第4話 派閥とSNSと地域の分断
最初に、角一はここ数日、この町や開発派、保護派双方に出入りした結果を報告した。
「―――とまあ、以上です。
どっちもぱっと見では異常なし。ただ、あの暴徒は明らかに俺狙いでした」
『偶然、という線は?』
「ないだろ。土産物屋であったお偉いさん達、明らかにこっち威圧してきたわけだし」
シェラザードの問いかけに角一は首を振る。
開発派の中年と、保護派の老人。どちらも方向性は違えど、明らかに角一、そして調査局をこの惑星、この問題から遠ざけようという意図を感じた。
だが―――
『ちょっとナめられすぎじゃない?アンタ、そいつらの前でなんかしたの?』
「いやあ、普段通りに振る舞っただけだけどなあ」
『ああ、なるほど。だからナめられたのね』
『そう言ってやるな、ミス・マージン。威圧感がない、と肯定的に言ってやろうじゃないか。否定的に言えば軽佻な態度と言えるが』
『あらあら。
けれど、侮られている、というより強固に拒絶している、という感じが強いわね。
議会の方面から、調査局に対して圧力があったわ』
「え?こんな小さいヤマに?」
陰陽双帝国の立法府である帝国二重議会は、左院の貴族議会と大衆議会、右院の諸領議会と全民議会に分けた合計4つの議会から成る。議員数は4議会あわせおよそ2万余。とんでもない数に思えるが、帝国臣民一千億に対すれば、有権者500万人あたり議員一人だ。たった一人動かすにしてもその意味は重い。
『たかだか1鉱山の開発とそれにまつわるトラブルで、議員センセイを動かす、ってのはヤリ過ぎ感があるわね』
『それほど開発しようとしている鉱山の利権が莫大、ということは?』
『ナイッスね』
シェラザードの疑問に断言をしたのは松田だ。
『センパイが両方の事務所に行ったとき、仕掛けてくれたハブから両方の事務所と、そっから経由でいろいろ情報集めたんスけど―――実は、過去にすでに一度、鉱山の候補地として調査されてたみたいなんスよ』
松田が提示した資料は50年以上前、現在稼働している鉱山の開発期の物だった。
『いくつかの候補地が挙げられて、最終的に今の鉱山の場所が選ばれたらしいんスけど、その際、今回の案件になってる場所も候補に挙がったみたいッスが、結局『採算に合わず』ってことで弾かれたらしいッス』
『それがどうしてまた開発って話になったのよ?』
『技術革新の結果、採掘しても採算がとれるようになった、という話か?』
『さあ、そこら辺は専門的な技術や社会情勢とか、物価に関係するところだから何とも……。ただ奇妙な点が他にもあるんス』
「ってぇと?」
『まず環境保護派の方なんスけど、通信ログや動向を見る限り、なんか試験採掘すら止めようとしてる感じなんスよ』
『―――そっちの方は、モルモの生息環境を荒らさないため、っていう理由づけはできるわね』
『ッスね。けどもっと奇妙なのが開発派の方で。
こっちは試験採掘をなんとしても行おうっていうのはビンビンに伝わってくるんすけど、肝心の本採掘――つまり鉱山の施設設営の話が全くないんスよ』
「それは、試験採掘の結果を待って、って話じゃなくてか?」
角一の問いに三枝のアイコンが首を振るような動作をして
『大きなプロジェクトになるのなら、先回りして最低限の開発の見積もりなどは取るものよ。けれど、それすらない。まるで試験採掘自体が目的みたいね』
『開発派の行動をそう捉えると、逆に保護派はその試験採掘を止めることが目的、という風にも見えますね』
『三枝、ミス・アミラダ。それはいくら何でも飛躍が過ぎると思うぞ。
マツダ。他に何か理由になりそうな情報はあるか?』
『一応。MINや地方政府内部での、この開発計画での派閥分けをしてみたんッスけど』
松田が画面上に提示したのは、MINの経営陣と、そして地方政府の役人や地方議会員のリストだ。それぞれ開発派を赤、保護派を青、そしてそれに関わらない中立派を白に色分けしている。
『見た感じ―――開発派が全体として若い感じで、保護派がジジババだらけ?』
『あら、意外といい線いっているわね、レベッカさん。
開発派はいわゆる若手、保護派は古株の、いわゆる重鎮とか長老とかいわれる人が中心よ』
三枝の解説にレベッカとシェラザードは眉根を顰め
『ひょっとしてこれ……若手とジジイ組の権力闘争という奴?』
『若手主導で始めようとした開発計画を、長老側が差し止めようとして、それで双方が意地になって……というパターンでしょうか?』
『社内や地方政府内の派閥闘争でお互い面子がかかっているから、というならば、それぞれの謎に一応の説明は付くわね。
開発の規模に対しての妙に大きな資金の流れも、
『ただ、それだと保護派の試験採掘の阻止や、開発派の試験採掘以降の準備がされてないことへの説明がつかないッスね』
『保護派は、実際に採掘結果で『有望』という結果が出たら面白くないから、というのでまだ納得はできる。が、開発派の準備不足はどうにも説明がつかなんな』
『そうね―――賽河原くん。何か、気づいたことはない?』
「そうですねぇ……」
三枝が水を向けると、角一は少し考えこむようにして
「―――なあ、まっつん。地元民は今、どんな感じ?」
『へ?地元民ッスか?』
「ああ。デモん時、俺に殴りかかってきたのは金で雇われたプロ市民だと思うけど、それ以外のメンツは見た感じ、どっちもメインは地元民ぽかったしさ。
市民の皆様はこの騒動に対してどういうご感想を持ってるのかな、って」
『ちょっと待ってくださいッス』
松田の接続がオフになり、アイコンが消える。
『――なんか気づいたの?』
「ん?いやちょっとね」
レベッカに対して、曖昧に答える角一。
レベッカの追求より先に松田のアイコンが復帰する。
『ザラっと調べてきたッス。AIの自動判別なんで荒い情報ッスけど』
「いやいや、仕事早いのは良いことだよ。で、どんな感じになってんの?」
『一言で言うと、超険悪になりつつあるッスね。
地域の分断が進行してるッス』
松田が表示したのはSNSの更新履歴を視覚化したものだ。
無数の光点が無数の光のラインでつながっている。
『これが今回の騒動の前の状態。点がアカウントで、線がアクセスの多いラインッス。
元々、モルモ保護や開発について、地元民は特に意見を持っていなかったようッス
けど、今回の開発を契機に状況は一変したみたいで……』
そういうと、光の点に色がつく。
先程の開発派、保護派、そして中立の派閥分けの時と同じカラーリングだ。
『基本この町の労働者のほとんどはMINかその関連企業、または取引先の社員。あとは公務員って感じなんス。
で、当然のようにお偉いさんの誰と縁が強いかで、派閥に引っ張られるわけなんすけど』
そういうと、今度はラインに変化が生じ始める。
赤と赤、青と青点同士を結ぶラインが増大し、赤と青を結ぶラインが消えていく。
そうこうしているうちに、中立を示す白い点も徐々に変化していった。
赤の点と多く繋がっていた白い点は赤く、青の点と多く繋がっていた白い点は青く染まり、そして異色の点とのラインを断っていく。
『最初は仕事上の付き合いだったみたいッスけど、その内に同調圧みたいなもんができたんスかねえ。
対立派閥とはつながらなくなって、中立派閥に対してはどちらにつくのか旗色を明確にするように強要して―――』
そして模式図は、最終的に赤の点の塊と青の点の塊の二つに分離した。
わずかな白い点が双方の間に浮かび、細々としたラインを繋げている。
『――とまあ、現状はこんな感じッスね』
『――地元民にしちゃあ、クソ迷惑極まりない事件よね』
レベッカのアイコンが顔を顰める。
一方、彼女の相方であるシェラザードは角一の方を向き
『それで、角一さんはどうしてこのことを聞いたの?』
「んー……なんていうか、なんで俺が呼ばれたのかな、っていうのと、あとは説得の糸口?」
『ひょっとして、昼間の男の子や土産物屋の御老人の?』
「そそ」
クリック一つ。
昼間の客引きをした少年と、そして土産物屋の老人の簡易なプロフィールが表示される。
少年はジン・クワジット。12歳。
老人はバズ・グワジット。88歳。職業は―――
『―――分子工学博士?しかも帝国大卒のエリートじゃん。土産物屋は副業ってこと?』
『環境調整型ナノマシンの研究や観察で博士号を取ってるな。モルモを対象にしたものがメインか』
『モルモ研究の第一人者ね。けど、それだけなら両派閥の、それもMINの重役級がわざわざ訪ねる理由としては薄いわ』
『確かに、この案件の深い所を知る人物かもしれないわね。
―――けど、どうするのかしら?昼はけんもほろろに追い返されたみたいだけど?』
「まあ、アテはありますよ。
―――まっつん。土産物屋に仕掛けたハブ、生きてる?」
『バッチリッス。
やっぱ盗聴器、仕掛けられてたッスよ。ただ、ここに付けられてたのと同じ市販製品利用の奴だったんで、とっくに抑えてるッス』
『おーけーおーけー。
んじゃ、ちょっくらお出かけしてきます』
『吉報を待ってるわ、コード0』
三枝の声を最後として、角一は通信の接続を切る。
それからシャツとスーツのズボンを脱ぐと、動きやすい黒い服に着替える。
そして部屋の出口―――ではなく、備え付けのバスルームに。そこには裏路地に面した小窓が一つあった。
―――その日の夜。ホテルやその近くに詰めていた保護派、開発派双方の諜報員は、帝立調査局の局員は、ホテルから一歩も出なかったという報告を上に送ったのだった。
「おい、まさか向こうの連中のとこ、行くつもりじゃないだろうな」
最近聞きなれてしまったこの手のフレーズに、ジン・クワジットは辟易していた。
スクールの友人達が、投げかけてくる言葉だ。
彼らが言う『向こうの連中』とは、開発派側から見た保護派、または保護派から見た開発派のことだ。
今、友人たちは二つに分かれてしまっていた。
最初は、そんなことはなかった。
開発だ、保護だと大人たちが騒いでいるのを、くだらないなと嘲笑ってすらいた。
だがその内、まるで布に落としたインクのように、じわじわと、しかし確実にソレは広がっていった。
不思議なことに、モルモの事や鉱山の開発のことなどはほとんど話題にならない。
バスケかサッカーか。どっちの漫画が面白いか。スニーカーはどっちがカッコいいか。
そんな些細な、どうでもいいような、何よりモルモや鉱山とは関係ないような内容で色分けが始まり、いつしか仲がよかったスクールの仲間は二つに分かれ、『向こうの連中』という単語が生まれていた。
いや、逆なのかもしれない、とジンは思った。
まず開発派と保護派。親の立場で二つに分けられたのだ。そして分けられたという事実を前提として、勝手にお互いにカラーを決めて行ったのだ。
バスケかサッカーか?どっちの漫画か?スニーカーのメーカーは?
与えられた枠から外されるのを恐れ、その枠に所属していると証明するためのカラーを作る。そしてその
それによりますます『向こうの連中』と自分達の違いを鮮明として、安心する。
「おい、まさか向こうの連中のとこ、行くつもりじゃないだろうな」
それは『向こうに行くな』という恫喝か?
ありは『仲間から外れたら大変だろう』と自分を心配しているのか?
もしかしたら『お前だけ抜け駆けしてあいつらとまた仲よく遊ぶつもりか』という妬みなのかもしれない。
ジンにはわからない。
彼はただ、どちらかに染まることで、どちらかに首輪をつけられることで、他方と断絶したくないだけなのだ。
とはいえ、そう面と向かって言うだけの勇気もないので
「違うって!土産物用のモルモ石拾いに行くんだよ。これからも石拾いできるかどうかもわからないし」
と言い訳をして河原に行く。
重機などを使うでもない限り、個人がモルモ石を拾うことは許されている。
状態のいいモルモ石を拾い、祖父の実験室に備え付けられている工作機械を借りて磨き、加工し、売り物にする。以前からやっていた小遣い稼ぎを言い訳に、ジンは逃げるようにスクールを出て河原に行くのだ。
帝立調査局の局員だという男を祖父の所に連れて行った日の翌日も、ジンは河原に来た。
気分は、いつも以上にささくれ立っている。
理由は昨日のこと。調査局の男を連れて行って、しかし何も起きなかったことだ。
具体的なプランや、どうなればいいというビジョンがあったわけじゃなかった。
自分の祖父は、何かを知っている。それは、最近になって出入りするようになった鉱山や役所のお偉いさんを見れば明らかだ。そこにニュースや映画等で見聞きする帝国調査局の局員を連れて行けば、今、自分やこの町が置かれている状況を、どうにかしてくれるんじゃないだろうか?
そんな丸投げの期待を持って、祖父の所に引っ張っていったのだ。
そして結果はご覧の通り。何も起きず、自分は今日も逃げるように河原に行く。
何もかも、クソッたれだ。
無意味に小石を蹴り飛ばしながら土手を超え、河原を見ると
「―――お?よう、昨日ぶり!」
あの調査局の男、呑気な面を晒していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます