第3話

 見張り台より射出された俺の身体は、帝国の夜の闇を暴力的なスピードで引き裂いていた。


 もはや平衡感覚はなく、天も地も、右も左もわからない。

 わかるのはただ『捨てられた』ことだけ。


 これから高確率で死ぬかもしれないというのに、走馬灯すら走っていない。

 俺の頭の中には、ある言葉がグルグルと巡っていた。


「っていうかさぁ、ムカつくんだよ!

 『よく見える』なんていう『ド外れスキル』のクセして、いっちょ前に俺たちの仲間ヅラをしてたのが!」


「キミのスキル、『よく見える』だっけ?

 皇族の方々が言ってたとおりの『ド外れスキル』だったよ」


「でもそのまま追い出したんじゃつまんないから、お前のスキルがいかに『ド外れスキル』だったかってのを思い知らせてから追い出すことになったんだ!」


 ……違う、違うんだよ……。

 『よく見える』が『ド外れスキル』なのは、俺にもわかっていたんだ……。


 でも、俺は信じていたかったんだ……。

 俺の配られたカードは、凄いんだぞ、って思っていたかったんだ……。


 俺が信じてやらなきゃ、誰がコイツを信じてやれるんだよ……!


 次の瞬間、俺は天地がひっくり返るような衝撃を受け、強制停止させられるかのように意識を失ってしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次に気が付いた時は夜が明けていて、俺は檻のついた荷馬車の中にいた。

 ハッ!? と起き上がり、格子を掴んで外を見る。


「こ、ここは……!?」


 すると、檻の隣を歩いていた、ヒート族らしき男たちが言った。


「やっと気が付いたか! お前さんは木に引っかかってたんだよ!」


「そ、そうなのか!? ここはもしかして、帝国外か!?」


「ほほぅ、身なりからしてもしやと思ったが、やっぱりお前さんは帝国の人間か!


 俺は国境警備隊の制服のままだった。

 胸にはヌル帝国の所属を示すワッペンがある。


「こ……ここはどこなんだ!?」


「ここはランドール小国だよ!」


 ランドール小国。

 帝国の南側に位置し、帝国の侵攻が著しく小康状態にある国だ。


「お……俺を、どうするつもりなんだ!?」


 すると、男たちは豪快に笑った。


「がっはっはっはっ! 俺たちゃ『羊狩り』だ!」


「え……『エッチ狩り』!?

 俺のことがそんなにエッチに見えたのかよ!?」


「違う、『羊狩り』だ!

 そんな立派な耳してて、なんで聞き間違えるんだよ!?

 『羊狩り』の俺たちが羊を捕まえたら、することはひとつだ!

 あねさんのところに持って行くのさ!

 エルフは珍しいから、姐さんもきっと高く買ってくれるに違いないぜ!」


 檻に入れられていた時点で嫌な予感はしていたが、間違いない。

 『羊狩り』なんてオブラートに包んでいるが、コイツらは『野盗』だ。


 野盗というのは強奪や人さらいを生業とする者たち。

 みな筋骨隆々とした身体をしたオッサンで、汚れた素肌に毛皮だけをまとっており、格好からしてもうヤバい。


 『姐さん』とやらの所に連れて行かれたらきっと大変なことになると思い、俺は声をかぎりに叫んだ。


「だっ! だれかぁーーーーっ! たっ、助けて! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!!」


「がっはっはっはっ! こんな山奥で人を呼んだところで、誰も来やしねぇよ!」


 しかし横道から、野盗以上にヤバそうな一団が姿を現した。


 人数こそ野盗よりは少ないが、ごつい鎧を着込んで武装している。

 明らかに冒険者、それも手練れの集団だった。


 俺は彼らに向かって叫ぶ。


「たっ、助けてくれ! さらわれそうになってるんだ!」


 冒険者たちの先頭に立っていたのは、灰色の髪に傷だらけの顔をした男。

 いかにも歴戦の勇者といういでたちに、野盗たちは後ずさった。


「あ、アイツは、『餓狼のヴォルフ』……!?」


「またの名を、『ハラペコ狼』……!?」


 似たようなふたつ名だな。

 それに後者のほうはなんか可愛いな、と思っていると、


「や、やべえっ! 逃げろぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!」


 野盗たちは檻のついた馬車を置いて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 ヴォルフがアゴで指示をすると、彼の仲間たちが檻を開けてくれた。


「あ……ありがとう。

 えっと、ヴォルフだったっけ? 俺、ミロっていうんだ」


「その長い耳……。お前、エルフか?」


 そう言うヴォルフはヒート族のようだった。

 そして、ヴォルフの声はとても渋かった。


「ああ、帝国から来たばかりなんだ」


「ほう、帝国に入りたがるヤツは腐るほど見てきたが、出てきたってヤツは初めてだぜ」


 帝国は基本的に国交を断絶しているので、他国の人間は入ることはできない。

 しかし魔王を討伐した勇者たちが治めているので、他国の大多数の人間が帝国に憧れていると聞いたことがある。


 これ以上この話題を続けると、俺が帝国を追い出されたのがバレそうだったので、話題を変える。


「ヴォルフたちは、穴ぐらに棲むハイゴブリンの討伐か?」


 ハイゴブリンというのは、この世界ではポピュラーなモンスターである『ゴブリン』の上位版。

 身体は子供のように小さいけど、とても知能が高いとされており、ハイゴブリンに至っては魔法を使う者もいるという。


 俺は軽い気持ちで尋ねたつもりだったが、ヴォルフの声が急に鋭くなった。


「俺たちがハイゴブリンの討伐パーティだって、なんでわかった?」


「装備品とパーティ構成を見れば、なんとなくわかるよ。

 これでも冒険者ギルドに務めてたこともあるんだ」


 俺は言いながらあたりを見回す。

 今いる場所は山の中腹あたりで、遠方には独特な形の岩山が見下ろせた。


「あの岩山に棲んでるハイゴブリンを倒しに行くのか?」


「ああ、そうだ。このあたりのモンスターの棲息地を知ってるだなんて、お前、よそ者じゃないだろ」


「いや、本当にさっき来たばかりなんだ。

 お礼というわけじゃないけど、ひとつ忠告させてくれ」


 俺は岩山の前に広がる森を指さす。


「岩山のちょうど正面にある森に、ハイゴブリンが12匹ほど木の上で待ち伏せアンブッシュしている。

 どれも葉の多いカリーユの木にいるから、目印にするといい。

 あと、地面のほうにも罠が仕掛けられていて、大きな落とし穴が3つほどある。

 他の森には待ち伏せも罠もないようだから、迂回して岩山に行くといいよ」


 するとヴォルフは素っ頓狂な声を出した。


「あぁん? ハイゴブリンの待ち伏せ、それに落とし穴まで分かるだなんて……。

 もしかしてお前、さっきまであの岩山のそばにいたのか?」


「いや、行ったことはない。いまここで見てるのが初めてだ」


「お前、なに言ってんだ?

 ここからあの岩山まで2キロは離れてるんだぞ?

 こんな所から待ち伏せしてるモンスターが見えるわけないだろ」


「とにかく俺は見えるんだよ。信じる信じないは自由だけど……」


「フッ、まあいい。俺たちはもう行くぜ。

 あの岩山とは逆方向に進むと『マージハリの街』があるから、気をつけてな」


「ああ、ありがとう! そっちも気をつけて!」


 俺は手を振ってヴォルフたちの討伐を見送る。

 顔は怖かったけど、なんだかいい人だったなぁ、なんて思いつつ、街を目指して歩き出した。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ミロと別れたあとの、ヴォルフ一行。


「ハイゴブリンの岩山まで、あと500メートルといったところか。

 おいズミール、ちょっとひとっ走りして、森に待ち伏せがいないか調べてこい」


「ええっ、ヴォルフの旦那、まさかあのエルフの言うことを信じるんですかい?

 アイツなんだかビビってて、旦那と話してるときに目を見ようともしてなかったじゃないですか!

 あんなヤツが言うことなんて、嘘に決まってますって!」


「いいから行ってこい」


「ちぇっ、わかりましたよ」


 小一時間後、斥候スカウトのズミールは血相変えて戻ってきた。


「たっ、大変です、ヴォルフの旦那!

 待ち伏せのハイゴブリンたちがいました!

 それも、完全偽装で……! カリーユの木の上にいるって言われてなきゃ、わかりませんでした!

 落とし穴も草でカモフラージュされてて、よく見ないとわからねぇくらいで……!

 このまま行ってたら、俺たち危うく全滅してたところです!」


「……アテにはしてなかったが、まさかドンピシャとは……。

 あのエルフ、いったい何者なんだ……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る