第10話

『ううっ、うううっ、うぇぇぇぇぇーーーんっ』


『なにを泣いているんだい? 102ピンキー、お前はもう勇者なんだから、泣くんじゃないよ』


『ぱ、パパ……。ママからもらった大切な指輪をなくちゃったんでしゅ……』


『ああ、あれは「わすれな草の指輪」といって、ときたま持ち主の前から姿を消すんだよ』


『ええっ、姿を消すって、なんでそんな……!?』


『ママは言っていただろう?

 リングマスターのスキルを持つお前は、指輪がなによりも大切だ、って。

 指輪の大切さを忘れないために、ママはお前に「わすれな草の指輪」を贈ったんだ』


『指輪は、大切なもの……』


『そうだ。

 よし、それじゃあパパもいっしょに指輪を探してやろう。

 「わすれな草の指輪」は、お前を大切に思ってくれる人間といっしょに探すと、それだけ早く見つかるんだ』


『パパはボクチンのことを、大切に思ってくれてるんでしゅね!?』


『当たり前じゃないか。ほぉら、もう見つかった』


『うわぁ、本当に早いでしゅ! ありがとうでしゅ、パパ!』


『その気持ちを忘れちゃいけないよ、102ピンキー

 ママは「わすれな草の指輪」に、指輪も大切だけど、それ以上に指輪を一緒になって探してくれる人を大切にしなさいって意味も込めていたんだ』


『わかったでしゅ、パパ!

 ボクチンは指輪を大切にして、指輪を探してくれる人のことをもっともっと大切にするでしゅ!』


『ははは、偉いぞ、102ピンキー! やっぱりお前は、パパとママの子だ!』


 そこでふと意識が戻り、102ピンキーは目覚めた。


「うーん、まさか指輪をなくす夢を見るだなんて……」


 ひとりごちながらベッドの上で伸びをして、ベッドサイドにある宝石箱に手を伸ばした。


 102ピンキーの朝いちばんの儀式は、両親から貰ったピンキーリングを両手の小指に嵌めることである。

 リングマスターのスキルを持つ彼は、指輪をしないと半人前以下なので、まずは指輪をしないと落ち着かないのだ。


 しかし宝石箱には、指輪がひとつしかなかった。

 失われた宝石のように、サッと青ざめる102ピンキー


「たっ……大変でしゅ! 『わすれな草の指輪』が無くなってしまったでしゅ!」


 『わすれな草の指輪』というのは、どんな厳重な箱に入れて、鎖などで繋いでいたとしても消え失せる。

 持ち主からすれば、なかなか迷惑な特性を持っているのだが、そのぶん嵌めたときの威力は桁違い。


 『わすれな草の指輪』を普段は右の小指に嵌めている102ピンキーとっては、まさに右腕を失うにも等しい損失であった。


「ひ……人を集めるでしゅ! みんなでボクチンの指輪を探すでしゅ!」


 102ピンキーは使用人や兵士を集め、部屋の家具までひっくり返す勢いで探させた。

 その最中、ちょうど廊下を通りがかった090ボンキュボンが部屋を覗き込んでくる。


「なにやってんだ、102ピンキー? 引っ越しでもするつもりか?」


「あっ、090ボンキュボン! ちょうどいい所に来たでしゅ!

 ボクチンの指輪を探すのを手伝ってほしいのでしゅ!」


「指輪ぁ? リングマスターのお前なら、指輪なんていくらでも持ってるだろうが」


「そうなんでしゅけど、今日はアレじゃないとダメなんでしゅ!

 ボクチンは北の小国の軍事攻略を任されてるんでしゅけど、長いこと膠着状態が続いてるんでしゅ!

 今日こそはボクチンが出て行って、王都を陥落させないと……!

 そのためには、あの指輪が必要なんでしゅ!」


 ヌル帝国の他国への軍事攻略というのは、基本的に将軍以下の者たちの手勢によって行なわれる。

 作戦の最高指揮官にあたる皇族は、王城で指示を出すのみなのだが、戦況が思わしくない時には自ら出張っていくこともある。


 魔王を討伐した勇者はみな絶大なる力を持っていたので、彼らが戦いに赴けば勝利は確定したも同然だった。

 102ピンキーもそのつもりだったのだが、指輪ナシで出陣しては力が半減してしまう。


 ヌル帝国というのは設立してから100年もの間、他国を侵略して勢力を拡大し続けてきた。

 その歴史においては、ただの一度たりとも敗北がなく、あるのは勝利のみ。


 102ピンキーは自分が帝国の初黒星を飾ることだけは、なんとしても避けたかった。

 そのためには、『わすれな草の指輪』をなにがなんでも見つけ出さなくてはならなかったのだ。


 102ピンキーは、090ボンキュボンにすがる。


「お願いでしゅ! 『わすれな草の指輪』は関係の深い人間といっしょに探すほど、早く見つかるでしゅ!

 仲間の090ボンキュボンがいっしょに探してくれれば、すぐに……!」


「やなこった」


「そ、そんな……!」


「アタイとアンタは同じナンバーズだけど、アンタのことを仲間だなんて思ったことは一度もないよ。

 アンタは人の顔を見ればすぐにババアバアア言ってただろうが」


「そ、それは、子供のかわいい冗談でしゅ!

 美人の090ボンキュボンお姉ちゃんの気を引きたくて、わざと意地悪を言ってたんでしゅ!」


「100年以上も生きてるくせして、なにが子供だよ。

 都合が悪くなるとガキのフリをする、そういう所が昔から嫌いだったんだよ」


 090ボンキュボンは半泣きの102ピンキーに向かって、唾のように吐き捨てる。


「探したきゃひとりで探せ、このクソガキ」


 その言葉に、102ピンキーの脳裏に走馬灯のような思い出が走った。



『探したきゃひとりで探せ、このクソガキ』


『そ……そんな、090ボンキュボン! うわあああんっ!』


『なんだ、102ピンキー、指輪をなくしたのか?』


『あっ、「ド外れ」……いや、111ワンイレブン


『俺がいっしょに探してやるよ』


『えっ……? でも、111ワンイレブンなんかに見つけられるわけがないでしゅ。

 それでも探したいっていうなら、勝手に探せばいいでしゅ』


『あそこに落ちてるヤツがそうじゃないのか?』


『あっ、あんな所に!? なんでわかったんでしゅか!?』


『よく見ただけだ』


『すごいでしゅ! 111ワンイレブンにこんな特技があっただなんて!

 これからも指輪をなくしたときは、探させてあげるでしゅ!』


『ああ、いくらでも言ってくれ。こう見えて、探し物は得意なんだ』



 ハッと我に返る102ピンキーは、脊髄反射のように叫んでいた。


「わ、111ワンイレブンを……いや、ミロを呼ぶでしゅ!

 ミロならきっと、一発で指輪を見つけられるはずでしゅ!」


 しかし、近くにいた兵士から、


「ミロなら追放刑にあったばかりですよ」


 残酷な現実を突きつけられ、102ピンキーの目の前は真っ暗になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る