第2話 自己紹介
長机を二つ並べ、長机を囲むようにして俺たちは座る。速水先輩と綾坂先輩が隣同士で、俺と久瀬が隣同士だ。そして俺の前に速水先輩、久瀬の前に綾坂先輩がいる。
なんか、お見合いでもしている気分だな。
「まずは速水君のためにも自己紹介をしましょう。速水君、この可愛い子が久瀬いのりちゃん」
「久瀬いのりです! よろしくお願いします!!」
久瀬が勢いよく頭を下げる。
「さっきも紹介したけど。こちらは私のクラスメート兼彼氏の速水蛍君」
「ヒヒーーン!」
速水先輩が久瀬に向かって頭を下げる。馬の被り物を被っているせいか、頭を下げただけで鼻と口が机にぶつかった。
速水先輩が顔を上げる。鼻と口がぶつかった場所には涎か鼻水かは知らないが、液体がついていた。
「さて、速水君の説明をしましょうか」
綾坂先輩は自身の髪を背中の方へ流すと、腕を組み前屈みとなる。組んだ腕が机に乗ったことで、机がぎしっと音を立てて揺れた。
「速水君、馬になっちゃう呪いにかかっているの」
「説明を省きすぎです」
「そうなんですね! わかりました!」
「おい」
素直なのか馬鹿なのかわかんねぇ……。
「じゃあ、稲葉君が説明する?」
「ご指名だよ、稲葉!」
「ヒヒン!!」
全員の視線が俺に向く。
マジかよ。俺か……。というか、ご指名ってなんだよ。俺はホストじゃねぇよ。
ため息が口からこぼれる。ちらりと綾坂先輩の方を見ると、先輩は生温かい目で俺を見つめていた。きっと先輩はこの状況を楽しんでいるのだろう。俺が久瀬の事を好いているのを知っているからからかいの意も含んでいるのだ。久瀬にいいところを魅せられるよう頑張れ、みたいな……。余計なお世話なんだよな。
俺は久瀬いのりが好きだ。
もちろん、likeではなく、loveの意味で。
久瀬は良くも悪くも素直で、明るく朗らかで、笑顔がすごく似合う奴だ。いつもクラスの中心的立ち位置で、他の奴らとワイワイ騒いでいる。久瀬のことは好きだ。でも、俺は久瀬に好きになってほしいだとか、久瀬と恋人になりたいだとか、そんなことは考えていない。久瀬が俺を好きになってくれたら、それはそれで嬉しいし、なんなら万々歳だし、スタンディングオベーションものだ。
でも、俺は久瀬が笑っていてくれれば、満足なのだ。それだけでいいのだ。
恋ってスゲーよ、ほんと。
……今は、俺の恋とかどうでもいいな。それよりも速水先輩について久瀬に説明しないと。
「俺は大した説明できませんよ」
「いいの。稲葉君のわかる範囲で説明してくれる?」
「はい……」
「頑張れ!」
「応援する前にお前は理解することに全力をそそげ」
「えええぇぇ……」
速水先輩には現実味がなさ過ぎて信じがたい現象が起こっているのだ。簡単に理解できる話じゃない。それに文芸部に所属しているからにはそのことをしっかりと理解しておく必要がある。
ちなみに。速水先輩に関する話は俺も最初は三回くらい聞き返した。
「まず、速水先輩はちゃんとした人間だ。馬の被り物を被ってはいるが」
「そこからぁ!?!?」
「? そこは大事だろ」
大前提を抜かしちゃ駄目だろ。
「んで、速水先輩が被っているのは呪いの馬の被り物だ。うちの学校の演劇部の部室に置いてあったのを先輩の友人が先輩に被せたら、取れなくなって今に至る」
「なんで呪いの馬の被り物がうちの学校の演劇部の部室にあったの!?!?」
「俺も知りたい」
「それに関しては学校側の不手際よ。校長の所有物だったの、これ」
綾坂先輩が組んだ腕をほどいて、速水先輩の被っている被り物を引っ張る。
引っ張っても被り物が取れる気配はない。
「校長先生のだったんですか、それ」
「そうよ。なんかいろいろあって演劇部の部室に置かれていたみたい」
「なんかいろいろって何ですか」
「なんかいろいろは、なんかいろいろよ。どうでもいいことは頭から抜け落ちてしまうのよね」
「どうでもいいことなんですか……」
「先輩にとってどうでもいいことはどうでもいいことなんだよ!」
「ええ……」
先輩の“どうでもいい”の基準は俺にはわからない。
そこは結構重要なんじゃないのか……?
「……まあいいや。久瀬、ここまででわからないことは?」
「ない!」
「じゃあ、次な。速水先輩が今まで学校に来ていなかったのは、呪いの馬の被り物を被ったことで呪われたからだ。呪いを解くためにも、先輩はいろんなところに行ってた。……ですよね? 速水先輩」
「ヒヒン!」
鳴き声一つが返ってくる。
これはそうだよ、ということなのだろうか。先輩に目を向けると、サムズアップが返ってくる。あっているのか。
「呪われたっていう、非現実的なことで学校休めるんですか?」
「…………綾坂先輩が、校長を脅したんだ」
「いやね稲葉君。人聞きが悪いことを言わないで頂戴。私は校長を説得しただけよ」
「包丁片手に持って校長室に乗り込んで行ったじゃないですか」
「包丁は家庭科室に落ちていたの。私は拾っただけよ」
包丁という名の凶器が学校に落ちているわけないだろ。
思わず叫びそうになったのを必死にこらえる。喉まで出かかった言葉を飲み込むのにはひどく時間がかかった。
俺はあの時のことをとても、それはとっっっっても、鮮明に細かなところまで覚えている。あんな印象深いことは忘れろと言われても無理だ。
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