04-03
「なんつーかさ」
魔法使いの女は、ソファに背をもたれてコーヒーを啜ってから口を開いた。
「カリオストロっていうのも、なんだかガラテア的だよねえ」
「その"カリオストロ的"とか"ガラテア的"っていう言い方、よく分からないんだけど」
俺が問うと、彼女は気だるげに溜め息をついた。
「そのうち分かるんじゃない? 確かめる気があればね、どんなことだって分かるものなんだよ。だいたいね」
「生きていく意味とか?」
「そんなもんない。自分で決めろ。しいていうなら、それはカリオストロ的ガラテアだね」
ばっさり切り捨てると、コーヒーを一気に飲み干し、彼女は立ち上がった。
いろいろなものが変化したはずなのに、彼女の様子は一切変わらない。
なぜなのかと問うと、彼女はこう答えた。
「わたしはさ、そういう次元の存在じゃないからね。なんつーの、神の境地? 簡単に巻き込まれたりせんのですよ」
バカバカしい話だ。
◇
俺と後輩は児童公園からの帰路を歩く。こうして会っても、話すことは何もない。
お互い、自分の身に何が起こったのかを理解できていないからだ。
俺たちの認識は完全に異なっている。
彼女は消えたのは俺たちだと思い、俺たちは彼女が消えたと思っている。
どちらが正しいのか分からないが、どちらもごく普通の生活を送っていたことは変わらないらしい。
何が起こったのかはまったくわからない。わからないこと、説明できないことは、話にはならない。
俺と後輩はほとんど言葉を交わさないまま別れた。俺にはそのことがひどく示唆的なことに思える。
まるで何も起こっていないようだ。
家の扉を開けると、両親は既に帰ってきていたが、喧嘩はしていないようだった。
和やかだと言うわけじゃない。お互い大声で騒ぎ合うのに疲れたのだろう。
決して居心地のいい空気じゃない。
妹はまだ帰ってきていないようすだった。部活か、友達と遊んでいるのか。
いずれにせよ、この家にいるよりはずっとましだろう。
解決しきれない問題というものもある。
いまさらどう取り繕ったところで、この船はもはや沈む寸前なのだ。
◇
かしましいコール音が部屋の静寂を切り裂いた。電話を受け取っても、すぐには声が聞こえなかった。
「……部長?」
少しして、後輩の声がする。怯えたように震えた声音だ。
「どうした?」
俺は少し緊張しながら訊ねた。
何かがあったのだろうか。
「……あの、変なこと言っていいですか?」
「なに?」
「……ないんです」
「ない? 何が?」
「家が――」
後輩の声は泣き出しそうに聞こえた。
「――わたしの家が、ないんです」
◇
後輩に居場所を聞くと、彼女は「自分でも分からない」と答えた。
ひどく錯乱している様子だった。俺は移動しないようにと伝えて電話を切った。
俺の家から二十分ほど歩いた場所に、後輩はいた。
彼女は顔面を蒼白にして膝をついている。寒そうに自分の肩を抱いて震えていた。
その表情は、今に凍え死んでしまいそうに見える。
声を掛けると、彼女はひどくうつろな瞳で俺を見返した。
まるで存在そのものが希薄になったように、彼女の姿は頼りなく見える。
体が透けているようにすら見えた。
彼女は不意に気付いたように目の光を取り戻すと、泣き出しそうに表情を歪めた。
どう説明するべきかを迷っているように、彼女の視線は俺の顔と目の前の景色とを行き来した。
そこには家があった。表札がある。郵便ポストがある。庭先に子供用の小さなブランコが置いてあった。
二階の部屋のクリーム色のカーテンが視界に入った。
「ここに、あったはずなんです!」
後輩は叫ぶ。
「わたしの家が! でも、違う。この家は違う。ぜんぜん違うんです!」
俺は後輩の家の様子を知らなかったが、たしかに表札の苗字は違う。
主観的なことを言えば、彼女の家にはとても見えない。
それとは別に、この家はたしかに彼女の家ではない、というある種の確信が胸の内にあった。
根拠のない確信。こういうことが多すぎる。
俺の身の回りに変化が起こったのと同様に、彼女の身にもまた変化が起こった。
それも、俺のものとは比べ物にならないほどに巨大な変化が。
俺は夢で見たカリオストロの声を思い出した。
彼が言う"現実"とは、まさかこれのことか?
俺の頭の中では、既にさまざまな不自然に対する疑問が芽生えはじめていた。
たとえば、それは後輩の存在。
たとえば、それはシラノの口調。
たとえば、それはトンボとの記憶。
いくつかのものが混線し、理解が難しくなっているが、それでも不自然を掴み取るのは難しくない。
何が原因でこんなことになっているのかは分からないけれど、この状況が明らかに異常だということははっきりしていた。
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