第2話

 結局、魔王討伐の凱旋式典は、俺抜きで行なわれた。

 かつて俺の仲間であった110人の勇者たちは、国王の案内で謁見台で紹介され、国じゅうの拍手喝采を浴びていた。


 俺にとっては、俺があの場にいないことは事件だったが、そんなことがどうでもよくなるような、さらなる大事件が勃発。

 なんと最後に紹介された、『ナンバーズ110』のリーダーの000トロワが、国王を殺害。


 自らを皇帝と名乗り、『ヌル帝国』の立ち上げを宣言したんだ。


 完全なるクーデーターだったが、000トロワはすでに国内の大臣や将軍たちを掌握していた。

 そのうえ000トロワは魔王討伐の立役者だったので、国民は誰も反対しなかった。


 しかも000トロワは凱旋式典を王族の公開処刑へと変え、派手はパフォーマンスで観衆を魅了。

 たったの数時間で国民の心を掴み、名実ともに皇帝となったんだ。


 000トロワの行なった最初の政策はふたつ。

 ひとつ目は、『ナンバーズ110』全員を皇族として迎え入れること。


 そしてふたつ目は、すべての帝国市民を『上級』と『下級』に分けることだった。

 判断基準は、容姿とスキルと寿命の3点。


 見た目が良く、優れたスキルツリーを持ち、なおかつ長寿命の種族は上級とされた。


 どれも生まれながらにして決められたもので、努力で変えることのできない要素ばかり。

 またちなみにではあるが、これは昔の『ナンバーズ111』になるための条件と同じであった。


 ヌル帝国はヒート族と呼ばれる種族がいちばん多かったのだが、ヒート族はドワーフほど不細工ではないがエルフほど美しくはない。

 そしてヒート族は長く生きても100年程度で、他の長寿の種族に比べると半分以下の寿命しかなかった。


 よって大多数であったヒート族はほとんどが下級国民にさせられてしまう。

 彼らは誰よりも000トロワを支持していたというのに、皮肉なことである。


 そして俺はエルフ族だったが、『下級国民』とされた。

 皇族たちがお情けで俺に仕事を斡旋してくれたので、働き口はあった。


 50年ほどはそれで生きていくことができたのだが、やがて、


「悪いけど、今日で上級商人ギルドを出て行ってくれないかなぁ。

 皇族の紹介だから仕方なく下働きで使ってやってたけど、キミ、ただ見てるだけだったしねぇ

 しかも目を合わせようとしないでしょ? それが陰気くさくさ嫌だってお客さんに言われてさぁ……」


「賢者学院のアシスタントとして使ってやってたけど、もうたくさん!

 キミがジロジロ見てくるからって苦情ばっかりなんだよ!

 見てくるわりに目だけは絶対に合わせようとしないって! 気持ち悪いからもう出ていって!」


「キミのスキル、『よく見える』だっけ?

 皇族の方々が言ってたとおりの『ド外れスキル』だったよ」


 俺の『よく見る』スキルは上級国民たちの不興を買い、ここでも追い出されるハメに。

 いくつかのギルドや学院、商会や学会などを点々とし、最後に着いたのは……。


 昼は下級冒険者ギルドの助っ人、夜は国境警備隊の見張り、という2足のわらじだった。

 朝から晩まで働くというハードワークだったが、給料が安いのでそうしないと生きていけなかったんだ。


 昼の仕事はキツかったが、夜の仕事は比較的楽だった。

 真夜中になると王城ばりに高い塔の上に登って、まわりを見張るんだ。


 不審なものを見つけると、伝声管を使って下にいる仲間に連絡するだけ。


「えーっと、北側5キロ先に盗賊らしき集団あり」


「10キロ南側の渓谷、横転した馬車を発見」


「20キロ先に、木の枝に化けて潜伏している者を発見」


 この仕事はわりと俺の性に合っていた。

 だって、目を合わせるなって文句を言ってくるヤツも、目を合わせろよって文句を言ってくるヤツもいなかったから。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そんなこんなでさらに50年の月日が流れる。

 『ヌル帝国』は建国100年目を迎えた。


 同国は最初は小国だったのに、魔王討伐という錦の御旗をふりかざして近隣諸国を吸収、今や一大帝国となっていた。

 そして建国100年目を明日に控えた日の夜に、俺にとっての事件がふたたび起きた。


 今日も夜の塔に登って見張りをしていたんだが、そこに巨大な大砲が運び込まれてきたんだ。

 多くの兵士を従えてやってきたのは、今や皇族として帝国の一部を支配している、


 『101ワンオーワン』っ……!


 ヤツは長寿のペロル族なので、見た目は100年前とぜんぜん変わってない。

 態度も昔のままのチャラ男のままで、変わったのは身なりだけのようだった。


「わおぅ、久しぶりだなぁ、元気してたか?

 俺の紹介した仕事もたったの50年で辞めやがって、相変わらずお前は役立たずだよなぁ」


 そして俺は過去のトラウマで、ヤツの目どころか顔すらも見ることができなかった。


「皇族サマが、こんな所までなんの用だ?」


「明日、ヌル帝国の建国100年目なんだけどさぁ、そのときに新しい政策を発表するんだよ。

 その名も『国民総ナンバーズ制度』……!」


 それは、国民全員に通し番号を与え、数値で位がわかるようにするという制度だった。


 皇帝が 000

 皇族が 001~110

 大臣や将軍が ~999


 4桁目からは上級国民とされ、5桁目からは下級国民となる。


 101ワンオーワンは見張り台に持ち込んだ大砲を覗き込みながら、俺に言った。


「それでさぁ、お前をどうしようかって話になったわけ。

 ほら、お前っていちおう111ワンイレブンじゃん?」


 するとヤツは、俺の顔をじっと見つめてくる。

 しかし俺が無反応を貫いていたので、ヤツは残念そうに呻いた。


「くふぅん……喜ばねぇの? 『もしかしたら俺、皇族になれんの!?』 って」


「もう俺にとってはナンバーズも皇族も、どうでもいいことだからな」


「ふーん、ツマンネ。せっかくぬか喜びしたところを映して、みんなに見せてやろうと思ってたのにさ」


 気が付くと、ヤツの部下のひとりが魔導真写しんしゃ機を構えていた。

 魔術の技術が込められた装置のことで、見たままの風景を映すことができるというシロモノだ。


 魔導装置の発達も、ヌル帝国になってから急速に発達した。

 101ワンオーワンはさらに、懐から金属の筒を取り出す。


「コレって、なんだかわかる?」


 噂では聞いていた俺は、その存在にハッと青ざめる。


「まさかそれは、遠眼鏡……!?」


「そー。遠くが見える魔導装置ってわけ。

 まだ開発さればかりだから帝国にもみっつしかないんだけど、特別にこの見張り台に寄付することになってさ」


 帝国にもみっつしかないものを、こんな辺境の見張り台に寄付する……その意図はひとつしかなかった。


「そう、いままでは『よく見える』スキルのおかげで、この見張り台でも多少は重宝されてたみたいだけど……。

 これがあったらお前なんて、イ・ラ・ナ・イっと! わおぅ!」


 101ワンオーワンが新しいオモチャをもらった犬みたいに鳴くと、控えていた兵士たちが俺の腕をガッと掴んだ。


「な……なんだ!? は、離せっ!?」


 俺は両腕を縛り上げられ、大砲の筒のなかに押し込められてしまう。

 101ワンオーワンは部下から奪った魔導真写機を俺に向けながらはしゃぎ続けていた。


「わおぅ、そうそう! そういうリアクションを待ってたんだ!

 ナンバーズ問題でお前をどうしようかって問題になって、新しい番号を与えるくらいだったらもういっそのこと、この帝国から追い出したほうがいいんじゃね? ってなったんだよねぇ!

 でもそのまま追い出したんじゃつまんないから、お前のスキルがいかに『ド外れスキル』だったかってのを思い知らせてから追い出すことになったんだ!

 魔導遠眼鏡の開発にはかなり時間がかかったけど、コイツはよく見えるぜぇ~!

 お前が大砲から撃ち出されて、帝国外に飛んでいくところまで、バッチリとね!」


「や……やめろっ! こんな所から撃ち出されたら、死んじまうっ!」


「実をいうと建国100年目のときに『国外追放刑』も新たに設立されるんだけど、その処刑の実験も兼ねてるんだよねぇ、コレ。

 まあ追放先の国で墜落して死んでも、帝国内を飛んでいる間は生きてるはずだから、オッケーっしょ」


「こっ……こんな非道なことをして、タダですむと思ってるのか!?

 ただでさえ帝国のやり方には、批難が集まってるのに……!」


「わおぅ! その絶望リアクション、さいっこー!

 明日の建国記念パーティで流したら、皇族たちみんな大受け間違いなしだ!

 さぁ、いっくよーぉ? 発射5秒前っ! 4・3・2・1っ……!」


「やっ……やめろっ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「あばよ、111ワンイレブン……!

 いや、『ミロ』っ……!」



 ……ズドォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 最後の瞬間、ヤツは俺の名前を呼んだような気がする。

 しかし俺は耳があんまり良くないのと、大砲の轟音にかき消されたせいで、定かではなかった。

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