第9話

 ガッキーの難題に対して俺が先回りともいえる回答をしたので、子分たちは騒然となっていた。


「う、ウソだろ……!?」


「こいつ、即答しやがった……!?」


「まさか、本当にキャルルの下着を見たのか……!?」


「だとしたらガッキー様と同じ、『真の男』……!?」


「は、ハッタリだ! コイツ、適当に言ってるだけだ!」


「そうだ、ガッキー様に聞けば本当のことがわかる!」


「どうなんですか、ガッキー様!?」


 子分たちの視線が、俺からガッキーに移る。

 ガッキーは岩から落ちたへんな体勢のまま、手近な子分に指示を出す。


「おい、そこのお前、キャルルに聞いてこい」


「えっ、今日の下着の色をですか!? なんでそんなことを!?

 ガッキー様は今朝見たんじゃないんですか!?」


「う……うるせぇ! これは念のためだ! さっさと行ってこい!」


「い、嫌だ! キャルルにそんなこと聞いたら、どんな目に遭わされるか……!」


 子分たちは震えあがる。

 どうやらキャルルは子供たちには厳しいらしい。


「ったく、どいつもこいつもだらしがねぇなぁ! それだったら俺が行く!」


 とうとうガッキー自らが立ち上がる。

 のしのしとした力強い足取りで、裏庭から聖堂の中へと入っていった。


 俺と子分たちは窓際に張り付いて、その行く末を見守る。

 キャルルは他の子供たちとまだ楽しそうに行進していたが、ガッキーからローブをくいくいと引っ張られて止まった。


「ん? どしたんガッキー? オヤツなら、3時まで待って……」


「な、なぁ、キャルル……。今日のパンツ、何色?

 もしかして、ピンクとか……?」


 次の瞬間、キャルルの金髪が、ぶわっと膨れ上がるのが見えた。


「なっ……なんで知ってるしぃぃぃぃーーーーっ!?

 まさかガッキー、また覗いたし!?」


 キャルルは般若のような形相でガッキーの身体をひょいと小脇に抱えると、ズボンを下ろし、生尻をこれでもかとひっぱたき始めた。


「女の子の着替えは覗いちゃダメだって、いつも言ってるっしょぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!

 めっ! めっ! めっ! めぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」


「ぎゃああっ!? いたい! いたい! いたいーっ!

 お、俺じゃねぇよキャルル! 新入りのヤツが、キャルルの下着を見たって言うから……!」


「ミロがそんなことするわけないっしょ! 他人のせいにするだなんて、最低っ!

 罰として100叩きだし! めっ! めっ! めっ! めぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」


「いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 俺はお灸としてはこのへんでいいだろうと思い、止めに入る。


「キャルル、そのへんで勘弁してやってくれないか?」


「ミロ、どうして?」


「いや、ガッキーの言ってることは事実でもあるんだ。

 俺はキャルルの下着を見てしまった」


 「え……」と呆気に取られるキャルルとガッキー。


「わざとじゃなかったんだ。偶然、目に入ってしまって……。

 しかし見たことにはかわりはない。本当にすまなかった」


 俺は頭を下げる。

 黙っていればバレずにすむのだが、俺は白状してしまった。


 なんとなくその方が、キャルルに対しても、ガッキーに対してもいいと思ったからだ。

 俺はガッキーの百叩きを引き継ぐ覚悟でいたが、キャルルは元の表情に戻っていた。


「ふふ、特別に許してあげる」


「いいのか?」


「だって正直に『ごめんなさい』したっしょ?

 ばーちゃんも言ってたもん、『許されないツナはない』って」


「キャルル、それを言うなら罪だろ!

 だったら俺も許してくれよぉ!」


「ガッキー! アンタは人に罪をなすりつけようとしたっしょ!?

 それ、人としていちばんやっちゃいけないコトなんだよ!?

 罰として、今日のオヤツ抜きっ!」


「そっ……そんなぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?」


 俺はガッキーを助けたつもりだったのだが、彼への処罰はさらに重くなってしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから、俺の『マジハリ孤児院』での暮らしが始まった。

 ワルガキ軍団とは相変わらずギスギスしていたけど、キャルルや他の子供たちとの仲は順調。


 そして俺の『刮目』スキルは大いに役に立っていた。


「う~ん、しまった。どっちだったかなぁ~」


「どうしたんだ、キャルル?」


「あっ、ミロ。礼拝者の人からスイカを貰ったんだけどさぁ、以前からとっといたスイカとごっちゃになっちゃって……。

 古いほうから先に食べちゃいたいんだけど、どっちがどっちかわかんなくなっちったんだよねぇ。ちったかた~。

 切っちゃったら食べないといけなくなるし、スイカなんて滅多に食べられないから新しいほうはとっておきたいし……」


 キャルルはふたつのスイカとにらめっこしている。

 スイカのプロでもなければいくら見ても見分けなどつかないのだが、俺は違う。


 『透視クレアボヤンス』のスキルを使えば、スイカの鮮度の確認など容易だ。


「右のスイカが古いほうだな」


「えっ、マジで!? ……あっ、ホントだ! こっちのスイカ、腐りかけ寸前じゃん!」


「……色がけっこうアレな感じだが、大丈夫なのか?」


「何言ってるし! スイカって、このくらいのときがいちばんおいしーんだよ!

 ミロ、マジありがとう! ありがじゅう!」


 『マジハリ孤児院』は極貧生活のせいか、食べ物の可食レンジもかなり広いようだ。


 また、こんなこともあった。

 孤児院のみんなで、近くの川でホタル追いをして遊んだあとのことだ。


「キャルル姉ちゃん、髪留め、なくしちゃったぁ」


「ええっ、もしかして川べりに入って遊んでるときに?」


「うん、たぶん……」


「もう夜だから探すのは危ないし、明日に一緒に探してあげるし、ねっ?」


「でも、夜のうちに流されちゃうかも……」


「髪留めくらいなんだってんだよ! 俺が新しいのを作ってやるよ!」


「ありがとう、ガッキーくん。でもあの髪飾りじゃなくちゃ嫌なの。

 だってあれは、死んだママがくれたもので……」


「よぉし、みんな、聖堂に戻ってて! あーしが探しとくから!」


「キャルル? なら俺も手伝って……」


「ダーメ、ガッキーは明日も学校があるっしょ?

 だからもう帰って寝るし!

 なーに、あーしこう見えて探しもの得意なんだよね!

 ってミロ、どこ行くの!?」


「髪留めって、これか?」


「あっ! ママの髪留め!?」


「どうしてそんなにあっさり見つけられんだよ!?

 こんなに広い夜の川だぞ!?

 あっ、さてはお前、隠してたな!?」


「違うよ、『よく見た』だけさ」


「この髪留め、ママとのたったひとつの思い出だったの!

 ミロお兄ちゃん、本当にありがとう!」


「あーしからもありがとう、ミロっ!

 ミロが来てくれたおげで、この孤児院は本当にいいことばっかりだし!

 ミロ、さいっこー!」


 キャルルに抱きつかれた瞬間、俺とキャルルは同時に光を放つ。


「ああっ!? キャルルお姉ちゃんとミロお兄ちゃんが同時にレベルアップした!

 すごい! 奇跡みたい!」


「えっ、すごくキスしてるところが見たい!?

 そ、そんな、ムチャ言うなよ……」


「いや、ミロお兄ちゃん……。

 そんなこと一言も言ってないんだけど……」


「へへーっ! それじゃミロ、あーしとキスしよっか!?

 なーんてね、あっはっはっはっはっ!」

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