ショックで頭がおかしくなっちゃったみたぁい。残念だわぁん」


 らしくない言葉とともに、狂ったように暴れる102ピンキーの元から去っていった。


 それから102ピンキーが落ち着くのを待って、いよいよ刑が執行される。

 最後に執行官が、死刑囚に向かって問うた。


「それでは、死刑囚2号への追放刑を行なう。

 死刑囚2号、射出される方角を選びなさい」


 ミロの追放刑の場合は非公式だったので方角の選択はなかったが、公式の追放刑の場合は、受刑者が方角を選ぶことが可能となっている。

 帝国外まで飛ばされた場合はたいていが即死と思われるが、奇跡的に生きていることを考慮してのことだ。


 102ピンキーは、執行官に希望の方角を告げる。

 それを聞いた執行官は頷いたあと、観衆にも伝わるように、魔導装置であるマイクを使ってみなに宣言した。


『砲頭を南に向けよ! 狙いは、ランドール小国っ……!』


 執行官の一言に、観衆がざわめき、砲頭が動き出す。

 その様子を来賓席で見ていた090ボンキュボンは、ハッとなって立ち上がった。


「ら、ランドール小国!? ま、まさかっ……!?」


 執行前の最後の言葉として、マイクが102ピンキーに向けられる。

 彼は涙の残る瞳で、090ボンキュボンをまっすぐ見据えながら、高らかに叫んだ。


090ボンキュボン! その指輪は、お前にくれてやるでしゅ!

 ママは言っていたでしゅ! 指輪よりも、指輪を探してくれる人を大切にしなさい、って……!

 だからボクチンはこれから、その大切な人に会いに行くでしゅっ!

 大切な人を追いかけるチャンスをくれて、お前には感謝してるでしゅっ!』


 090ボンキュボンは反射的に飛び出し、処刑台に駆けあがろうとする。


「ま……待って! アタイも行くっ! アタイもいっしょに飛ばして!」


 表情は先ほどとは逆転。

 102ピンキーが笑い、090ボンキュボンが泣き叫んでいた。


 兵士たちが「もう刑が執行されます! 危ないです!」と090ボンキュボンを押しとどめようとする。

 090ボンキュボンは、邪魔者たちを薙ぎ払いながら声をかぎりに叫んだ。


「は、離せっ! 離せぇぇぇぇぇぇぇっ!!

 アタイもいっしょに行くんだ! 行くんだぁぁぁぁっ!!

 アイツのいない国なんて、いたってしょうがないんだぁぁぁぁっ!」

 アタイも、アタイもっ、大切な人にっ! 大切な人に会わせてぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」


 102ピンキーの顔からは、一切の悲壮感が消えていた。

 死ぬかもしれないというのに、まるで愛する人の所に向かうかのように、希望に満ち満ちていた。


 彼は思っていた。

 そして、彼女も思っていた。


 ミロに再び会えるなら、死んだってかまわない、と……!



 ……ズドォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!

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