第13話 後日談
「こんにちは」
「こんにちはー!!」
扉を開き、久瀬と二人で並んで文芸部の部室に入る。
静かな俺の声と高くて元気な声が文芸部の部室の中に響き渡った。文芸部の部室の中には綾坂先輩と速水先輩がすでに来ていて、パイプ椅子に座っていた。綾坂先輩は優雅に足を組み、部室に置かれている同人誌を読んでおり、速水先輩は腕を組みながら綾坂先輩の隣で目を瞑って首を垂れている。多分速水先輩は寝ているのだと思う。速水先輩はいつも俺と久瀬が挨拶したら、元気よく挨拶を返してくれるので、今は本当に寝ているのだろう。多分そう。
「速水先輩、お疲れですか?」
音量を下げた声で久瀬は綾坂先輩に尋ねる。
「ええ。だからそっとしといてあげてね」
「はい!! わかりました!」
「ありがとう」
俺と久瀬は先輩が他の目の前の席に腰を下ろす。
綾坂先輩の前が久瀬。速水先輩の前が俺。もうそれが定位置となってきていた。
馬の被り物を被った速水先輩が戻ってきて、馬の被り物の呪いを解呪してからすでに一週間が経過していた。文芸部に戻ってきた速水先輩と久瀬はあんなことがあった次の日にはもう仲良くなっていた。そして、綾坂先輩の魅力について語る仲にもなっていた。なんでも、二人で綾坂先輩ファンクラブの作成を企画しているのだとかなんとか。俺にはどうでもいい話である。二人が仲良くなったのはきっと、久瀬のコミュニケーション能力の高さと速水先輩の人の好さの二つが合わさった結果だと、俺は思っている。もともと相性がいいのもあるかもしれないが。
閑話休題。
馬の被り物の呪いが解けた次の日からは、本当にもう、大変だった。大変の一言では言い表せないくらいにはひどかった。
まず、先輩方が未確認生命体だとか何とかでニュースに出ていたのだ。朝、テレビのニュースをつけてそのことを知った俺は口に含んだ牛乳を吐き出した。床にぶちまけられた牛乳の片づけをしながら詳細を聞くと、なんでも、
「空から馬の鳴き声とか少女の笑い声が聞こえた」
とか、
「羽が落ちてきたけど消えてしまった」
だとか。
目撃情報が驚くほどに出てきたのであったそうだ。
携帯で撮影した人もいるとのことで、その映像がテレビに映し出されたときに、俺は柄にもなく叫んだ。発狂した、ともいえようか。
だってそこには先輩方が映っていたのだ。映像の画質が悪くてもはっきりと分かった。何故なら、昨日ずっと見ていた二人だったから。……というか、馬の鳴き声と少女の笑い声なんて先輩方二人しかいない。先輩方みたいな体験をした男女がそこらへんにゴロゴロいてたまるか、という話だ。
学校に行ってニュースのことを先輩方に尋ねると、帰ってきた答えは
「ああ、私たちね」
「おお、俺たちだな」
という、感嘆の声。二人はニュースになったことを笑って済ませた。
俺は頭を抱えた。久瀬は先輩方を褒めちぎっていた。
大変だったのは何もそれだけではない。
あの一件から、日下部先輩がやたら文芸部に絡んでくるようになったのだ。日下部先輩が言うには、
「あの話さ~、演劇にしたらめっちゃ面白いとおもうんだよね~! 俺が台本作るためにもあの話の詳細教えてくれない?」
とのこと。
俺と久瀬が何も答えないでいると、日下部先輩は文芸部の部室に乗り込んでくるようになったのだ。文芸部の部室には俺たちのほかにも綾坂先輩と速水先輩がいる。二人にも話を聞こうと突撃してはしつこく話を強請った。部長のくせに何度もやってきては長時間、文芸部の部室に居座るものだから、最終的には、怒った綾坂先輩に出禁にされた。綾坂先輩は日下部先輩のことを容赦なく蹴り飛ばし、部室から追い出したのは懐かしい話である。文字通り、蹴り飛ばしていた先輩はある意味すごかった。その時の綾坂先輩を見た久瀬と速水先輩は顔を真っ赤に染め上げて綾坂先輩を褒め称えていた。ごみをみるような絶対零度の目で日下部先輩を蹴りだした綾坂先輩に一切臆しない二人は通常運転だった。俺は目を瞑って何も見ていないことにした。蹴り飛ばされた日下部先輩は大声を上げて笑いながら部室から退場した。日下部先輩も十分いかれていた。
それ以来、日下部先輩が部室に来ることは無くなり、部の安寧は続いている。
「先輩、今日の部活は何をするんですか?」
抑えた声で尋ねる。
先輩は同人誌から目を話すことなくいらえる。
「特に決めていないわ。何かやりたいことはある?」
「ないです!」
「同じく」
「そう……、なら自分のやりたいことを自由にやる日にしましょう。速水君も寝ているし。何してもいいわ。本を読んでもよし、課題をやってもよし。帰るのも……まあ、別にいいわね」
「わかりました! 課題をやります!!」
「はい」
俺たちは静かに各々のやりたいことに手を付ける。
登下校に使っている学校の指定カバンから教材を取り出そうと体の向きを変える。
あ。
俺の目線の先、今までの先輩方が書いた同人誌が置かれている棚に、あの時の馬の被り物が飾ってあった。
「綾坂先輩、」
「どうしたのかしら?」
「……馬の被り物、どうにかなりませんか?」
「いいじゃない、あそこに置くの」
「馬に見られて過ごすの、居心地悪いんですよ」
「あんなにも可愛いのに?」
「可愛くはないです」
「綾坂先輩の言葉を否定するのか稲葉!!」
「どんなに眺めてもあの馬を可愛いとは思えない」
「可愛いでしょう。ひどいわね」
「稲葉ぁ!!」
「五月蠅ぇ」
俺から馬の被り物を受け取った綾坂先輩は一度家に二つを持って帰ったところ、家族から捨てられそうになったそうで。翌日には学校に持ってきて、部室に飾っていた。
「捨てようとするなんてひどいわよね」
と、先輩はため息をついていた。
しかし、どうして捨てられないと思ったのだろうか。馬の被り物二つはお世辞にも可愛いとも格好いいとも言えない。
限界まで見開かれた目に、少し開いた口。初見ではびっくりするだろう品物である。特にぎょろっとした目が怖い。この馬の被り物をポイ捨てが多い現場に置いておくだけでも効果があると思ってしまうくらいには目力が強い。
正直なところ、部室に置かれるのも嫌だ。置かれている位置的にこちらをずっと見てくるのだ。
「私と速水君が卒業するまでは置いておくつもりなの。我慢しなさい」
「……はあ」
卒業まで半年を切っているから、あと少しと言えばあと少しなのだが、その期間を馬の被り物に見られ続けるということになる。
取っておく必要ないだろ。今すぐにでも演劇部の部室に返してきてほしい。……あ、でも、綾坂先輩は演劇部員にトラウマを植え付けているわけだから、返しに行くとしたら綾坂先輩以外が行くことになる。演劇部の部室には日下部先輩がいる。……返しに行くにしても面倒だな。
どっちに転んでも地獄かよ。
諦めて息を吐き、カバンから教材とノートと筆箱を取り出して机の上に広げる。
筆箱からいつも使っているシャーペンを取り出し、教材とノートを開いた。途中まで書かれた計算式がノートの半分を埋めていた。
シャーペンの芯を出してから握りしめ、計算式の続きを書こうとノートと向かい合う。
次の瞬間。
バンッと大きな音が背後でなった。
「ひゃっ!? なになになに!?!?」
「うおっ!?」
「わ、」
「……」
久瀬がその場で若干飛び、寝ていた速水君が驚きのあまり椅子から転げ落ちる。
俺は驚きのあまり、手が震えた。そのせいで白い紙の上に一筋の黒い線が走った。
綾坂先輩は同人誌から顔を上げて、俺の背後を睨みつけていた。
俺は恐る恐る後ろを振り向く。
「は?」
そこには、灰色の毛並みを持つ馬の被り物を被った人が立っていた。
デジャヴを覚える。
灰色の毛並みの馬の被り物を被った人は男子生徒のようだ。白いワイシャツにチェック柄の青いネクタイ、灰色のスラックスを身に纏っているその人は、文芸部の部室に入ってくるなり、叫んだ。
「綾坂! 蛍!」
くぐもった声は少し前にしつこく聞いた声だった。
まさか……。
嫌な予感が全身を駆け巡る。
「抜けなくなっちゃた! ヘルプ!!」
活気あふれる声。それは、間違いなく……。
「は、え、おま、ええ!?!?」
「えーーー!?!?」
速水先輩と久瀬が戸惑う声を上げる。
「知らないわ。日下部は自分で何とかしなさい」
次は日下部先輩かよ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます