3
「はぁー」
三台の洗濯機が働く音の中、裕太は気が付けば大きな溜息をついていた。
「どうしたんですか?」
「何か悩み事か?」
「え? いや、まぁ……」
俯く裕太越しに男性と女性は顔を合わせ無言の言葉を交わす。
「私たちで良ければ聞きますよ」
「あんたには世話になってるからな」
「そうですよ。解決できるかは分からないですけどもしよければ」
その優しい言葉に顔を上げた裕太は二人を交互に見た。特に付き合いが長い訳でもなく週に数回このコインランドリーで会うだけの二人。
だけど裕太にとってこの二人は友人のような存在になっていた。
「ありがとうございます。――実は……。もしかしたら彼女が浮気してるかもしれなくて……」
振り絞るように裕太は胸に抱えた悩みを声にした。その言葉に二人は互いの顔を一瞥するがすぐに視線を間の裕太へ戻した。
「勘違いとかじゃないのか?」
「最初はそうかもと思ったんですけど、最近よくスマホ見てるし、しょっちゅう友達と遊びに行ってるし、でもその話聞こうとしたらなんか話したがらないというか話題を逸らしてくるんですよね」
「――それは、なというか……」
「怪しいな」
「やっぱそうですよね」
二人の肯定的な言葉に裕太は深く溜息をつき肩を落とした。
「なんか明後日も夜に出かけるらしくて。あんまりしつくこく訊くのもアレですし。はぁー、どうしたらいいですかね?」
裕太の両側でシンクロしながら腕を組み頭を悩ませる二人。
そして少しの間、洗濯機の機械音が鳴り響くとおもむろに男性が口を開いた。
「いっそのこと後を付けてみるってのはどうだ?」
「明後日の予定をですか?」
「あぁ。自分の目で確認した方が納得できるだろ?」
「それはそうですけど……。もし本当に浮気だったら……」
「あっ、それじゃあ私達も一緒について行ってあげますよ」
名案だとい言わんばかりの勢いで女性はそう提案した。
「そうだな。ただあんたがいいならだが」
その提案に真っ先に乗ったのは男性。
「でも急にいいんですか?」
「もちろんですよ」
「あぁ。構わない」
二人の快い返事に裕太の胸にあった不安は少しばかり晴れ、それは表情にも明るさとして現れていた。
「それじゃあ、申し訳ないですけど付き添いよろしくお願いします」
「ならまず連絡先交換しませんか?」
「そうだな」
女性の更なる提案でラインを交換した三人。男性は真人、女性は茉奈。自己紹介をしていなかった三人はそこで初めて互いの名前を知った。
* * * * *
二日後。
先に家を出た裕太の彼女である優菜を真人と茉奈が先に追い、後から裕太という形で三人は合流。二人は駅前にある銅像の前でスマホに視線を落とす優菜の姿を確認できるカフェの窓際の席に座っていた。いつものコインランドリーで会う時よりちゃんとした私服姿に新鮮味を感じながらも裕太も席に腰を下ろす。
「どうですか?」
「まだ一人だな」
「今日は何て言って出かけてましたか?」
「友達と遊ぶって言ってました」
「おい。誰か来たぞ!」
真人の小声だが力の籠ったその声に裕太と茉奈は優菜の方を見遣る。笑顔を浮かべる優菜の隣に歩いて来たのは男だった。しかもかなりモテそうな容姿をした。
何を話しているのかは分からないが優菜は終始喜色を浮かべ楽しそう。その姿に裕太は唖然としていた。
「中々のイケメンだな」
「確かに。というか優菜さんってめっちゃ可愛いですね」
「こう見ると――お似合いだな(お似合いですね)」
声を揃えて率直な感想を言った二人が裕太へ視線を向けると彼はすっかり顔を俯かせていた。
「やっぱり……。しかもあんな僕に勝ち目なんてなさそうな人と」
もう終わったと言わんばかりの嘆息が言葉を追うように零れ落ちる。そんな裕太に真人と茉奈は一度顔を見合わせ無言の会話をした。
そして再び視線を裕太へ。
「でもまだ決まった訳じゃないですし」
「本当にただの友達かも」
「あっ、ほらどこか行っちゃいますよ」
「よし。行こう」
二人は半ば強引に裕太の腕を引きカフェから出ると適度な距離を保ちながら尾行を開始した。
「でも今のところは特別恋人っぽい感じはないですよね」
「ずっと楽しそうだけどな」
「ちょっと真人さん。友達同士でもあれぐらい楽しそうにしますって」
そう言った茉奈がチラッと後ろを確認するように見ると裕太はすっかり肩を落としていた。
それからも優菜と男の後を尾行し続けた三人。前の二人はカフェに寄り服を見た後、アクセサリーショップをいくつか回っていた。指輪やネックレスなどを互いに渡し合いその付けた感じを見合っては色々と楽しそうに会話をしていた。
「随分と恋人っぽいけどな」
「まぁ……。そう言われればって感じですね」
「はぁー。僕一体どうしたら……」
もうすっかり諦めモードに入っていた裕太は何度も溜息を零していた。
「もういっその事、直接訊きに行ったらいいんじゃないか?」
「えっ? 訊きに行くって今ですか?」
「あぁ。この状況なら言い逃れも出来ないだろう」
「でも友達って言われるんじゃ……」
「男の方が彼氏持ちって分かってたらそう言う可能性はありますよね」
「突然、現れて訊かれる訳だから多少なりとも反応に出るだろ」
「もし浮気だったらどうしたらいいんですか?」
「それはあんた次第だろ」
「もしもそうだったら私たちが慰めてあげますって。ねっ、真人さん」
「飯でも奢ってやる」
「でも……」
「あっ、ほら! 出てきますよ」
優菜と男はそれぞれ紙袋を手に持ちながらお店から出て来た。
「さっ! 行きますよ」
「ちょっ!」
そして茉奈は裕太の腕を引きお店の前で話しをする二人に近づいた。
「ちょっとお姉さん」
その声に優菜は言葉を止め茉奈の方を見た。そして彼女に引っ張られてきた裕太に気が付くと瞠目し声を漏らす。
「裕太? こんなとこで何してるの?」
「えーっと……」
「ちゃんと言わないと駄目ですからね。大丈夫。私たちがついてますって」
気まずそうにしながらも後ろを向いた裕太は茉奈と真人の顔を一度ずつ確認した。そして再び前を向くと覚悟を決めるように息を吐く。
「え? 何、どうしたの? ていうかその人たちは?」
「優菜さ。最近よく友達と出かけてるけどその人?」
裕太は優菜の隣で事の成り行きを見守る男を指差した。
「うん。まぁ、最近は多いかな。それがどうかした?」
「いや。――最近、よく出掛けるしそれにスマホもよく見てるし、それなのに話を聞こうとしても逸らすじゃん。だから……」
もし本当に浮気で優菜と別れる事になったら嫌だという思いから裕太は言葉を詰まらせた。だが続きを――ちゃんと訊かないといけないと分かっている。彼は詰まった言葉を吐き出す為に大きく息を吸った。
「もしかして浮気してるんじゃないかって。どうなの?」
裕太の言葉に口を半開きにした優菜と男はゆっくりと互いの顔を見合った。街の喧騒の中、ぽっかりと穴の空いたような沈黙に包まれる五人。
だがそれは優菜の堪え切れないといった笑い声に埋め尽くされた。
「もしかしてあたしが彼と浮気してるんじゃないかって心配してたの?」
「してるよ。今も」
眉を顰めながら裕太が答えると優菜は少し笑った後に彼の目の前まで足を進めた。
「それはごめんね。でも大丈夫」
そう言うと優菜は裕太の手を取るとその上にお店の紙袋を置いた。
「早いけど。はい、誕生日おめでとう」
「えっ?」
「裕太って誕生日のお祝いとかあんまりして欲しくないタイプじゃん。それにプレゼントも欲しがらないし。でもあたしはお祝いもプレゼントもちゃんと貰ってるし、それに今年は付き合って五年っていうちょっとした節目でもあるからさ。たまにはお返ししてもいいかなって思って。だから手伝ってもらったの彼に」
優菜はそう言うと後ろの男を手で指した。
「代わりにあたしが彼の彼女さんのプレゼント選びを手伝ってね」
「だから話も逸らしてたの?」
「だってついうっかりボロが出たら嫌じゃん。絶対に買わなくていいって言うし。でも買っちゃったらもう貰うしかないから」
裕太は優菜から手の上にあるプレゼントへと視線を移した。そして視線は再びいつものその魅力を倍増させる笑顔を浮かべた優菜へ。裕太はそんな彼女を見つめながら段々と自責の念に駆られていゆくのを感じていた。同時にこうして疑ってしまった自分を情けなさも。
「ごめん。僕の為だったのに……。こんな風に疑っちゃって。優菜ごめん」
「裕太が謝る事ないよ。あたしだって隠してた訳だし。不安にさせてごめんね」
そして二人は互いに許し合い仲直りのハグをした。
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