第12話 ハッピーエンドはすぐそこに


「さてどうすっかな」


 速水先輩は眉を顰めて綾坂先輩の頭についている馬の被り物を見分し始めた。


 様々な角度から馬の被り物を眺める先輩に違和感を覚える。速水先輩のことは馬の被り物を被る前から知っていたし、とても可愛がってもらっていたが、馬の被り物を被った先輩のインパクトが大きすぎたせいで、馬の被り物を被っていない先輩を見ると変な感じを覚える。何で馬の被り物を被っていないのか、みたいな。……かなり失礼だな。


 そもそも、先輩は被りたくて馬の被り物を被ったわけじゃないのに。


「……ただ馬の被り物が抜けなくなった感じか?」

「そうだと言っているでしょう」

「言ってねぇよ。……ったく、無茶すんなよ」


 速水先輩は顰め面をしながら、馬の被り物の口と綾坂先輩の首の隙間に手を入れる。


 その目には心配の色が見える。


「ね、稲葉」

「なんだ?」


 久瀬が小声で声をかけてきたので、俺も小さな声でいらえる。


「速水先輩の雰囲気、違くない? もしかして馬の被り物の呪いが解けた時に一緒に人格持ってかれた感じ??」

「あれも速水先輩。……速水先輩、綾坂先輩が絡むとちょっと、いや、かなり近寄りたくねぇけど、真剣な時はまともだ」

「へぇ~!」

「稲葉―、聞こえてっぞ」


 苦笑の入り混じる速水先輩の声が飛んでくるが無視する。


 本当の事だ。


 速水先輩は綾坂先輩が絡むと暴走するが、他の人たちと接するときや真剣なときなどは頼れるいい先輩へと変身する。馬の被り物を被っていた時とはうってかわった雰囲気を持つ速水先輩を見て、

「もう大丈夫だ」

 と、思ってしまう。


 真面目な時の速水先輩ほど、心強い先輩はいない。


「速水君、取るなら早く取ってほしいわ。このままじゃ、首が締まって死ぬ」

「せ、先輩――!!!」


 久瀬が悲鳴を上げる。俺も息をのんだ。


 無理やりこじ開けた馬の被り物の口が綾坂先輩の首にあるのだ。苦しくないはずがなかった。


「わかった」


 速水先輩が深呼吸を一回する。


 俺たちは速水先輩と綾坂先輩を見守ることしかできない。それがもどかしい。


「いくぞ」

「いつでもいいわ」


 鋭い声に平坦な声がいらえる。


 速水先輩は馬の被り物の口と綾坂先輩の首の隙間に入れた手を動かして、馬の被り物の口を握る。


「ふっ……」


 先輩の顔が歪む。


 馬の被り物がギチギチと音を立てた。


 馬の被り物の口がゆっくりと広がっていくのに比例して、先輩の血管の浮き上がる腕の震えが大きくなっていく。


「かってぇ……!!」


 先輩の米神を汗が伝う。


 馬の被り物の口を伸ばすのに、男の速水先輩が苦労するほど力がいるのか。……なら、さっき何も言わず馬の被り物の口を開けた綾坂先輩は?? もしかして速水先輩より綾坂先輩の方が、力が強いのか?? それとも綾坂先輩が規格外なだけか??


 手に汗を握りながら、先輩方を見守る。


 ギチギチと音が鳴る馬の被り物。顔を歪ませながら必死に馬の被り物の口を開ける速水先輩。


 俺は口にたまった唾をごくりと飲み込んだ。


 数分、否、数十分が経ったかもしれない。体感では何時間も見ているような気がした。


 無理矢理開けられた口から綾坂先輩の顔が出てくる。


 綾坂先輩はある程度開いた口から、しゃがんだことで頭を取り出したのだ。


「はっ……」


 綾坂先輩が馬の被り物から脱出したことを確認した速水先輩が馬の被り物の口から手を放す。


 すると、馬の被り物は勢いよく口を閉じた。勢いよく閉じたために馬の被り物が地面を跳ねて遠くまで飛んでいく。


 現れた綾坂先輩は青白い顔をしていた。ハーフアップ髪型が原型をとどめていないほどに乱れている。


「綾坂先輩――――!!!!」

「ほ、蛍――――!!!」


 久瀬と速水先輩が目に涙を浮かべながら、綾坂先輩の胸へと飛び込んでいく。二人に挟まれるようにして抱き着かれた先輩は心なしかにやけているように見える。


「無事でよかったですーーー!!」

「生きてるーーー!!!!」

「ええ。無事だし、生きているわ。失礼な男ね」

「俺だけかよっ!?」

「愛ゆえよ」

「好きだー!!」


 その光景をみて安堵の息が口からこぼれた。


 ああ、日常が帰ってきた。


 はしゃぐ三人を横目に俺は転がっていった馬の被り物を取りに行った。床を転がったためにところどころ汚れている馬の被り物の汚れを簡単に手で払い落す。白い馬の被り物であるせいで汚れが良く目立っていた。


 馬の被り物をまじまじと見つめる。


 動いていた目も耳も動く様子はなかった。俺は呪いとか今まで一度も見えたことない。今もそうだ。呪いなんて見えない。だから、馬の被り物にかかっていた呪いが完全に解けたのかどうかわからない。


 ついでに綾坂先輩が投げた演劇部から借りた馬の被り物も拾う。二つを並べてみても特に変わった様子はなかった。どちらも変わらぬ、ただの馬の被り物だ。こんなものに俺たちは振り回されたのか。


「稲葉君、その二つもらってもいいかしら?」


 二人に抱き着かれたままの先輩が言う。


 ……もらう?


「もらう、ですか?」

「ええ。二つとももらうの」

「え、でも、この茶色の馬の被り物は演劇部から借りたものですよ?」

「それについては、問題ないわ。演劇の部長は日下部君でしょう? 多少の融通は利かせてくれるわ」

「日下部なら問題ねぇな!!」


 満面の笑みを浮かべながら、速水先輩が言い放つ。


 先輩方の様子を見るなり、日下部先輩とは本当に知り合いの様だ。じゃあ、先輩方のあの話も本当なのだろう。


 俺は持っていた二つの馬の被り物を綾坂先輩に手渡す。


「こんなのもらってどうするんですか?」

「記念よ、記念」

「なんのですか?」

「馬の被り物が取れました、記念。本当は翼も欲しかったのだけれど、ほら、綺麗に消えちゃったじゃない」

「はあ」

「反応が薄いわね。別名、愛は彼氏を救う記念」

「か、かっこいいーーー!!」

「っ! お前の愛で俺は救われた!!! ありがとな! 蛍!!」

「はあ」


 少し得意げに言い放った綾坂先輩。その両隣がはしゃいで答えた。



 この後、最終下校時刻になったという放送が流れたことにより、俺たちはその場で解散する流れになった。綾坂先輩は馬の被り物を両手に抱えて持って帰った。その顔は嬉々としていた。

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