第6話 探索者とお宝と白骨死体

「変な客だった」


 とある日の夕食。男が息子と向かい合い、晩酌のビールを片手に言った。


「変なって?」


 眼鏡をかけた息子が、ラザニアをつつきながら問い返す。

 息子は頭の出来が良く、地元の高校を出たら物理化学系の大学に進学する予定となっている。ひょっとしたら息子に話せば何かわかるかもしれない。男はそう思って、その客の話をし始めた。


「とにかく変な客が来てな、変な石を買えと言ってきたんだ」




 男は古物商である。

 祖父までは宇宙を股にかける行商人だったが、親父の代になる時にそこそこ栄えた航宙路ジャンクションにある宇宙ステーションに、テナントを一つ買って自宅兼店舗として定住し始めた。

 主に中古の宇宙船やそれらのパーツを取り扱う傍ら、宇宙船の買い替えや改造の際に出たり必要になったりする雑多な家具、インテリア類の取引を行っている。

 変な客は後者の商売の客だった。


「おっさんおっさん!ちょっとこれ見てくんね?」


 妙になれなれしいような、しかしどこか距離感があるような。そんなだまし絵みたいな印象を受ける若い男だった。

 彼は見慣れない貴石の一種と思われる石を持ち出して


「これ、買い取ってくんない?モルモ石っていうんだけど」


 などと言ってきた。

 男は難色を示した。一応飛び込みの買い取り客も取るには取るが、基本は自分の所で中古パーツの売り買いをした相手への、サービスくらいの気持ちでやっている商売だ。増して貴石類は人工物や偽物も多く、よほどの目利きでなければやけどをする類だ。どうにか断ろうとするが客は食い下がる。


「ほらほら!ただ奇麗なだけじゃなくて、スッゲー珍しいんだってこれ!」


 男は方位磁針を持ち出して


「これ!どっちを向けても、どっから磁石を向けても、ずっとN極を向くだろ

 この石、S極しかないんだぜ!」


 だからどうした。

 婉曲的な言い回しをやめて追い返そうとするが、客はさらなる粘りを見せた。


「おーけーおーけー!わかった!わかったって!

 じゃあさ、物々交換でいいから!ほら!そこの誇り被ってるおもちゃのフィギュアの箱と交換でもいいから!!」


 もう面倒になり、さりとて警察を呼ぶのも体裁が悪いので、売れ残っていた古ぼけたおもちゃと交換で、それを受け取った。

 ほくほく顔で帰っていく客。

 一体何がしたかったのか?というかこの石は結局何なんだ?

 男は同じ商店区画にもう一軒ある古物商仲間に連絡を取った。そいつは石関係に詳しかったはずだ。


「ああ、モルモ石を売りに来た客だろう」


 なんと電話先の古物商の店にもその客は来ていたらしい。

 このモルモ石とかいう石は、とある惑星のナノマシンが作る半人工宝石であり、そこそこ珍しいが別にそれほど高価なものではないらしい。価値としてはあの売れ残っていた箱入りおもちゃより若干高い程度。

 収支としては得なのか?そう思った男に電話先から気になる言葉が飛んできた。


「商えない品でもないんで、数があるならまとめて買おうって言ったんだがなあ」


 つまりその客は、なぜか一個だけ売って帰りそしてまたわざわざここでもう一個売って帰っていったということだ。

 あの物々交換でいいからとまでいって石を押し付けようとした態度を踏まえて考えると、まるで複数の店にモルモ石を一つずつばらまくのが目的だったようだ。





「なあ?不思議だろ」


 男は語り終えてビールを一口し、そこでようやく、息子の様子がおかしいことに気付く。

 息子の顔は汗まみれだ。目は丸く見開き眼鏡は半ばずり落ちている。ラザニアをつついていたフォークはテーブルに落ちていた。


「どうした?」

「と、父さん!そ、その石!その石見せてくれ!」


 息子のただならぬ様子に、男は気押されながら頷いた。

 自宅は店の二階だ。転がるように店に降りていく息子の後を男は追う。

 モルモ石は棚に適当に置いてあった。

 息子は震える手でその石を手に取った。

 磁石を近づけたり砂鉄をまぶした画用紙の上に置いたり。

 その真剣な様子に声をかけるべきか否か迷っていると、不意に息子は動きを止め


「―――モノポールだ」

「なんだって?」

「モノポールだよ父さん!

 モノポール!モノポールだ!モノポールなんだよ!!

 モノポオオオオオオオオオオオオオオル!!!!」


 半狂乱で叫ぶ息子を見て、男は茫然と


「なんなんだよ、一体」














「なんなんだよ、一体」


 古物商と同じセリフを、数百光年離れた星でジン・クワジット少年が口にしていた。

 ジンがいるのはモルモがいる河川敷の近くの、歩道橋の上だ。

 そこから河川敷公園と、そこに押し寄せる人の群が見渡せた。

 群れの先端は河川敷公園の入り口の前で止まっている。

 そこには数人の警察と、彼らを盾にするようにして控える小さな集団がいた。保護派と開発派だ。

 犬猿の仲ぶっていた両団体は、今や呉越同舟とでも言う風に寄り添いながら河川敷公園の前に陣取っている。

 そこでは言い争いが生じており、その内容は断片的に、ジンの耳にも届いている


「だぁかぁらぁ!俺らは個人的にモルモ石を拾い来ただけなんだ!個人で拾うのは許可されーーー!」

「き、君達みたいな団体で個人的、というのはーーー」


 詰めるのは群衆。たじたじになるながら対応するのは、盾代わりにされた警察だ。


この群衆はモルモ石を拾いに来た者達で、それを止めようとしているのは、開発派と保護派の両団体だ。

 いや、厳密に言えば彼らが拾いに来ているのはモルモ石ではない。モノポールだ。


「ドクターのえるの!実☆験☆室うぅ~!課外授業編!」


 聞こえてきた奇声にジンは目を向ける。

 目を向けた方には、巻きを描いた瓶底めがねをかけた覆面の小学生くらいの人物がいた。彼、もしくは彼女は、撮影用ドローンに向けて妙なポーズをとっている。

 カメラの向きを考えるに、彼の背景に川と、そしてそれに押し寄せようとする群衆が収まるような構図になっているはずだ。


「今日先生が来たのはぁ!ここっ!」


 といって空中を指さし


「銀河系のこの辺にある可住惑星(アースプラネット)、セントエルモーⅢでぇす!」


 多分、編集時にそこに地図を被せるつもりなのだろう。


 おそらくこの人物は、宇宙広域ネットワークに動画などを流すことを生業、あるいは趣味としているビデオブロガーーースペチューバーという奴だ。

 周りを見渡せば同じようにカメラに向けてあーだこーだやっている人物を見かける。

 なお、セントエルモーⅢとは、この惑星のことだ。

 さて、なぜスペチューバー達がこんなに集まっているかと言うと―――


「―――そのモルモ、っていうナノマシン生物が作るのがモルモ石なのですが、ななななんと!そのモルモ石の中に、モノポール化している物が含まれていると話題になっているんですねえ!いやあ、先生びっくり!

 あまりにびっくりしたんで、ついつい学校休んで駆け付けちゃいました!」


 ―――というわけだ。

 




 今、セントエルモーⅢは、振って湧いたモノポール騒動で、空前の賑わいを見せていた。






 モノポールとは、S極かN極かのどちらかの極しか持たない磁性体である。

 と、こう簡単に書くと大した存在のようには思えないかもしれないが、量子力学の世界においては、非常に重要な意味を持つ物質だ。

 それは西暦紀には存在が予言された未確認物質であり、ビックバンの直後に生じた宇宙の化石であり、素粒子工学の世界に技術的飛躍をもたらし得る夢の素材だ。

 後地球歴P   E710年現在では実験室的にはどうにか存在させることはできている。しかし通常空間で安定して存在し、しかもそれが地面から出てくるなど驚天動地の大発見だ。


 数日前、とある古物商の息子が報告したのを皮切りに、陰陽双帝国の各所で、モノポール化したモルモ石を発見したという報告が相次いだ。

 宇宙をまたにかっける超高速ネットワーク上に拡散したその情報は、セントエルモーⅢに多くの人を集めた。

 野次馬に、学者に、スペチューバーに……。

 その中でも一番多かったのが、宇宙資源探索者スペキュレイターだ。






 ジンは足元に落ちた影に気付き、空を見上げる。

 上空に宇宙船の腹が見えた。

 それも一隻ではない。大小数十隻の宇宙船が、大気圏航行モードで街の、というより川の上を巡っている。その船体には、素人目にもわかるようなあからさまな武装が詰まれている。宇宙資源探索者スペキュレイターの宇宙船だ。





 宇宙資源探索者スペキュレイターとは、宇宙のまだ見ぬ資源や開発余地のある星を探す専門業者だ。宇宙船が通過する航路の開拓、探索を行う業者も広義の上では宇宙資源探索者スペキュレイターである。

 未開の地に船を進め、お宝を探し、時に奪い合う現代の海賊―――というのがイメージだが、実際は高度に訓練された宇宙航行士達である。未開地の探索を主業務としているだけあって、自衛、自力救済のための武力は持っているが、それをめったやたらに振り回すようなことはしない。コンプライアンスが厳しいこのご時世、分かりやすい荒くれ者は、メインの取引相手である政府や巨大企業と相性が悪いのだ。

 ほぼ丸腰に近い警察数名とデモ隊に対して、数も多ければ腕っぷしも強い宇宙資源探索者スペキュレイター達が、文句を言いつつも暴力を用いて強制的にモルモの川に突っ込もうとしないのはそのため―――ではあるが、いい加減宇宙資源探索者スペキュレイター達も焦れてきている。いつ実力行使でデモ隊達を押しのけるかはわからない。

 そのことをデモ隊も感じているのか、後ろの方から少しずつ抜け出していく者達がいる。デモ隊のほとんどは仕事や友人付き合いなどのしがらみで参加しているだけだ。本格的な武器を持った自分達より圧倒的に多い群衆とぶつかるなど、付き合ってられないのだろう。


「いいから入れろーーー」

「いや、だからーーー」


 河川敷公園の入り口での押し問答が、段々激しくなってきている。

 モルモの住む川は、両側を崖のように急峻で深い土手が挟んでいる。雨期になるとこの河川敷全体が水没し、乾季になると川幅の中央に一筋の流れを残し10㎞以上の幅の広大な河原が広がる。そこには川の流れによって運ばれた岩石と、モルモがいた証であるモルモ石が残される。

 今は乾季の初め頃。土手の下には広大な河原に、土手の上からでも見てわかるほどに、石と石の間にモルモ石が陽光を反射し、眺めている者達の欲を煽る。

 そして、その誘惑に負けたのは、土手の上にいた、一人の男だった。

 河原に降りるには、普通は河川敷公園の入り口を経由する。そこだけ傾斜が緩めで、階段ついているからだ。堤防の他の部分は急峻で、上からのぞき込めば垂直に錯覚するほどだ。普通はやらない。だがそれは、言い換えれば無理をすればどうにか降りれる程度の斜面だ。

 一人が斜面を滑り落ちるように土手を降り、河川敷に立った。

 そこからは雪崩となる。群衆は次々と飛び降りるように土手を下た。それを見た公園の入り口側に詰めていた者達も動いた。邪魔をする警察やデモ隊を押しのけて公園に、そしてその裏にある河川敷に降りる道へ殺到する。最初から及び腰であったデモ隊に、一度生まれたその流れを止める力はない。

 降りた群衆たちは河原に広がりモルモ石を選り始める。片手には鉄片を持ち、磁力の高いモルモ石を探し、ついで磁石や磁場測定器を近づける。

 やがて比較的早い段階で河原についたものの一人が、叫んだ


「モノポールだ!本当にモノポールだぞ!!」


 怒号のような声が河原で挙がり水面を揺らした。

 それと同時に群衆は、スペチューバー等の例会社を除き、皆で競い合いながらモルモ石を拾い始める。

 もう磁力があるかどうかなど関係ない。とりあえず拾えるだけ拾い、後で選り分けるようだ。

 手で表面に落ちていたモルモ石を拾っていたが、すぐに目につく範囲からはなくなり、やがて河原に堆積する石を掘り始めた。

 最初は素手で押しのけるだけだったのが、いつの間にかシャベルやつるはしが持ち込まれていた。


「やめろ!道具で掘るのは禁止だ!」


 群衆の侵入を止めようとしていたデモ隊の中から、数名が飛び出して声をあげた。だがそれに耳を貸す者達はなく、またデモ隊の大半もそれに追従しようともしない。追従するどころか、なぜか必死になってとめようとする数人を、彼らは不思議そうに眺めるだけだ。

 そうこうしていると、河原の一角で歓迎されないものが掘り出された。


「げっ、仏さんがでたぞ」


 それは人骨だった。

 掘り出したのは宇宙資源探索者スペキュレイターの一人だった、


「くそ、厄介な」


 悪態をつく宇宙資源探索者スペキュレイター。宇宙の資源探索をする彼らにとって、死体は割と見慣れたものだ。

 宇宙開拓黎明期の遭難船は、宇宙資源探索者スペキュレイターにとってはちょっとした臨時収入の源であり、必然的にその遭難船の“元乗組員”とは顔なじみになる。

 そんな彼らにとって“白骨死体を見つける”というのは“役所や警察にいって面倒な手続きをしなくちゃならなくなった”と同じ程度の意味しか持たない。

 もしここが宇宙で、発見者が不心得者ならば、そのまま見なかったことにして投棄、といのも選択肢だ。しかし発見者はどちらかというと真面目であり、また白昼堂々の発見でもある。見なかったことにはできない。

 ため息交じりに、他のパーツが埋まってないかと周囲を掘り出した時だった。


「こっちも死体が出たぞ」

「こっちもだ!」


 ぽつり、ぽつりと。

 河原のあちこちから声が上がり始めた。一つ二つではない。あちこちで、両の手の指では間に合わない程の白骨死体が見つかる。

 一時の熱狂も醒めつつあったタイミングでのこの発見は、群衆の手を止めさせた。

 どよどよとざわめく群衆の中で


「ああ……」


 河原を掘ろうとするのを止めようとしていた者達が、絶望したような表情で、ため息をついて座り込んだ。






 セントエルモⅢから数千光年離れた双帝国首都、惑星“アマツ”の蒼京で、レベッカ達は壁に投影したディスプレイを見ていた。

 大きなディスプレイには、小さく画質も荒い恒星間通信によってとどけられた動画を、さらに限界いっぱいまで拡大された映像が映し出されていた。


『白骨死体です!何人分もの白骨死体が―――』

「これが、MINや地元政府が二派閥に分かれて河原を掘る、掘らないってやっていた理由なのね」


 画面に映るスペチューバーの声を聞きながら、シェラザードが訪ねる。

 尋ねる相手は角一だ。角一はディスプレイも見ず、古物商で物々交換したフィギュアの箱から中身を取り出していた。


「ほぅら、カトレちゃ~ん。ヒダリー将軍のおしゃべりフィギュアだぞ~」


 同じくディスプレイを見ていなかったカトレに人形を差し出す。

 恰幅のいい壮年の男の人形だ。衣装は軍服風で、口元には筆髭。

 差し出されたカトレがその頭部を押すと


「シベリア送りだ!」


 人形が喋った。

 カトレが頭を押すたびに人形はランダムで「シベリア送りだ」の他に「ウラー」だの「あまり私を怒らせない方がいい」など言ってくる。

 それを見ていたハラフィが


「なんだね、その悪趣味なフィギュアは。例の魔法将校と逆方向に教育に悪そうだが」

「ん?ミギーしってるなら見おぼえない?これは――」


 と角一が答えるより先に、先ほど無視された形となったシェラザードが割り込み


「魔法将校ファシストミギーの敵役のヒダリー将軍。1期無印ではシリーズの黒幕としてミギーの前に立ちはだかり敗北して死亡するも2期ジェノサイドからは再生怪人としてなんどとなくミギーの前に立ちふさがる人気キャラ。負けるたびに機械パーツ部分がふえていくけれど見た限りにおいてそれは機械パーツのない1期バージョンと思われるわ。

 ―――さて、これでいいわね。

 それで―――」


 一息で説明の全てを言い切った後、角一がまた何か余計ないことを言う前に


「これが、MINや地元政府が二派閥に分かれて河原を掘る、掘らないってやっていた理由なのね」


 シェラザードは、逃がさんぞ、とでもいうように角一の目を見つめて改めて尋ねた。

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