第4話
俺はヴォルフに教えてもらった方角に向かって、山道を歩いていた。
目を細めて帝国のある方角を見やると、数百キロ先に王城があるのが見える。
ヌル帝国は他国の人間が立ち入ることを禁止しているけど、国境には壁などはない。
その気になれば歩いて戻れるような気もするが、ヴォルフが言っていたように、密入国できた者は誰もいないようだ。
戻れないとしても、もう戻る気もさらさらない。
俺はもう、帝国に捨てられたんだから。
俺は道を歩きながら、虚空をクルリと指でなぞる。
すると、半透明の板のようなものが浮かび上がった。
これはスキルリストといって、現在自分が所持しているスキルを見ることができるんだ。
俺たち人間にとってはスキルは自分の身分を証明するものでもあり、自分がどんな人生を歩んできたかの履歴書でもある。
いい歳をしていてスキルが揃っていないのは、恥ずかしいという風潮があるんだ。
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ミロ レベル19(スキルポイント残0)
よく見える
5 遠くのものがよく見える
1 近くのものがよく見える
2 暗いところでもよく見える
2 物の良し悪しがわかる
2 見た者を嫌な気持ちにさせる
2 あったかーい目で見守る
1 目と目で通じ合う
1 唇の動きを読む
3 細かい変化が見える
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俺の『よく見える』スキルツリーには9つのスキルがある。
『遠くのものがよく見える』などがスキルの項目名で、その左にあるのが項目に費やしているスキルポイント。
またスキルというものは、能動的に発動する『アクティブスキル』と、受動的に発動する『パッシブスキル』に分けられる。
俺のスキルはすべて『アクティブスキル』で、どれも対象を『よく見る』ことで発動するものばかり。
だから必然的に、誰かをジロジロ見ることになるんだけど……。
それがまわりの人間にとっては、不快でたまらなかったようだ。
この『よく見える』スキルのせいで、俺は全てを否定され、何百年も生きてきた国を追い出されてしまった。
……いや、スキルのせいにするにはよそう。
これは俺に配られた唯一の『カード』なんだ。
このカードたちを使って、どうやって新しい人生をやり直すかを考えるんだ。
さっきは野盗に捕まって、危うく奴隷にとして売り飛ばされるところだった。
二度とそんなことがないように……。
と思っていたら、
「ヒャッハー! いたぜーっ!」
「バカめ、こんな所をノコノコ歩いてやがった!」
「エルフは貴重だから、きっと高く売れる! そう簡単にあきらめるとでも思ったのかよ!
「さっきは邪魔が入っちまったが、今度はそうはいかないぜ! 捕まえろーっ!」
俺は戻ってきた野盗たちに囲まれ、あっという間に捕まり、またしても檻のなかに閉じ込められてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は売られるロバのように、荷馬車のなかでうなだれていた。
捕まってからまた助けを呼んだのだが、もう誰もこなくて、声も枯れてしまう。
ああ……俺は売られてしまうのか……。
と思っていたら、俺を乗せた馬車はいつの間にか、街の中にいた。
もしかしてここは、『マージハリの街』……!?
なんで野盗たちが堂々と、街中を歩けるんだ……!?
しかしこれ幸いと、俺は道行く人たちに助けを求めた。
衛兵にも声をかけたのに、誰も相手にしてくれない。
これはいったいどういうことなんだ……!?
と思っているうちに、馬車は街の片隅にある聖堂で止まった。
聖堂には聖女がつきものだが、出迎えてくれたのは派手ないでたちの少女だった。
金髪の長い巻き毛が、露わな大きな胸にかかっている。
着崩した白いローブは、カラフルなアップリケだらけ。
聖女といえば純白で貞淑なイメージだが、彼女はそれとは対極に位置する、いわゆる『ギャル』だった。
俺と同じように耳が飛び出しているので、エルフ族だろう。
エルフ族というのは痩せ型が多いが、彼女はやたらとムッチリしている。
話し方は見た目どおりに砕けていた。
「ああ、新しい子羊を捕まえてきてくれたんだ!
……ってマジ!? あーしと同じエルフじゃん!? やーりぃ! ゆーみぃ!
みんなお手柄じゃね!? 花柄じゃね!? えらいえらい、えらーいっ!」
「おおっ! 姐さんが喜んでくれたぜ!」
オッサン野盗たちはギャル聖女から頭を撫でてもらい、子供みたいに喜んでいた。
その後、俺を檻から解放すると、「もう迷うなよ!」とよくわからないことを言って去っていく。
呆然と取り残されている俺に向かって、ギャルはヒマワリのように笑った。
「あーし、キャルル! とりま、よろしくぅ! アンタ、名前なんていうの?」
「……ミロ」
「ミロかぁ、しっかしエルフなんてめずらしー! あざらしー! どっから来たの?」
「……ヌル帝国」
「へー! ヌル帝国のヒトなんだぁ! まあ自己紹介はこのへんにして、薪割りでもしてよ!」
キャルルと名乗ったギャル聖女は、それが当たり前であるかのように、ニッコニコでナタを手渡してくる。
「……なんで?」
「なんでって、アンタ迷える子羊なんっしょ?」
「……その定義からしてよくわからんけど……。
まあ、迷っているといえば、迷ってたかな」
「っしょ!? ココにおいてあげるからさ、さっさと働く働く! 体たらく!
ちょーど男手が欲しかったから、超たすかるー! ラスカルー!」
俺はなにがなんだかわからなかったが、キャルルに一方的にせっつかれ、聖堂の雑事を手伝わされてしまう。
しかし俺は、『よく見る』ことしかしてこなかったので、何をやってもイマイチだった。
「もー! 薪くらい一発で割れないの!? ほら貸して! こーやればパッカーンっしょ!」
……パッカーン!
キャルルのナタの振り下ろしは力強く、小気味良い快音で薪を真っ二つにしていた。
「俺は、薪割りなんてやったことなかったんだよ」
「へぇ、じゃあ今までナニやってたの?」
「よく見てた」
「へー、よく見てたんだ! だったらなんで、あーしの顔は見てくんないの?」
「それはクセみたいなもんで……」
「変なクセ~! でも話すときくらい、人の目をちゃんと見なよ! ミナヨちゃん!」
「いや、それはちょっと……」
「いーから見なって、ホラぁ!」
いくら言っても俺が決して目を見ようとはしなかったので、キャルルはとうとう俺の顔をガッと掴む。
グキッと音がしそうなほどの勢いで、無理やり顔をあげさせられる。
キャルルの顔はしっかりメイクが施されており、瞼には色鮮やかなアイシャドウが入っていた。
大きな瞳がぱちくりするたび、南国の蝶がはためいているかのよう。
そして南国の花みたいな、フルーティーで爽やかな香り。
胸が当たるほどの距離に、俺の心臓が止まってしまう。
異性とこんなに近づかれたのは初めてのことだった。
だって、今までは見るだけで嫌悪されてきたのだから。
さらにトドメとなったのは、アクアマリンの宝石のような瞳。
俺の顔がはっきりとわかるほどに澄んだ虹彩、その奥は天の川かと思うほどの美しい光に満ちていた。
……どくんっ!
時が止まっていたかのように動かなかった俺の心臓が、ひときわ大きく脈動する。
次の瞬間、俺の身体は白と黒、灰色の光に包まれていた。
身体が光るのはレベルアップの証だが、いままでとは光り方が違う。
どういう事かと思ったが、俺はすぐに気付いた。
……そうか!
レベル20になったから、『良く見える』のスキルツリーが上位のスキルに変化したのか……!
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