02-07


 どこかの応接室のようだ。不意に、頭痛が襲う。


 周囲には誰もいない。耳を澄ますと、人の話し声が聞こえた。

 

 部屋を出る扉を押すと、声はよりはっきりと伝わってきた。


「ああ、起きた?」


 その部屋に入った瞬間、俺に気付いて、女は口を開いた。

 知らない女だ。近頃、こんな女にばかり会う気がする。


 わけのわからない女。どこから来たかもわからないような女。見覚えがあるような女。でも、会ったことはない女。

 女は気安げな笑みを浮かべた。俺にはそれが胡散臭く見えてしかたなかった。


 俺が怪訝に思っているのを分かっているのかいないのか、女は笑みを浮かべたまま続けた。


「英雄の生まれ変わりって言ってもさ、さすがにアレを一気に四匹はやりすぎだよ」


「は?」


「だから、あの犬。殺しちゃったんでしょ?」


 ――こいつは何の話をしているんだろう。


「しかも素手って。……つーか、素足? いや、靴は履いてたか。いくらなんでも無茶だって」


 女はからからと笑った。なぜだか知らないが、俺はこの女が好きじゃない。脈絡もなく、そう感じる。


「で、あそこで倒れてた男の人のことなんだけどさ」


 女はそう言って、部屋の隅のソファを指差した。さっきまで俺が寝ていたものと似ている。

 そこにはあの大男の姿があった。あらわになった上半身に包帯が巻かれている。すぐそばで、少女が泣き腫らしたような目で黙っていた。


「治しといた。かまわないでしょ?」


 唐突に変化した状況が理解できず、俺は安堵することも警戒することもできなかった。

 

「……アンタ、誰?」


「さあ?」


 ごまかすというよりも、本当に正しい答えを知らないような言い方だった。


「しいていうなら、魔法使いとか」


 俺は溜め息をついた。

(ところで、俺が起きる直前まで、彼女は誰と話をしていたのだろう?)





 どうでもいいのだ。

 魔法も殺し屋も魔神も女神も妖精も英雄もどうでもいい。

 そんなのはどうでもいい。本当のところなんだっていい。


 どうして俺を巻き込むのだ?

 俺にはそんなことよりずっと真面目に考えなければならないことがあるのだ。

 俺はさまざまなものから目を逸らしすぎていたのだ。だから今から可能な限り物事に真摯に立ち向かわねばならない。

 どうして俺を巻き込む? 放っておいてくれない?


 みんな俺のところを訪れたり、勝手にいなくなったり、うんざりだ。

 俺は他人のことなんてどうだっていい人間なのだ。

 自分のことしか考えていない人間なのだ。 


 ……それなら、どうして俺は、あんなにも激しい怒りを覚えたんだろう。 


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