08-04
◇
「話、聞いてますか?」
緑色のフェンスの向こうで、桜の花びらが散っていた。
春も終わるのか、と俺は思った。道路に散らばった花びらが、絨毯みたいに見えた。
風が木々揺らす。ざわめき。世界中が静けさに包まれている気がした。
「何の話だったっけ?」
と俺は真剣に問い返す。ふと気付くと物思いにふけっていて、人の話を聞かないことが多くある。
あんまりコミュニケーションは得意じゃない。それでも自分なりに、うまくやろうとしているのだが。
「もういいです」
と彼女は拗ねたように言う。彼女が敬語を使うようになったのは入学してからすぐだった。
こそばゆい、といっても、やめてもらえなかった。そのうち慣れるのだろうが、今はなんだかくすぐったい。
俺と彼女は、例の切り株に腰かけて、昼食を共にしている。昼休み。
俺は今、間違いなく幸せだった。
けれど思う。この土の下には、あの手首が埋まっているのだ。
俺たちはあの手首の上に座っているのだ。死の上に立っているのだ、と。
誰が忘れても、俺だけはそのことを忘れてはいけないのだ。
後輩は溜め息をついて、呆れたように言う。
「もう、やめたくなりましたか?」
「何を?」
彼女はじとっとした視線をこちらに向けた。
「また逃げちゃうのかと思って」
「また」、と彼女は強調した。
俺は笑う。
「大丈夫だよ」と俺は言った。
「何の問題もないんだ」
心からの言葉だった。こんなにもするりと言葉が出てきたのは、いつぶりだろう。
妹の声が聞こえた。こちらに駆け寄ってくる。
耳の奥の啜り泣きは未だに鳴り止まないけれど、少しずつ回数も時間も減っていった。
風が吹く。桜の花びらが舞う。
春が終わるのだ、と俺は思った。
そうして、また夏が来るのだ。
キアスマスリポート へーるしゃむ @195547sc
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