第6話

「んん~っ!」


 天蓋付きのベッドのなかで目覚めた女。

 一糸まとわぬしなやかな肢体を、女豹のように反らせて伸びをする。


「ああーっ、よく眠れたぁ! こんなによく眠れたのは久しぶりだな!」


「おはようございます、090ボンキュボン様。朝の準備はすべて整っております」


 ヴェールの向こうにいるメイドから問われた090ボンキュボンは、起きたばかりとは思えないほどのスッキリとした表情で答える。


「よく寝たら腹が減ったから、まずは朝メシだ。ベッドの中で食うから持ってきてくれ」


「かしこまりました」


 090ボンキュボンの快眠の理由は明白だった。


 昨晩、111ワンイレブン……。

 いや、ミロが処刑用の大砲で撃ち出され、追放されたという報せを聞いたから。


 ミロはとっくの昔に『ナンバーズ』から追放されているので、090ボンキュボンをはじめとする、皇族のいる王城には近づくことすらできない。

 しかし090ボンキュボンはずっと、ミロに見られているような視線を感じていたのだ。


「それも昨日でおしまい~っと! まるで憑きものが取れたみたい~っ!」


 090ボンキュボンの口からは、ミロの視線から解放された喜びを表す歌が飛び出すほどだった。


 朝食を終えた090ボンキュボンは、ベッドを出てクローゼットルームに向かう。

 広大な部屋をひとつまるごとクローゼットにした室内には、きらびやかなビキニアーマーが所狭しと飾られている。


 今日はどれにしようかと悩んだあと、特別なビキニアーマーを手に取った。


 彼女にとっては特別な日にだけ着る、『勝負アーマー』。

 魔王と戦った日も、このビキニアーマーを着ていた。


 長いこと平穏な日が続いていたので、着るのは100年ぶりだ。

 オルグ族である彼女の身体は100年たっても引き締まったままで、衰えることを知らない。


 ビキニアーマーというのは半裸同然の姿ではあるが、醜いたるみなどどこにもなかった。


 今日は、090ボンキュボンにとっては『ミロの視線の呪い』から開放された特別な日。

 しかし日常は何ら変化はなく、彼女はヒマなままであった。


 090ボンキュボンが皇族をつとめるヌル帝国は他国を侵略中だが、彼女はその任務に就いていないためである。

 なので彼女はヒマをもてあましていて、朝から皇族仲間の女たちとずっとティータイム。


 今日の話題は、やはりミロのことでもちきりだった。


「ねぇねぇ、聞いた? ミロのヤツ、ついに帝国外に追放されたって」


「見張り台の上から大砲で撃ち出されたんでしょ? もう死んでるっしょ」


「アタイ、ずっとミロに見られてるような気がしてたんだよな。

 でもミロが追放されたって聞いたとたん、急にその視線が消えた感じがしてさぁ」


「えっ、090ボンキュボンもそうなの!? 実は私もなの!」


「ええっ、あなたたちも!? 私もずっとミロの視線を感じてたんだよね!」


「それがさぁ、噂によるとミロのヤツ、南の見張り台からこの王城を覗き見してたって噂だよ!」


「どうりで視線を感じると思ったら、本当に覗いてたんだ!」


「うわぁ、キモいキモいキモいっ! やっぱりアイツ、女の敵だったんだよ!」


「ああ! いなくなってくれて、せいせいしたなぁ!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 いなくなってくれて、せいせいした。

 ティータイムが終わるまでは、090ボンキュボンは心の底からそう思っていた。


 城内の廊下を歩いていると、多くの城の者たちとすれ違う。

 彼らは足を止めて自分におべんちゃらを使ってくるが、誰ひとりとして、この言葉を言ってくれる者はいなかった。


「おっ、今日のビキニアーマーはひと味違うな、もしかして、特別なヤツか?」


 その台詞はなぜかミロの言葉になって、090ボンキュボンの脳内で再生されてしまう。

 彼女は思わず、城の壁を殴っていた。



 ――くそっ! なんで頭の中にミロが出てくんだよ!

 たしかにアイツは、アタイのちょっとした変化にも気付いて、声をかけてくれた……!


 でもそれが超ウザかったんだ!

 やっとヤツに見られなくなって、せいせいしてるってのに……!


 っていうかなんで、城のヤツらはアタイの『勝負アーマー』に気付かないんだよ!?



「あっ、090ボンキュボン

 今日も淫売みたいな格好してましゅねぇ!」


 090ボンキュボンが睨み据えた先には、同じ皇族の102ピンキーが立っていた。


 102ピンキーは、身長1メートルちょっとの小柄な種族である、コビット族。

 エルフやオルグ族と同じ長寿なのだが、ずっと子供のままの姿なのが特徴だ。


 永遠のクソガキキャラである102ピンキーは、馴れ馴れしく近づいてきて090ボンキュボンの二の腕を揉んだ。


「おやぁ? 自慢のお肌も、いい加減たるんでるんじゃないでしゅかぁ?

 このまま老化一直線! そろそろその格好も卒業でしゅね、ババア!」


「うるせえっ! アタイはいま機嫌が悪いんだ!

 ブッ飛ばされたくなかったら、あっち行ってろクソガキっ!」


「ついに更年期障害まで出ちゃったでしゅか、怖いでしゅぅ~!」


 102ピンキーはからかう口調で走り去っていった。


 090ボンキュボンはやり場のない気持ちをどこに向けていいのかわからず、気が付いたら101ワンオーワンの執務室に飛び込んでいた。


「わおぅ、どうした、090ボンキュボン

 お前から俺のところに来るなんて、珍しいじゃねぇか」


「なぁ、101ワンオーワン。お前がミロを追放したんだろ?

 たしか、南の見張り台からだったよな?」


「ああ。そっから南に向かって大砲で撃ち出した」


「ミロがどこに落ちたか見届けたか?」


「そこまでは見てねぇよ。っていうかもう生きてねぇだろ。

 見張り台の高さから大砲で撃ち出されたんだぞ」


「そっか、そうだよな、もう生きてないよな」


「そうだよ、お前なんかいちばんせいせいしてるだろ。

 お前のビキニアーマーを、あの野郎が二番目によく見てたからな」


「二番目? 一番目はどいつだよ?」


「俺さ。

 付き合えよ、090ボンキュボン

 お前もそのつもりでここに来たんだろ?」


 もちろん090ボンキュボンはそんなつもりではなかった。

 しかし心の中に空いた穴を、なぜ空いたのか自分でもよくわからない穴を埋めるために、彼女は頷く。


「……いいよ」


「わおぅ、マジか!?」


「ただし、アタイのいつもと違うところを当てられたらね」


 101ワンオーワンは革張りの椅子に座っていたが、散歩に行くとわかった犬みたいに飛び上がる。

 もう恋人同士になったかのように090ボンキュボンに迫ると、オルグ族である彼女との身長差を埋めるように背伸びをしながら、さらに顔を近づける。


「そんなことなら簡単だ。俺はずっとお前を見てきたんだからな」


「そう。で、答えは? アタイがいつもと違うところ当ててみな」


「いつもと違うところは『全部』だ」


「……はぁ?」


090ボンキュボン、お前は日々、美しくなっている。

 昨日よりも今日、今日よりも明日、どんどんイイ女になっているんだ。

 最高になっていくお前に、俺は毎日恋に落ちてたんだぜ?」


 甘い言葉を囁きながら、唇を寄せる101ワンオーワン

 しかしそれが届くよりも早く、彼の股間には膝蹴りが埋没していた。


「ぎゃいぃぃんっ!? な、なにしやがんだ、090ボンキュボンっ!?」


 股間を押えて飛び跳ねる101ワンオーワンを、冷めた目線で見下ろす090ボンキュボン


「ハズレだよ、101ワンオーワン。……っていうかお前、口が獣くせぇんだよ!」


 そのまま怒りに任せて101ワンオーワンの執務室を飛び出す。

 ちょうど目の前を通りかかった兵士に向かって怒鳴りつけた。


「おい、そこのお前! いますぐ捜索隊を編制しろ!」


「あっ、090ボンキュボン様!? か、かしこまりました、すぐに!

 ……で、なんの捜索隊ですか?」


「ミロの捜索隊に決まってんだろうが、このバカっ!」

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