第14話 エピローグ
落ち着いた雰囲気を持つ喫茶店の中。おしゃれな音楽が小さな音量で流れている。
店内に客は二人しかいなかった。二人は薄茶色のテーブルをはさんで向かい合うようにして一人掛けのソファに座っている。
一人は美しい女性だった。腰上まである紫がかったストレートの黒髪に日に焼けてはいない白い肌を持つ女性は、大人しめの色のワンピースを身に纏っており、自身の前に置かれたティーカップに手をつけた。音を立てることなく、紅茶を飲むその姿は優雅である。
もう一人は派手な装飾をつけた男性だった。人工的なえんじ色の短髪に日に焼けた肌を持つ男性は、蛍光色がふんだんに使われた服を身に纏い、女性を見つめている。
女性は持っていたティーカップを机の上に置くと、足を組んでソファの背もたれに体を預けてアメジスト色の瞳で男性を見た。
「それで? なんで私を呼び出したのかしら?」
女性は平坦な声で男性に尋ねた。
「え~、会いたかっただけだよ」
おちゃらけた男性のいらえに女性は無言で立ち上がる。
「ちょ、待って、待って、待って!!! 冗談だって、冗談!!」
「ちっ」
「舌打ちはひどくね!?」
女性は端整な顔を歪めて、今しがた上げた腰を乱暴に椅子の上に下ろす。
男性は安堵の息を吐き、再び女性と向き合った。
「今日は俺を言いたかったの」
「お礼? 私は別に何もしていないけれど」
「え~! してくれたじゃん!! 綾坂たちの事、演劇の台本にしてもいいって許可くれたでしょ?」
「だったら私だけじゃなくて速水君と稲葉君といのりちゃんも呼びなさい」
「呼んだんだけどさぁ~…………」
男性は落胆した声を上げてソファに沈み込む。そして口を尖らせて言葉を紡いだ。
「速水もスーパードライ君もカワイ子ちゃんも、みーんな授業だーって来れないって言ったんだよ~」
「語尾を伸ばさないで。気持ち悪い」
「あっはっはっは! 綾坂ってば、辛辣!」
女性——綾坂蛍は、薄目で男性——日下部春哉を見ると、何事もなかったかのように立ち上がった。
「ごめんごめんごめん!! いかないでくんない!?」
「……このくだり、いつまでやるつもりかしら? 次やったら本当に帰るわよ」
「マジでごめんって」
綾坂は盛大な舌打ちを一つ零してからゆっくりとソファに戻る。
日下部は綾坂がソファにしっかりと座ったことを確認すると口を開いた。
「本当にお礼が言いたい。話の提供をありがとう」
「どういたしまして、と言っておくわ。あと、『おめでとう』という言葉も送るわね」
「うん、ありがと」
日下部は嬉しさを噛みしめるようにうなずく。
日下部春哉は大学生でありながらも趣味で脚本を書いては、コンテストに応募していた。つい最近、彼が出した脚本が最優秀賞を受賞し、彼は一躍有名になったのであった。
彼が書いた作品こそが綾坂達が体験したことだったのだ。速水が呪いの馬の被り物を事故で被ってしまい、どったんばったんした四人組の話はウケが良かったのだった。
主に綾坂のぶっ飛んだ思考が。
速水にかかった呪いを解除した後、日下部も呪いの馬の被り物を被ってしまい、一悶着があったものの、今では日下部も呪いを解くことができ、普通に生活できている。日下部の件も文芸部の四人が手を貸したのは日下部にとっていい思い出の一つとである。
日下部は文芸部に所属していた四人に足を向けて眠ることができなくなっていた。
「話はそれで終わり? なら帰るけれど」
「待った。色々聞きたいことがあるからまだ帰んないで」
綾坂が動き出す前に、日下部が待ったをかける。
「手短によろしく。この後速水君とデートに行くの」
「え!? 速水と会うの!? 俺も行きてー!」
「ついてきたら殺す」
「綾坂ってマジで俺に対して辛辣だよね。やさしさどこに落としてきたのさ」
「日下部君に対するやさしさは存在していないわ。私からのやさしさが欲しければ前前前世からやり直してくることね」
「めっちゃ前からじゃん」
日下部は肩を落とす。しかし、一瞬で平生の高いテンションに戻った。
綾坂の日下部に対する好感度は低いを通り越して最低だった。そして一生上がることは期待できない。その理由としては二人の出会いまで遡ることとなる。
綾坂と日下部の出会いは最悪だった。百パーセント、日下部のせいである。
綾坂と日下部が出会ったのは綾坂が速水と出会ったすぐ後だった。速水と友達になった綾坂のことは良くも悪くも周りの者たちに知れ渡った。一匹狼の速水をひそかに尊敬していた日下部にとってその話は最悪なものだった。当時の日下部は速水と同じ不良で、速水に喧嘩を挑んで病院に運ばれた者の一人であった。速水に負けてからというもの、速水に心酔していたのだ。
いきなり現れた変な女が速水と友達に? ふざけんな。
憤りを覚えた日下部は、綾坂が一人きりになった時を狙って綾坂を襲った。
彼にとって女であるとかどうでもよかったのだ。ただ、速水から離れてくれれば。
しかし、綾坂はそう簡単にやられるような女ではなかった。
襲い掛かってきた日下部の攻撃を見切り、少ない動作で躱すと足を振り上げたのだ。綾坂が振り上げた足は日下部の股間を蹴り飛ばした。
あまりの痛さにその場に崩れ落ちた日下部。綾坂は追い打ちをかけるように、真新しいローファーで日下部の頬を力任せに蹴り飛ばした。余談ではあるが、その際に日下部の永久歯が欠けた。
「く、そがぁ!!」
「糞? 自己紹介でもしてくれているのかしら。お優しい不良さんだこと」
「っ!! ぶっ殺してやる!!!」
「そう」
綾坂はただ一言それだけ言うと自身のポケットから携帯を取り出して速水に電話を掛けたのである。
彼女からの電話をとった速水はすぐさま現場に駆け付けた。
その時に、日下部は速水に抱いている気持ちを告白した。日下部の話を聞いた速水は日下部を一発殴った。そうして、こういったのである。
「ふざけんな。文句があるなら俺に直接言ってこい! 綾坂を巻き込むんじゃねぇよ!!」
速水の人間性に惚れた瞬間であった。日下部は見事に速水になつき、彼の後ろをついて回った。速水について回ってから日下部は綾坂と仲良くなりたいと思ったのだが。
速水に言われて日下部は綾坂に謝罪したものの、残念なことに綾坂はこの出会いの件から日下部を嫌っている。
日下部が綾坂と仲良くなることなど、多分一生ないのである。
「俺はもうお前と仲良くなることはあきらめてっから」
「賢明な判断ね」
「ちょっとそこは否定してほしかったなぁ……」
「するわけないじゃない」
悲しそうな顔で綾坂を見上げる日下部に、綾坂は舌打ちで答える。
「で? 聞きたいことって?」
いらだちを含んだ声が日下部に投げられる。
日下部は自身の前に置いてあるコーヒーの入ったマグカップを手に取り、一口飲んでからから口を開いた。
「お前さ、ファーストキスは馬如きにやらねぇって言ってたじゃん? なんであんな嘘をついたわけ?」
ティーカップに伸ばされた綾坂が一瞬だけ止まる。切りそろえられた前髪が影を作り、彼女の顔を隠す。
「……さあ、何の事かしら?」
「とぼけんなよ。俺、見たことあるんだけど」
「何を?」
綾坂の声が剣呑さを帯びる。顔を上げたことによって見えるようになった彼女の顔はまるで人を一人殺したかのような鋭さがあった。
そんな彼女の顔を見慣れている日下部はカラカラと笑って言った。
「綾坂が速水と付き合って間もなくの時、綾坂さ、寝ている速水にキス、したよね」
「…………」
日下部が確かめるように一つひとつの単語を丁寧にゆっくりと発する。綾坂は目を伏せ、ティーカップに口をつけた。
「綾坂が馬の被り物にファーストキスをあげたくないって話をスーパードライ君とカワイ子ちゃんから聞いたときはめっちゃびっくりしたんだよ? ファーストキスなんてとっくの昔にあげた綾坂が、そんなこと言ってるなんてって」
「…………どうでもいいじゃない」
「え~、どうでもよくなくない? 少なくとも俺はめっちゃ気になってんの!!」
「そう」
「あ~! その返事は教える気ないじゃん!! いいもん! 綾坂のファーストキスは寝ている速水だって速水本人に言っちゃうから」
「あなた、人間じゃないわ」
「人間だよ、ひっど~」
「人には隠したいことの一つや二つ存在するのよ。それを暴こうとするなんて無粋な真似だと思わないかしら」
「綾坂は一つや二つと言わずにめっちゃ隠してんじゃん! 別に一個ぐらい秘密暴いてもよくね?」
「よくないわ」
「え~」
綾坂に向かって自身の携帯をちらつかせる日下部。相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「ほらほら~」
「ちっ」
「舌打ちばっかうまくなってんね」
「はぁ……。ええ、いいわ。教えてあげましょう。耳の穴をかっぽじってしっかりと聞くことね」
綾坂はそう前置きをした。
そして自身の背をソファから離して、口を開き、言葉を紡ぐ。
「単純な話よ。……寝ている速水君にキスをしたのは、起きている彼にキスをするのが恥ずかしかったら。……馬の被り物の件のときは起きている速水君とちゃんとキスしたかった。……それだけよ」
頬が赤く染まった顔を背け、小さな声で綾坂はいらえる。平生の彼女の話す速さよりも格段に速い口調だった。
「へ、」
つられて日下部も顔を赤らめる。
まさか、あの綾坂が。アグレッシブで攻撃的な綾坂が。日下部には常に無表情、または、いらだった顔つきでしか接さない綾坂が。日下部の前で、日下部の見たことのない表情を見せたのだ!
「…………なに、赤面しているのよ。気色悪いわね」
「もー、お前マジで可愛くねー!!」
しかし、それは一瞬のことだった。
つられて頬を赤らめた日下部を視界に入れるなり、彼女は汚物を見るかのような目を彼に向け、暴言を吐いた。もし、相手が久瀬や稲葉のような後輩であったならば、綾坂はもっとかわいらしい反応を見せたのだが、それを知るすべを日下部は持っていなかった。
綾坂の絶対零度の眼差しを真正面から向けられ、日下部の顔から熱が一気に引いていく。
「えっと、つまり? お前は普通に速水とキスしたかったってこと?」
戸惑いがちに尋ねると、綾坂は舌打ちを零してから
「だからそういっているじゃない。容量の悪い頭ね。一回死んで真新しい脳みそでも手に入れたらどうかしら」
と言った。
「息をするように暴言吐くのやめてくんね? 流石の俺も傷つくんだけど」
「あなたの弱いハートを強くしてあげているのだから感謝してほしいくらいよ」
「弱くないから!! それに弱かったら不良やってないし、速水に喧嘩も売ってないかんね!!? 俺のハートはお前意外に傷つけられることはないから!!」
「だったらなおさら強くしてあげないとだめじゃない。あなたは丈夫なハートを手に入れることができるわけなのだから、綾坂蛍に感謝することね」
「も~やだ、この女」
「最高の誉め言葉をありがとう」
「むっかつく!!」
ああ言えばこう言う。
日下部は唸り声をあげながら、えんじ色の髪を乱暴にかきむしった。
「もう話は終わりかしら。あなたと話すと疲れるの」
「疲れてんのは俺ね!?!? 綾坂は疲れてないっしょ!?」
「失礼な。疲れるわよ。嫌いな男とお昼の時間を共にするのに疲れないはずがないでしょう」
綾坂は涼しい顔でティーカップに口をつけ、今度は中身を全てのみこむ。
対して日下部は眉間に皺を寄せながら一気に中身を煽った。
「はしたない飲み方ね」
「お前はいちいちうっせぇ」
「あら、あのふざけた口調はどうしたの?」
「お前に取り繕う必要はねぇだろ。もうめんどいんだよ、まじで」
日下部の声が低くなる。平生の明るく溌溂とした声とは対照的に、低く静かな声だった。
日下部春哉の口調は最初、とてつもなく汚かった。敬語も使えない、汚い言葉遣いで話す。そんな日下部を矯正したのは速水と綾坂の二人だった。
二人は大変スパルタであった。
日下部を心から嫌う綾坂は、日下部が汚い言葉遣いを使うたび、または、目上の人に対して敬語を使わなかったたびに日下部を叩いた。速水の前ではデコピンの一つで済むものの、二人きりだと容赦なく手と足で日下部を叩いた。一種のいじめのような光景ではあったが、日下部自身に問題があった上に今後にとても役に立つ指導であったので、特に強くも言えなかった。
そんな鬼の綾坂にたいして、速水は優しかった。もうそれはこの世のやさしさを全て込めたようなものであった。日下部が汚い言葉遣いをしなかったとき、または、目上の人に敬語を使えた時。速水は日下部の頭をなでたり、手持ちの菓子を与えた。
速水綾坂カップルは飴と鞭の使い手であったといえよう。
この二人のおかげで、今の日下部春哉が完成したといっても過言ではない。今ではすっかり敬語が使える。ただ、無理やり口調を直したためにかなり砕けた口調ができあがったりはしたが。
「今日だけは見逃してあげるわ。ほら、私のやさしさよ。泣いて喜びなさい」
「泣きも喜びもしねぇよ」
「前言撤回しましょう」
綾坂が自身の服の腕をまくる。服がまくられたことで白い肌が顔を覗かせた。
やる気に満ち溢れた綾坂を見るなり、日下部は顔を青くする。やる気をみせた綾坂は遠慮も、躊躇も、容赦もしないことを日下部は身をもって知っていた。
「待って待って待って!!! 前言撤回すんな馬鹿!!! 泣いて喜びますから!!!! めっちゃうれしいです綾坂さんのやさしさがマジで身に沁みます!!!」
「はじめからそういえばよかったのよ。もしかして天邪鬼だったりする?」
「……もうどうにでもなれ」
日下部は泣きそうな声を上げて腕と足を投げ出し、ソファに体を沈み込ませる。心なしか、日下部の目は潤っていた。
「さて、からかうのはここまでにしましょうか」
「かなり、いや、もうマジ死ぬほどハードなからかいだな。俺の心はもうボロボロだ」
「あーはいはい、ごめんなさいね」
心が全く籠っていない謝罪が日下部に投げられる。
綾坂は足を組み換えた。そして自身の腕も組み、ソファに深く座り込んで問う。
「それで? ほかに聞きたいことは??」
「……もういいです」
「そう。なら帰るわね」
「…………もしかして、お前」
今までソファに全体重を預けていた日下部が勢いよく体を起こす。その顔には怒りがあらわされていた。
「お前、早く帰るために俺に暴言吐いてただろ!!」
「あら、ばれちゃった」
「こんのぉ!!! くそ女!!!!」
「女性に対して失礼ね」
「お前が俺に失礼だわ!!!!!」
「叫ばないでちょうだい。お店に迷惑でしょう」
「うっぐ…………」
日下部が苦虫を嚙み潰したような顔で言葉に詰まる。彼が綾坂に口げんかで勝てたことは今までに一度もなかった。そして、これからも彼女に口げんかで勝てるとは日下部自身も思っていない。
「……もういいよ、お前と喋ってて聞きたいこと全部吹っ飛んだ」
「そう、残念ね」
全く迷うことなく、彼女は席を立つ。テーブルの上に置かれていたレシートを手に取るとそのまま颯爽と会計に向かって行った。
日下部は綾坂が会計へ行ったのを確認すると、自身の携帯の画面を開いた。
そこにはある人物とのメールのやり取りが残っていた。
「マジであいつらお互いのこと好きすぎるんだよなぁ…………」
ぼんやりした声がドアの開閉時になる軽快なベルの音にかき消される。
なにも考えずに天井を見上げている日下部の元に、店員がやってきた。
「お客さま」
「はいはーい! なんすか?」
「先に帰ってしまわれたお客様からこれを」
日下部の前に店員はコップを差し出す。そこには先ほどのみきったコーヒーのお変わりがあった。
「まじっすか」
「あと、伝言を」
「なになに?」
「『言いすぎました、ごめんなさい。速水君とお出かけの予定がない日に誘ってくれればもっとおしゃべりしてあげるわ』とのことです」
「あっはっはっは!!! マジかウケる!!! 店員さんありがとね」
口をあけ、大きな声で笑う日下部。その声は日下部以外誰もいない店内に大きく響き渡った。店内の音楽も日下部の笑い声にかきけされた。
「もー、まじで、あっはっはっは!!! まじで!! あいつやさしー!!! 天邪鬼はどっちだよ!!!! あっはっはっは!!!!」
茶色いテーブルの上。画面がついている日下部の携帯が置かれている。そこにはメッセージのやり取りが記されていた。
『やほやほ』
『おっつー!!』
『ねね! 速水に聞きたいことあるんだけど!!!』
『おーーーい!!!』
『連投止めろ。通知がうるさい』
『はーい!!』
『で? なんだ?? 聞きたいことって』
『速水は綾坂のファーストキスのことを知ってる?』
『馬の被り物の呪いを解くときのか?』
『違うちがーう!!!』
『それよりずっと前に、寝ている速水にキスしてたの!!』
『知ってた!?!?!?!?』
『知ってた。』
『マジ?』
『ああ。可愛いよな、綾坂』
速水は知っていた。綾坂蛍が、自分が寝ている時にだけキスをしてくれることを。
しかし、それはいつも頬や手だけだった。どんな時でも綾坂は口にキスをしなかった。寝ている時にだけ素直になってくれる自分の彼女の可愛さを速水は寝たふりをしながら堪能していたのである。
日下部春哉がそのことを見てしまったのを人づてに聞いて知ったとき、速水は内心ドキドキしていた。
日下部がそのネタを持ち出して綾坂をからかうことを危惧していたのだ。しかしその心配は杞憂だった。日下部は一度だって在学中にその話を口に出したりはしなかった。速水は高校卒業と同時に心をなでおろしたことを今でも鮮明に覚えている。
速水と綾坂はそれぞれ別の大学へと進学した。
運動を得意としていた速水は指定校推薦を使って大学に入学。反対に綾坂は自身の実力で勝負して大学合格を勝ち取ったのである。進路が分かたれた二人だったが、二人の関係が途切れることは一切なかった。二人の休みが重なれば、何処にでも出かけ、会えない日は絶えず、連絡を交わした。
綾坂も速水も端整な顔立ち故に学校中から注目を集めており、告白されることは日常の中に組み込まれるようにもなっていたが、二人は決して告白に返事を返すことはしなかった。
そうして今も二人の交流は続いている。
「速水君、待った?」
「いや。今来たとこだ」
落ち着いた色のワンピースを揺らして綾坂がやってくると速水は自身の手に握られた携帯から目を離した。速水は綾坂を視界に入れるなり、自身の頬を赤く染め上げて、せわしなく目を動かす。
そんな速水の様子に綾坂は苦笑を零した。
「似合ってる?」
「似合ってる、まじで、すっごく可愛い……」
「ありがとう。そういってもらえてすごくうれしいわ」
速水のいらえに今度は綾坂が顔を赤く染める。
頬をリンゴのように赤く染め上げた二人は顔を見合わせて笑い合った。
「コンタクトにしたんだな」
「ええ。眼鏡だと激しく動いたときに外れちゃいそうで怖いの」
速水の脳裏に、高校の時にあったあの出来事のことがよぎる。
馬の被り物の呪いのせいだったとはいえ、綾坂を背負ったまま空へと飛び出した時のことを速水はしっかり覚えていた。
「もしかして、あの時のことを思い出してる?」
「アハハ……」
考えていることを的確に当ててくる綾坂。速水はたまらず乾いた笑いを零した。
綾坂の細い指が速水の額を打つ。
細い指のどこからそんな力がわいてくるのかと思うほどに綾坂のデコピンの威力は強かった。
「いって!!!!」
「変なことを考える速水君には私からの愛のデコピンをプレゼントするわ」
「めっちゃ愛が籠ってた……うれしすぎてヤバい……」
速水が幸せそうな笑みを浮かべる。
そんな彼をみて綾坂はたまらず吹き出した。
「あはははは!! 速水君は相変わらずね!! ……ほら、そろそろ行きましょう。今日は速水君とお買い物をする日なんだから」
「んじゃ、行くか!」
二人は手をつなぎ、足を踏み出した。
「何を買うんだ?」
「馬のキーホルダーが欲しいわね。速水君とおそろいが良いわ」
「馬はもういいかな……」
その馬(仮)、先輩の彼氏らしい 水城有彩 @mizuki-arisa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます