06-03
俺は誰も愛してなんていない。自分すらも愛していない。
そういえば何かで読んだ。自分を愛せない人間は人を愛せないんだって。人を愛せない人は人に愛してもらえないんだって。
でもこんな話も読んだ。人に愛してもらえる自分を発見することでしか、自分を愛することはできないんだって。
じゃあ愛って奴はどっから生まれるんだ?
愛がどこからも生まれないものなら。
いったいなにがこの暗闇を振り払ってくれるんだろう。
世界は今日も狂っている。
厳かな文明の塔の発展の半ばで、俺たちは暮らしている。
そこにはたくさんの理不尽がある。誰もがそこで苛み合っている。
このまま世界が発展して、いったいどうなるっていうんだろう。
人殺しはなくなるか?
なくならない。
嘘は?
なくならない。
貧困。虐待。民族紛争。
なくならない。
おそらく人類が滅ぶその瞬間までなくならない。
幸せな人生を望んでいたとしても、不幸なことばかりしかなくて、そしてこれからも不幸以外なさそうだって思ったら。
人間は死ぬ。
あっさり死ぬ。
トマトとかスイカみたいに潰れて砕けて弾ける。
みんな死ぬ。残ったひとりは神様で、そいつを最後に人が滅ぶ。
でも俺はそんなことどうでもいい。俺は自分のことしか考えていない人間なのだ。
だからみんな死んでもいい。
世界なんて滅んだっていい。
どうせ俺には誰も助けてやれない。
あの啜り泣きを、俺は止められない。
黒板が塗りつぶされる。言い訳でまっしろに。歪んでいく。
どうだっていいや。
死にてえなあ。
死にてえなあ。
死にてえなあ。
もうやめちゃおうかなぁ。
◇
暗闇の淵から、誰かがこちらを覗きこんでいる。
舌なめずりをしているのだ。
◇
俺はバカでマヌケで猿よりも愚かだった。俺は猿になりたかった。猿は賢い。多くを望まない。あらかじめ何もかもを頭に備えている。
人間はクソだ。
教えてもらわないと飯も食えない。セックスもできない。習慣づけないと夜眠ることだって出来やしない。
本当だ。人間は本能をとっくに失っている。生殖本能なんてない。
子供を欲しがるのは、子供が幸福の象徴であるかのような文化があるからだ。
人間はとっくに動物じゃない。機械だ。
猿にオナニーを教えたら死ぬまで続けるっていう話を聞いて猿をバカにする奴がいる。
それはエラーだ。納得できる。
だが、何かから獲得した知識で年がら年中オナニーしてセックスしてる人間って奴はなんなんだ? 賢いのか?
人間にとっては異性愛ですら文化のひとつでしかない。男らしさ、女らしさというものも国によって真逆だったりする。
人間はなにひとつ本能的なものを持っていない。ただ生きているだけだ。本能? ない。すべて学習したものだ。
だから生きている意味が分からなくなるのだ。子孫を繁殖するために生きている人間なんていない。
子孫を残すのは本能じゃない。システム。文化。ミーム。単なる慣習。イニシエーション。
俺たちは犬だ。電流を流されて動けなくなった。電流が避けられないと気付くと、回避しようとしなくなった。
回避する手段すら探さなくなった。ただ黙って電流に耐えている。マーティン・セリグマンの動物実験。安い新書の知識。
泣いても誰も来ないと知った赤ん坊が泣かなくなるように。
世界がなにひとつ変わらないから、俺はもう変えようとしなくなった。
手を伸ばさなくなった。声を出さなくなった。
どこにいっても何をしても変わらない。
だったら……どこにも行く必要なんてないし、何もしなくてもいい。
いなくたっていい。死んだっていい。
どうせ何も変えられないんだし。
みんなしんじまえ。
クラクションを劈かせたって、一日に四、五人斬り殺したっておさまらないような憤り。
どうせ無駄だ。拗ねて寝ちまおう。明日はこない。今日がぜんぶだ。無期懲役。終身刑。さよなら、おやすみ。
◇
溺れそうな思考の荒波の中で、誰かが啜り泣くような、遠い声だけがいつまでも消えてくれない。
いったい俺に、何ができるっていうんだろう。
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