FILE2.老人とモルモとモノポール

第1話 デモとボッチとランチタイム

 河口の街、鄙びた漁村だ。

 やや離れたところに超星間企業の鉱山と鉱石の一時精製工場があり、そこに魚と農作物の取引が経済収入となっているような、小さな町だ。

 川幅は広く、河原も広い。流れは緩やか。遠浅の海に注いでいる。

 その河原から1人の少年が土手を見上げていた。


「モルモを守れー!」

「環境の破壊を許すなー!」

「モルモは人類史を語るにあたっての重要な遺産です!」

「子供達に自然豊かな未来をー!」


 土手の上で群衆が騒いでいる。手にはプラカード。そこには雑巾とスパゲッティモンスターを足して二で割り損ねたような生き物が描かれている。

 その群衆が向かう前にもう一つの群衆があった。


「開発を邪魔するなー!」

「モルモなんぞただのナノマシンの塊じゃないか!」

「労働と雇用を守れー!」

「老人たちに豊ら老後をー!」


 彼らの手にもプラカード。こちらは雑巾とスパモンの交雑種のイラストに×が描かれている。

 威嚇するような主張の応酬は、罵倒になり、投石に発展し、やがて乱闘になった。

 そのど真ん中で両方の陣営からタコ殴り状態にされている人物が独り。


「こいつこの間向こうの集会にいたぞ!」

「あいつあっちにも顔出していやがったな!」

「うわっ、ちょ!ま、まて話せばわかるって再生怪人ハラタカシもうわっひょへぶ!」


 スーツ姿の黄色人種。年齢は30手前かももう少し若いか。黄色人種の年齢はわかりにくいなあ、と少年は思う。

 このスーツの男に、少年は見覚えがあった。ここ最近、この河原をうろついていた。モルモ、というよりモルモに関連する子の騒動について調べているようだった。

 ともかく、そのスーツ姿のおっさんは、乱戦の中で殴られたり突き飛ばされたりと、一見すれば危険な状態にある様子だった。が、よく見てみると、掴みかかられ、殴りかかられてはいるが実際に殴られたりはしてないようだ。ずっと元気に何かしらわめいている。


 そうこうしている内にサイレンの音が聞こえてきた。

 軍の治安部隊だ。

 元々は警察が止めに入っていた。だが既にこの騒ぎは地元住民全体を巻き込みつつあり、地元民である警察も当事者だ。仲裁役にはもうなれない。

最近では中央から派遣されている軍隊の一部が郊外に駐留して、何かある度にやってくる。

 わっと散る群衆。軍服を着た男たちが形ばかり追いかけるが、積極的に捕まえはしない。彼らにしてももう毎度のことであり、いい加減面倒くさいと思っているのがありありと分かる。


「あ、あれ?」


 が、今日はそこに1人、空気が読めない男がいた。

 双方からリンチされかかっていたスーツ姿の男だ。

 きょろきょろと左右を見まわしているうちに、ガタイのいい男達に囲まれていた。

 そのまま捕まるのか、と少年が眺めている視界の中、拘束されかかったスーツ姿が、何やら手帳のようなものを出すと


 ビシッ!


 という効果音が聞こえてきそうな勢いで、だらけ切っていた兵隊達が敬礼をした。

 もちろん、男の拘束は解かれる


「いやあ、どもうどもう」


 と、言わんばかりにペコペコしながら、囲いを抜けだす。

 兵隊達は来た時とは打って変わったキビキビとした動きでジープに乗り込むと、そのまま帰って行く。

 スーツ姿の男は、土手の上に設置されたベンチに座り、ため息を一つ。

 その背後から近づく影。一連の事態を見ていた少年だ。

 振り返るスーツ姿の男。ややたれ眉なのが特徴の、どこにでもいそうな顔。

 それに向けて、少年は愛想笑いで


「よう、兄ちゃん、災難だったね!

 観光?ウチ、土産物やってるんだけど、寄ってかない?

 ジイチャン、モルモに詳しいからなんか面白い話聞けるかもしれねーぜ」


 客引きをした。





                   ◆





 第十室の事務室。窓の外は宇宙と惑星の境界線。暗い空と薄く青みがかった惑星アマツの大地。

 その光景を見ながら、第十室の面々はランチタイムを楽しんでいた。

 メインはピッツァ。ピザではない。

小さめな薄手の生地に具材。何枚かをシェアしながら食べている。そこに新たに焼けた一枚が来る。チーズの上にアスパラガスたっぷり。ブロックっぽく切られたベーコンが少し。持ってきたのは、やや赤みの混ざった金髪の美女。


「ほれ、新しいの焼けたわよ」


 レベッカが声をかけた先にいるのは金髪の少女、カトレだ。同じ金髪でも、こちらは透けるようなプラチナブランド。

 カトレは一切れをつかむと、熱いチーズに苦戦しながらも、口に詰め込むような勢いでピザにかじりつく。


「こーら、ゆっくり食べな。みっともないよ」

「意外に家庭的ッスねレベッカさん」


 カトレの口をナプキンで吹いてやるレベッカに松田は言う。キープしていたひき肉ときのこを具材にしたピッツァを手で巻きながらだ。


「カトレちゃんが野菜をそんな勢いよく食べるとか前代未聞なんスけど?

 つかやたら旨いし」

「よく意外、っていわれるわよね、レヴィの料理」


 すでに食後のティータイムモードに入ってるのは、ミルクコーヒー色の肌をしたアジア系の女、シェラザードだ。レベッカは相棒の言に、照れるでもなく肩をすくめ


「つっても生地は出来合い。チーズと具材のっけて、後は焼き時間さえ間違えなきゃ誰でもできるわよ、こんなの。

 カトレが野菜食べてるのだって、新鮮でイイやつ選んできたってだけ」

「それを『だけ』と言い切るのが、まさに料理のできる奴特有の言動だと思うがね、ミス・マージン」


 テーブルについていた最後の一人、ハラフィがイカやエビの乗ったピザを皿に乗せながら言う。


「……なあ、出しといてナンだけど、あんたムスリムじゃなかった?大丈夫なの?」

「問題ない。旨いからハラールだ」


 本当にアッラーは寛容で慈悲深くあられる。

 レベッカはアスパラガスのピザを自分の分も取り分けてから


「―――んで、アイツ、っていうか第十室が、なんで田舎の星の環境問題に駆り出されてるのよ」


 気になっていた質問を、ハラフィに投げかけた。

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