第3話 老人と少年とお偉いさん

 狷介な老人。それが第一印象だった。

 顔の作りはどことなく面影があり、少年と血縁であることをうかがわせる。

 角一は少年と共にレジの奥を覗き込む。レジの奥、通路の先には扉が開き、それを開いた老人が部屋の中に向けて言葉を続ける


「ほれ、さっさと出て行ってくれ」


 口調に過度な怒りは感じられない。あるのは嫌気と諦観。ただただ煩わしく、さっさと用事を片付けたい。そのことがありありと分かる。


「いやいやいや……。

 クワジットさん、そうはおっしゃられるがねえ」


 出てきたのは、上等なスーツに身を包んだ中年と、その秘書かなにかと思われるスーツ姿の女だった。

 その中年の顔と服に、角一は見覚えがあった。


(たしかMINの専務とかだったはず・・・・・)


 角一は河原でデモの衝突に巻き込まれる前、開発派のオフィスと、そして反対派が集まっている環境保護派のオフィスに寄っている。

 今しがた部屋から出てきた中年は開発派側のオフィスにいた。

 スーツの中年が老人――クワジット老にさらに何か言い募ろうとすると、随伴した女が軽くその手に触れる。女の目は角一の存在を捉えていた。それにより中年の方も角一の存在に気付き、


「―――おや、あなたは調査局の」


 一瞬、警戒する様子を見せたが、すぐにその色を消して笑顔を見せる。

 対する角一も愛想笑いを浮かべ


「あ、どうもどうも」

「聞きましたよ。たしかデモ同士の暴動に巻き込まれたとか。大丈夫でしたかな?」

「いやあ、心配を―――」


 と、角一が答えようとした時、玄関の方で車のエンジン音、次いでブレーキ。

 ガラス扉の向こう。目を向けるといかにも高級という印象の黒塗りの車が入り口に横付けされており、そこから降りる人影があった。

 老人とそれに付き従う、こちらもおそらく秘書か何かと思われる男。

 その老人に角一は見覚えがあった。


(こっちもMINの―――相談役だかだったな。保護派寄りのはず)


 直接の面識はなかったが、来る前に渡された資料の一つにその顔写真が添付されていた。

 老人は秘書の男に扉を開けさせ入ってくると、いかにも入った後に気付いた、という様な様子で


「おや、随分と客人が多いようだね、クワジット君。お邪魔だったかな?」

「ああ、全くな」


 不機嫌そうに、クワジット老は歯に衣着せずに反した。彼の口調と目線から見るに、邪魔と思う対象は、その老人のみならず角一を含めた全員のようだ。


「やれやれ」


 といったのはスーツの中年。


「どうやら今日は落ち着いて話せるような状況じゃないようだ。出直しますよ」

「何度来ても同じだ。

 私はどっちにつく気もないし―――」


 言いながらクワジット老は角一にわずかに視線を向けた後


「他所モンを巻き込む気もない」

「―――最低限そう願いたいものですな」


 中年は肩を竦めてモーテルから出ていく。

 が、その前、角一とすれ違う際に


「ああ、それと調査局の――賽河原さん、でしたな。

 先ほどオフィスにいらした時に申し上げました通り、モルモや鉱山の問題はあくまでこの星、この地方の問題です。町の若い衆も殺気立っていることもありますし、あまり手出しをされないことをお勧めしますよ」


 わかりやすい脅しを一言残し、土産物屋を出て行った。

 一方来たばかりの老人は、去っていく中年をちらりと見て


「フン、物言いに品のない若造だ」


 小さく吐き捨ててから、角一を向き居住まいを直し


「――とはいえ、あの者の申していることにも一理あります。

 この度の騒ぎは、所詮一地方のちょっとした小競り合いに過ぎません。少々荒っぽい所もありますが、まあこれは地域性というもの。

 中央政府の、それも陛下の懐刀たる調査局の方々がお手を煩わせるような問題でもございますまい。

 お役目であることは存じておりますが、何卒鷹揚にお目こぼしいただきたく存じます」


 と、それだけ言うと、角一の返事も待たず踵を返して退出する。態度こそ慇懃ではあるが、先ほどの中年に負けず劣らずの拒絶ぶりだ。

 そしてレジの前に残されたのは、角一と少年、そしてクワジット老の三人。

 白けた雰囲気の中で、少年が角一に問う


「なあ、兄ちゃん。あんた、マジであの調査局の?」

「おう、そうだぞ。あの映画とかで派手に活躍している奴の元ネタ」

「―――こんな田舎に派遣されるってことは、やっぱ窓際?」

「確かにデスクから外の風景はきれいではあるな」


 第十室のある軌道エレベーター基礎構造体の最上部は、展望台が設置されるほどの絶景ポイントである。

 が、そんなことを知らない少年からしてみれば、情けない自虐にしか聞こえない。

 渋い顔で少し懊悩した後、


「なあ、兄ちゃんーーー」


と何か言いかけたのを


「ジン、帰ってもらえ」


 クワジット老が遮る。

 少年――ジンはクワジット老に食って掛かるように


「なんでだよ!この兄ちゃん、全然そうは見えないけど調査局員で、全然そうは見えないけどすげー超能力持ってて、全然そうは見えないけどなんか特権とかあるんだろ!だったら――!」

「全然言い過ぎじゃね?」


 情けない顔で突っ込む角一。

 クワジット老はジン少年の言い募りを無視するように


「あんた、とっとと出てってくれ。

 あんたができることも、あんたがすべきことも、ついでに言えばあんたにして欲しいことも、ここにはない」

「――っ!クソ爺!」


 ジン少年はそう吐き捨てて出ていく。

 乱暴に開け放たれたガラス戸についた呼び鈴が、妙に大きく響く。

 それを見送った後、角一は


「それじゃ、お邪魔しました」

「――なんも聞かんのかい?」


 またしつこく何か聞いてくるのだろうと予想してたクワジット老の眉間から、初めて皺が取れた。


「なんっていうか、全方面から歓迎されてないみたいですからね。

 一通り実地調査も終了したんで、資料持って帰りますわ。

 あっ、資料ついでにこのモルモ石の置物、お土産用としてなんぼか買います!」

「―――そうかい。毎度あり」


 客商売としては明らかに失格な無愛想さでクワジット老は答えた。

 接客の不愛想さに似つかぬ慣れた手つきでレジを操作するクワジット老は、角一がそっと、小さな無線機のようなものを、カウンターテーブルの裏に設置するのに気づかなかった。








 漁村のモルモの生息する河口から10㎞程の所に、鉱山労働者を中心とした街がある。鉱山労働者――とはいっても、実のところ彼らが鉱山に出向くことはほとんどない。

 実際に鉱山があるのは、300㎞程離れた場所だ。

 鉱山と言ってもそれは浅い湿地で、かつてそこは漁村とは比べ物にならない程の規模のモルモの生息域だった。モルモや他のナノマシンが水中の金属、重金属を還元、結晶化して排泄したものがたまった鉱床であり、現在はそれを露天掘りで採掘している。

 鉱山はほぼ無人であり、平時は数名のオペレーターがいるだけだ。機材の故障や調整など人の手が必要になった機材は鉱山から町まで運ばれ、然るべき手当を受けて送り返される。鉱山に多くの人が出入りするのは、大規模なライン改修や運搬できない大型ユニットの調整、修理などがある時のみ。

 故に鉱山の街とは言っても、その様子は工場町というべき雰囲気だ。


 角一が宿をとったのは町の外れ、漁村側に寄った場所だ。

 何の変哲もないビジネスホテル。

 クワジット老の土産物屋を出た後、角一はホテルにとった部屋にまっすぐ帰った。

 上着を脱ぎ、ネクタイを緩めた角一は、パソコンを起動し、通話回線を開き


「もしもし、こちら角一。秘匿回線は通じるかどうぞー」

『バッチリッスよ。今チャットに切り替えるッス』


 松田が言うのと同時に、いくつかのウィンドウが空中に投射される。が、そこに映されたのは実際の映像ではなく、簡略化され、アイコン化された似顔絵。通信量圧縮のための工夫である。

 いるのは5人、松田、三枝、ハラフィ、レベッカ、そしてシェラザード。カトレは不在。


「おけーおけー。ちゃんと繋がるっぽいな」

『こちらシェラザード。盗聴とか大丈夫なの?』

「アナログなのはないのを確認済み。

 デジタルのが2つだけあるけど、そっちは既にまっつんが手を回してる―――よな?」

『ッス。市販の携帯端末使ったお粗末極まりない奴なんで余裕ッス!ダミーの音声が流れるようにしてるッスよ」

『グッジョブ!ちなみにどんな?』

『そのホテルの有料アダルトチャンネルの音声にかぶせて、センパイの『ぬふぅ!』とか『おほぉ』とかいううめき声が、5分くらいに毎にランダムで流れるように設定したのをエンドレスで流してるッス』

『―――カトレが昼寝の時間で幸いだったことこの上ないな』

『うげぇ、サイテーね、アンタ。あ、こちらレベッカ。そっち通じてる?』

「あれ?ちょっと待って!そのサイテーって評価、ひょっとして俺宛!?

 ダミー音声作ったの俺じゃないんだけど!?」

『まあまあ、細かいことは良いじゃないの。

 ―――さて、コード0。まずはあなたの報告を聞きましょう」


 三枝の言葉で、会議がスタートした。



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