第2話 金と開発と環境保護
モルモ。
体長は50㎝から2mまで。
全体の形状はクラゲに似ている。本を伏せたような山形の胴体。その下から触腕を多数伸ばす。その触腕に隠れるように、体の下方には円筒状の口をもつ胴体がある。
こう書けば、まるで生き物の様であるが、実はこれ、厳密な意味で生き物ではない。
モルモはテラフォーミング用ナノマシンの集合体だ
「テラフォーミング用ナノマシンが惑星環境に合わせて集合体を作ることは珍しくない。
だが、このモルモは『動物型』でかつ『肉眼で見えるほど大きい』という極めて珍しいタイプだ」
「多くのナノマシン集合体は『顕微鏡観察が必要なほど小型で活発に動き回る動物プランクトンタイプ』か『動かない巨大な集積体を作るサンゴ礁タイプ』なのだけど、このモルモは1m以上に成長し、活発に動くタイプのナノマシン集合体なの」
「へぇ、この伸びて皿ごとひっくり返したパスタみたいなのがねえ……」
ハラフィとシェラザード二人の解説を聞きながら、レベッカは画面表示されたモルモの写真をめくっていく。
「で、その『ひじょーにきちょーなモルモちゃん』の生息域で鉱山開発が始まろうとしたら、保護派と開発派で地元が真っ二つ、っていうのはわかったけど―――肝心なところ、第十室が担ぎ出されたわけ?」
「結論から言うと、隙間に落ちた鶏肋案件だからだ」
ハラフィはシェラザードに淹れてもらったバジルティーに口をつけつつ
「この案件は治安維持の問題として軍の治安維持部隊が当たっていのだが、その過程で、マネーフローに怪しいところが見つかった」
「どゆことよ?」
「話が前後するのだが……」
事の発端は鉱物採掘企業のMINコーポレーションがモルモの生息域である河口の調査採掘を始めようとして、それに対して地元住人のデモが起きた所からだ。
ただの集会ならまだしも、MIN社が持ち込もうとした機材を物理的に破壊し、警察が出ることとなった。
そうこうしているうちに今度は開発派が集会を開きカウンターデモを実行。保護派との小競り合いが発生。
地元の地域を二分する状態となった時点で警察から軍の治安部隊の管理となる。それに際して双方の派閥の背後を洗った所。
「なにこれ?」
「どちらもMINコーポレーションと地元行政府の両方から援助を受けている……?」
松田がディスプレイに表示した、マネーフローの模式図。
その源流は主に二つ、開発を進めているはずのMINコーポレーションと、地元惑星の行政府だ。
「対立する二つの団体の両方に支援とか……なんかの目的での八百長プロレスってこと?」
「――そう、当初は思われたのだが、さらに調査を行った所、保護側に
「あの頭のおかしい環境テロ屋の?」
「口を慎み給え、ミスマージン。彼らは人類の将来と発展を守る、気高い理想を持った志ある人々だ。相当な割合で頭のおかしい環境テロ屋が混ざっているがね」
基本的には募金活動やら啓蒙活動、惑星開拓の支援事業なども行う極めて社会貢献度の高い組織だ。だがこの手の大規模なクラスター型組織によくあることで、一部末端が過激化、先鋭化したり、あるいは敵対国家やテロ組織の隠れ蓑になったりと、同時に相当の社会的ダメージも生み出している。
そんな組織がなぜ存続を許されているかといえば
「我々人類は、母性である地球を再生不能なまでに汚染してしまったからな。
あまり大声で彼らが言う 『人類が生きていける環境を守ろう、増やそう』 というお題目にケチをつけられん。実際、今の文明は惑星どころか銀河レベルで人類が生存できない環境を作り得る」
それは兎も角
「今回関わってるのはこれッス。スペースコギー」
画面に安っぽいサイトが表示された。そこには
「企業とかに法的にアウトな妨害行為を行う、いわゆる環境テロ屋と言われるタイプの組織―――のさらに下のフロント組織ッス。小規模の集会に人員を派遣して小遣いもらったり、企業を恫喝して示談金を集めたりというのが役目ッスね」
「つまり、こいつらが煽るか何かした、ということ?」
シェラザードの推理に、ハラフィは首を振る。
「時系列として考えにくい。スペースコギーの接触が確認されたのはデモ同士の衝突以降だ。彼らがこの事態を起こしたというより、金を使って彼らを呼んだ、というのが正しかろう」
「そう、ですか。
だとしたら口裏を合わせたプロレスという線も消えますね」
「え、なんでよ?」
「火遊びは自分達で消せるようにするものよ、レヴィ。
外部から自分がコントロールできない、むしろ火種をまき散らすような集団を引き入れるような真似はしないわ」
「そういうことだ。
この時点を以て軍部治安部隊は背景の複雑さから調査を断念。現場は上層部に指示を仰ぎ、軍上層部は調査局にそのまま投げた、というわけだ」
「相変わらず、この手の厄介事はノータイムで放り投げてくるわねえ、軍部は」
ついこの間まで軍部担当部署である第四室に所属していたレベッカは顔をしかめる。
最近の軍部は、第四室の本来の任務である軍内部への監査には協力しないくせに、民間や外部の関係での厄介事、調べ事は、そのコネを利用して第四室に調査を外注してくる。本来の業務ではない案件の増大に『それでいいのか』と問題として俎上に上げられることもある。だが、軍部と良い関係を維持したいという第四室長の意向で、この状態は続いている。
「けどそれなら第十室ではなく、他の室の仕事では?」
シェラザードの言葉に、レベッカも無言で頷く。
帝立調査局は第一から第十までの部署に分けられ、それぞれ専門とする調査、監査対象がある。
第一室は統括および行政府担当
第二室は立法府担当
第三室は司法府担当
第四室は軍部担当
第五室は企業担当
第六室は学術・学芸担当
第七室は宗教・思想担当
第八室は外交関連担当
第九室は地方行政府担当
そして、皇帝直属とは名ばかりの、その他雑用、または振り分けが難しい案件をこなす第十室だ。
今回の案件ならば
「軍部からの依頼として第四室が受け持つか、環境問題っていう方面で考えるなら宗教・思想の第七室。企業や地方行政府の不審なマネーフローとして見ればそれぞれ第五室、第九室の出番です」
「縄張りという意味ではそうではある。
が、この手の案件は正直あまり“美味しくない”仕事だ」
「所詮一惑星内で収まるような、いわゆるコップの中の嵐ッスからねえ。
それに加えて、複数の室の縄張りを跨ぐ上、
そらどこもやりたがらないッスよ」
「なるほどね。だから“隙間に落ちた鶏肋”と」
複数の部署の縄張りにまたがり分類し難く、しかし規模が小さく功績としての旨味も少ない仕事。
それを以てして“隙間に落ちた鶏肋”というわけだ、
「そういうことだ。
第十室に回ってくる仕事の大半がこの手の仕事だ」
「もしくはこないだの戦艦みたいなトップダウンの緊急案件、ッスネ」
「落差の激しいことで」
レベッカは肩をすくめて
「室長がランチにも顔を出さないのも、各部署への根回しとか?」
「ああ。どいつもこいつも、やりたがらずに手放したくせに、いざ他人にとられると自分の縄張りを犯されたように感じて警戒する。官僚の本能といえばそれまでだが」
「面倒くさいわね。
―――ピッツァ、もう一枚焼いて持ってくわ」
そう言って、レベッカは席を立つ。
事務所に備え付けの妙に広いシステムキッチンに向かいながら、室長である三枝以外のもう一人の、第十室のメンバーについて考える。
「―――アイツ、この手の荒事じゃない仕事、できんのかしら?」
モーテル付きの土産物屋。それにポン付けされるように設置された、モルモにまつわる安っぽい私設博物館。
長年好感されていないことが伺われる、感光で変化したプラスチックボードに書かれた解説と、それをそのまま読み上げる、棒読みのナレーション。
「うーん、ここまでくると風情というか美学を感じるなあ」
空中投影される、十世代は前の荒い画像を見ながら、角一は妙な関心をしていた。
映像はモルモについての解説だ。
『モルモは水中の金属原子を集め、ケイ素等と共に安定した磁性結晶に変換。川底に排泄します。
それによって生まれた磁性結晶鉱石は、工業用に用いられたり、または宝飾品として加工されて、私たちの生活を支えてくれます』
「ほれ、これがそのモルモ石で作ったアクセサリ。安くしとくよ、兄ちゃん!」
手持無沙汰に解説動画を眺めていた角一に、彼をここまで連れてきた少年が声をかける。
「どーしよっかなあ
俺ってば一応仕事できてるし、仕事仲間以外に土産買ってくような相手いないからなあ」
「おいおい、ボッチかよ兄ちゃん」
「おうよ!」
「―――そんなポジティブにボッチだっていう奴初めて見たぜ」
「別に暗い顔して言う意味もないしねー。
ま、土産物はおいおいとして、君のジッチャンどうした?」
角一が来た理由。それは、少年の祖父と会うためだ。
少年が言うには、彼の祖父はモルモについて50年以上研究している分子工業学の研究者だそうだ。
それだけの長い間、実地にて研究を続けているのなら、モルモや今回のデモ騒動に関しても何か知っているのではないか?
そう思って、角一は少年についてここまで来たのだが―――
「いやあ、悪りぃな。
ちょっと今、厄介な客が来てて―――」
少年が気まずそうに言おうとしたとき
「もう出て行ってくれ。何度も言うがあんたらに話すことも、あんたら以外に何か話す事もない。ついでに言うと関わる気もさらさらない」
売店のレジの奥、事務所があると思われる方から扉の開く音と、その室内にいる誰かを追い出そうとする声が聞こえてきた。
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