第4話 解呪方法


 回想終了。


 今でも思う。なんて濃い回想なんだと。


「校長を説得してなんとかしたのよ」

「先輩すごいです!!」

「ヒヒーーンンッ!!!」


 先輩の場合、脅迫と書いて説得と読むのかもしれない。あれを説得と言ってしまえば、世の中の脅迫は説得という言葉にジョブチェンジするだろう。


「褒めても何も出ないわよ」


 頬を赤く染め、柔らかく笑う先輩。つられて速水先輩は鼻息を荒くする。生温かい息が俺の髪を吹き付ける。


 切実にやめてほしい。


「……それで、なんで速水先輩は学校に来たんですか? まだ解呪できていませんよね? むしろ、悪化していませんか??」


 俺がそう聞くと、速水先輩は項垂れた。馬の耳がぴくぴくと動く。被り物のはずなのに、動くのは、やっぱり可笑しい。本物の馬にだんだん近づいているみたいだ。


「ヒヒーーン、ヒヒ~ン、ヒヒン!!」

「うんうん、それで?」

「ヒヒーーンッ、ヒヒーーンッヒヒン、ヒヒーーンッッ!!」

「まあ!」

「ヒヒ~ン、ブルル?」

「ええ」

「ヒヒーーンッ、ヒヒン!」

「そう」

「ヒヒーーンッッ!」

「私は何をすればいいのかしら?」

「ヒヒーーンッヒヒン!! ヒヒ~ンッ!!!」

「わかったわ」

「っちょ、ちょっと待ってください先輩!!」

「馬の言葉わかる先輩、すごい……かっこいい……!!」

「久瀬は少し口を閉じてろ。頼むから」


 音の高低を変えながら鳴く速水先輩に、速水先輩の言うことをきちんと理解しているらしい綾坂先輩。


 なんで、聞き取れるのかは全くもってわからない。マジで、なんで普通に会話がなりたっているんだ?? 速水先輩は鳴いてしかいないんだぞ?? 俺の耳が可笑しいのか?? いや、でも久瀬も速水先輩の言葉を聞き取れてはいないみたいだったな……。そして、久瀬は何でもかんでも綾坂先輩を肯定するな。もっと突っ込んでくれ。


「……ふう」


 深く吸って吐く。

 落ち着け、落ち着くんだ俺……。

 せり上がるツッコミを必死に嚥下する。全部に言葉を返してたら、夜が明ける。


「疲れてきたかしら?」

「貧弱すぎじゃない??」

「誰の、せいだと!!!」


 目をつぶって、眉間に寄った皺をもむ。

 文芸部に入部してから眉間の皺が濃くなったのは幻だと思っていたい。


「……速水先輩は、なんて?」

「ああ。最近行った場所で解呪の方法を教えてもらったから戻ってきたみたい」

「解呪できるんですか!?」

「ええ、速水君が言うにはね。…………なんでも、解呪の鍵は“愛”にあるそうよ」

「愛!?」

「愛……?」


 興奮気味の久瀬と間抜けな俺の声が重なる。横に座る久瀬を見れば、彼女は目を輝かせて机に身を乗り出していた。


 久瀬はベタな恋愛物語を好む。ベタな恋愛物語なら、性別も種族も関係なく全部読むのだ。いい作品の題名は俺たちのも教えてくれるのだが、調べてみたらNLならまだしも、BLだったり、GLだったりする。そのため久瀬がおすすめする本を本屋で買おうとすると、とても疲れる。主に心が。そして、文芸部に入部してからは、過去の先輩方がかいた同人誌の恋愛物語を全て余すことなく読み込んでいたくらいだ。そんな彼女が崇拝する先輩の口から飛び出した“愛”について、くいつかないわけがなかった。


「先輩! “愛”というのは!?!?」

「キスが効果的であるそうよ」

「キス!?!? キスですか、先輩!!!?!?! 先輩、馬とキスするんですか!?」

「言い方」

「そうよ。速水君とキスするの」

「キャーー!!! 素敵です! 素敵です!!!」

「うふふ」


 頬を赤く染め上げて笑い合う二人。二人の周りには花が咲いているようだ。


 俺は目の前の速水先輩の方を見た。速水先輩はというと、はしゃぐ二人を見て目を細め、花をまき散らしながら体をくねらせている。先輩だから敬うべきだし、こんなことを言ったら大変失礼であるだろうが、言わせてほしい。


 気持ち悪い。


 というか、速水先輩。後輩に馬扱いをされ、彼女には馬イコール速水先輩と思われているのはいいのか?


 綾坂先輩の周りに集まるのは変人ばかりなのだろうか。否、そんなこと言っていたら、俺も変人のくくりに入る。……あれだ、綾坂先輩が周りの奴らの性癖を歪めているのかもしれない。さすが、綾坂先輩。ヤベー。


「稲葉君、失礼なこと考えたでしょう?」

「は?」

「顔に出てるわよ」


 反射で顔を両手で覆い隠す。視界を真っ暗に染め上げたのちに、墓穴を掘ったと思った。


 指の間をそろりと開けて先輩がいる方向をのぞき見すれば、悪戯が成功したような顔をした綾坂先輩と目が合ったような気がした。


「稲葉ぁ!! 何考えた!? 今、何考えた!!!」

「久瀬五月蠅い」

「なーーー!?!?」


 威嚇する猫みたいだ。目じりを吊り上げてシャーと久瀬が鳴く。


「……で?」

「ん?」

「先輩方はキスしないんですか?」

「稲葉君も私たちの熱い接吻がみたいと……」

「茶化さないでください。……呪いが進行すると速水先輩は本物の馬になってしまうんですよね? なら、急がないと、」


 俺は尊敬する先輩がウン十年後に馬になって綾坂先輩に飼われているとか嫌だ。


「そうね。稲葉君の言う通りよ。……キスはするわ。でも、ちょっとね」

「綾坂先輩?」


 言葉を濁し、目を伏せる綾坂先輩を久瀬は心配そうに眺める。今まで前屈みになっていた先輩はゆっくりと状態を起こし、パイプ椅子の背もたれに体を預けるようにして座りなおした。


「ん~、これは私のわがままなのだけれど」


 綾坂先輩の白くて細い指が、先輩自身のピンク色の唇の上を滑る。伏せられた目と色っぽい仕草。まるでイケナイものをみているかのような錯覚に陥る。


「ファーストキスは速水君本人としたいのよね。馬の被り物ではなくて」

「ヒヒーーンッヒヒン!!!!!!!」


 速水先輩が大声で鳴き、机に沈む。どうやら綾坂先輩の言葉は刺激が強かったみたいだ。机に沈み込んだ先輩はそれからピクリとも動かなくなった。多分、生きてはいる……はずだ。部室で殺人事件はやめてほしい。凶器が先輩の言葉とか洒落にならない。


「きゃーー!!! 素敵ですぅーー!!」


 久瀬も声を上げて、机に沈んでいく。


 お前もか。


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