第5話 石拾いと進路と人としての正しさ

「なんだ、こんな時間で一人で

 ひょっとして君もボッチ?」

「違げぇよ!!」


 河原にて、出合頭に角一から投げかけられた言葉に、ジンは反射的に言って、その後唇をかむ。

 実際、今の自分はボッチだ。どっちにかにつくために他方を捨てられず、結果どちらからも距離をとることっている。

 ジンの様子に対して、角一は肩を竦めて


「暇ならちょっと手伝ってかね?」


 河原で再開した調査局の男――角一は、ジンに向けて言うと、返事も待たず作業を始めた。

 モルモ石の拾い集めだ。


「へえ、結構強くくっつくもんだなあ」


 調査局の男が、拾ったモルモ石をくっつけたり離したりしながら、より磁力の高い石を選んで袋に入れていく。どうやら、磁性の強いモルモ石を集めているようだ。

 モルモ石は、モルモの排泄物だ。

 モルモは水中に棲む。水中の他のナノマシンからエネルギーを受け取り活動し、水中の重金属イオンを集め、ケイ素と混ぜて結晶化し、綺麗な水と共に吐き出す。モルモのナノマシンとしての役割は、金属汚染された水の浄化なのだ。

 排泄されたモルモ石は含まれる金属の種類によって独特の色味と、そして磁気を帯びる。

 角一は磁気の比較的強い石をより分けて、手提げ袋に詰めていった。


「なあ、なにしてんだ、兄ちゃん」

「ん、ああ。小道具集め」

「小道具?」

「うん、この騒ぎを終わらせるための」


 ジンは顔をあげた。

 この騒ぎが、この分断された状況が終わる。

 だがそんな期待は、


「あ、言っとくけど、終わるのはデモとかの話だけで、今真っ二つに分かれてる君のクラスやご近所さんたちのことはどうにもならんと思うぞ」


 無造作に言われた言葉で叩き潰された。


「な、なんでだよ!?」

「いやほらさ。俺はなんとなくチラ見しただけだけど、もうモルモとか関係なくなってない?」

「―――っ」


 角一の言う通りだった。

 はじめは純粋に、モルモの保護か開発か、どちら側についているかということで別れていた。

 しかし時間がたつにつれ、分かれている理由が増えてきた。

 バスケかサッカーか?どっちの漫画か?スニーカーのメーカーは?

 元々はどちらにもサッカーが好きな奴も、バスケが好きな奴もいた。

 けれどもいつの間にか『開発派の連中はサッカーが好き』『保護派はバスケ好き』という決めつけが始まり、各々の陣営の中で『サッカー好き/バスケ好きでないのは裏切り者』という空気が生まれ、嗜好が分かれ始めていた。


「こういう派閥争いってさ、最初はなんか理由があるけど、その内派閥を維持することが目的になるんだよね。

 その内、仲間内にありもしない共通項を探して、相手とないに等しい相違点を探して、『俺達はこれこれこうだから集まっている』『あれこれそうだからあいつらと別だ』と言い出す。

 派閥を維持する理由探しとしてね。それがその内『あいつ等とはこの点で違うから俺達が正しい、まともだ、上だ』『アイツらはああだから間違っている、変だ、下だ』って言い出して、ますます内に固まり、相手と溝を作る」


 嫌になるよなあ、と、角一は笑う。

 他人事のように。

 いや、他人事だ。この調査局員にとってこの星の、この地域の分断の問題は、他人事なのだ。

 だがジンは、その真ん中にいる当事者だ。

 怒りのままに、ジンは持っていたモルモ石を地面にたたきつけて


「―――じゃあ、どうしろってんだよ!!」


 叫ぶ。無関係なところでへらへら笑う角一に噛みつくように。


「ガッコの連中はすっかり真っ二つ!

 近所の商店街もピリピリして、何かある度にいがみ合い!

 どうしてこんなことになってんだよ!なんで誰もなんとかしてくれねえんだよ!

 俺は、どうしたらいいんだよっ!」

「受験して出てけば?」

「はぁっ!?」

「君、来年で中学生ミドルだろ?

 だったらその時、地区の学校スクールじゃなくて受験が必要な進学校行けばいいじゃん」


 双帝国は、本領も構成する属領、地方領も、基本的に義務教育制度が行き届き、小学校リトルスクール6年、中学校ミドルスクール3年の義務教育が敷かれている。基本的には中学校ミドルスクールは指定された学区の場所に決まっているが、例外として、成績優秀者や特殊な進路を志す者は、その能力に従い学区を超えた進学が許される。


「君、成績かなりいだろ?今からちょっと試験対策すれば奨学金付きで大体いけるるって」

「な、なんで俺の成績……」

「いやほら、俺、調査局員だし。そのくらいならちょちょいのぱっぱで。

 まあ、でさ。捨てればいいじゃん?こんないがみ合うばかりの居心地悪い田舎の地元なんてさ。頑張って勉強して、シティでアーバンな青春目指したら?」


 ジンの脳裏に、一瞬、その光景が思い浮かんだ。

 一切を清算して、こんなくだらない派閥争いのある地元を捨て、新しい仲間と、友人と、楽しく過ごす自分。

 だが……


「―――できねえよ」

「なんで?」

「俺……またみんなと、一緒に遊びてぇよ……」


 涙が出てきた。

 都会に進学した自分の想像の中で、一緒に遊んでいた友人の顔は、そのまま地元の友達の顔だった。

 またみんなと一緒に遊びたい。

 そんな子供じみた夢と、それがかなわないと突きつけられた現実。


「ちくしょう……なんで俺、こんな、おっさんの前で……泣いて……くそ……」

「俺も涙良いっすか?おっさん扱いで泣いていいっすか?

 けどまあ―――」


 角一がジンの前に立った。

 目をこするジンの顔を覗き込むようにして


「―――君さ、正しいよ。ここで泣ける君は正しい」

「グスッ……なんだよ?それ……」

「火が投げ込まれ、5人の友達が、家族が3人と2人に、2人と3人に分かれて争う。

 それを悲しいと思い、けれど離れたくないと泣く。

 それは人として正しいことだと思う。

 俺や君のじいちゃんみたいな性格曲がったボッチは、煩わしいって思って、さっさとどっか逃げちゃうか、閉じこもって無視を決め込むからさ、こういう時

 そんな俺らはきっと人として間違ってて、こういう時に泣いて、またみんなと仲良くしたい、みんな仲良くなって欲しいって言える君は、人として正しいんだよ」

「……なんで、じいちゃんがそこで出てくるんだよ」

「ま、いろいろな」


 わけのわからないことを言う角一に、ジンは問うが、角一は答えを濁す。


「わけわかんねぇよ」


 ムスっとした表情でつぶやくジン。

 目は腫れぼったく、鼻水も出るが、涙は止まった。

 状況は何も変わってないが、少し胸が軽くなった気がした。

 泣いて腹の中にためていた想いを吐き出せたからか、その感情を正しいと肯定してもらえたからか?それはジン自身にもわからなかった。

 一方、ジンが泣き止んだのを確認した角一は


「――さて、それじゃあ一丁、やるか!」


 言って、やおら肩を回したり胴を左右に曲げたりし始める。

 準備体操のようだ。


「オッサン、何やるつもりだよ」

「え?兄ちゃんからおっさんに変更で固定?それって格下げ?格上げ?

 ――言ったろ?とりあえずこの騒ぎは止めるって」


 準備体操をしながら、角一は言う。


「実は、調査局としてはコレ、無理に解決する必要ないんだよね」

「はぁっ!?じゃあなんで来たんだよ!?」

「調査だよ調査。

 今のこのデモにちょっと不審なところがあったから、それが帝国全体に悪影響を及ぼすものかどうかの調査。

 ここは帝国の直轄領じゃないから、特に帝国全体に問題がないなら、報告だけしてあとは地方政府に任せてノータッチ、ってのが基本なんだけどーーーまあ、今回は情報提供の見返りに、可能な限り何とかするって、君のジイチャンと約束しちゃったからなあ」

「じいちゃんが?」


 どうやら昨日、土産物屋から帰った後、この男は改めて祖父と会い、何かしらの情報を得たらしい。


「どんな情報かは秘密ってことで。

 ただその情報のお陰で、なんでこんなことになったのかと、解決方法に当たりがついたから、約束はきちんと果たさないとな、ってことさ」


 角一は準備体操を終えた。

 足を肩幅に開き、自然な立位。何かの競技か演武の直前のような雰囲気に、ジンは息をひそめて角一を見る。

そのまま数秒、あるいは数十秒経ったか。

不意に、角一は口を開いた。


「それと一つ。これからやることでデモ自体はなくなるかもしれないけれど、その余波でいろいろ騒がしくなるかもしれないから、そこは許してくれよな」


 それはどういうことか?

 ジンが問う前に


「南北なくて、磁界なし」


 とても大きな、金属同士をぶつけ、こすり合わせるような音が、モルモの河原全体に鳴り響いた。





―――その日の午後、調査局員賽河原角一が乗った宇宙船が惑星から飛び去った。

 保護派、開発派双方の指導者は、彼らの共通して隠していた秘密がバレなかったことに胸をなでおろした。

 幾人かは角一が去る直前に河原で聞かれた金属音――能力発動音ドライビングノイズに疑問を覚えたが、人をやっても明らかな変化は認められず、半日もすればすっかり忘れてしまった。

 そのまま数日、デモが続く毎日が過ぎた頃。

 宇宙全体を網羅する電子掲示板に、一つのスレッドに書き込みがあった。






≪モノポールみつけた≫



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